32 啖呵
「誰か来るわ!構えて!」
私の声が地下室内に響きわたると同時に、各自が戦闘態勢を取る。
私も鉄扇をいつでも投げられるようにしておく。ついでに前に買った蝶型の仮面で素顔がバレないようにしておこう。忘れていた。
ここは閉鎖的な地下室で逃げる場所も隠れられる物陰もない。当然数十秒後には十数人の武装した兵隊が地下室になだれ込んだ。
「キシリトル様の屋敷に忍び込むとは何事だ!」
兵士の怒号とともに兵士たちの後ろから、でっぷりとした体格のハゲ頭の男が現れた。豚に貴族の服を着せていると言う表現が一番似合う姿形をしている男である。
男はかなりイライラした顔つきで私達に話しかける。
「いったいキミたちはナニモノだネ?こんな夜更けに、しかもワシの屋敷の地下室に侵入するとはただ者じゃないのネ」
すでに兵士たちは各々持っている武器をすでに抜き始めている。どうやらこの場を穏便に済ませることは始めから不可能のようだ。
おそらく彼らは私達がバルコニーから侵入した際のこじ開けた窓か、もしくは地下室にはいるためにどかしたタイルを見つけて私達の潜入が発覚したのだろう。金庫の鍵開けに予想以上に時間が掛かってしまったのが非常に痛い。
「うるさいわね。私達はあんたが町中に呪いを媒介させて、王女に関わる悪い噂を流したの証拠をすでに掴んでいるのよ!おとなしく反逆罪で牢屋にぶち込まれなさい!」
私はマリアンヌ特有の高音かつハイペースな語り口調で台詞をまくし立てる。
手に証拠となる手紙が握られているのに気が付いたキシリトル子爵は歯ぎしりをした。
「それを知られたのならやはり生かしておけないネ。こんな頭のおかしい小娘にワシの計画がぶちこわされたなんて知られたら、あの偽王に嘲笑されるに違いないのネ!それだけはなんとしても避けなければ末代に伝わる恥になるのネ!」
「何であんたも頭のおかしい娘って呼ばれなけれならないの!だいたいあんたたちのやっていることは……」
ハイテンションで言葉を連ねるうちに、だんだんと私の言葉に歯止めが付かなくなっていく。
「あんたたちのやっている悪事はみみっちいのよ!」
「はあ?!」
「今居る国王が気に入らないから、王女の事故死と病気を関連づけて国王の権威を墜とそうなんて言う計画がいちいち回りくどくて、みみっちいって言っているのよ!せめて悪事を働くなら、国その物を奪いなさい!」
今言葉をまくし立てているのは私なのか、それともマリアンヌなのか分からなくなってきた。
「マリアンヌは国の頂点である王妃の座をねらって、さんざん周囲に根回しをしてようやく王子との婚約にかぎつけたのよ。だから王子に見初められた主人公をいじめていたのは王子を愛していたからではなくて、主人公が王妃になれば彼女に頭を下げるのがいやだったからよ!」
「マリアンヌさん!それマリアンヌさんもやっていることも十分せこいよ!」
私の語りはトップギアに達し、ヒロのつっこみ程度では止まらない。
「だからあなたも悪役を名乗るのならもっと大きな目標を立てて挑みなさい!例えば王位簒奪とか!」
「別に悪役と名乗ってないし、王位簒奪を人に勧めちゃダメだってば!」
ここで私の演説は終わり、ゼエゼエと息を切らす。
一方キシリトル子爵はみみっちいとか、せこいとか言われて顔を真っ赤にしていた。
「やっぱ殺すだけじゃダメなのネ。この地下室に火をつけ、証拠諸共焼き尽くしてしまいなさい!」
子爵は部下に命令すると、部下の数人が水差しのような容器から油を私達の方面にダバダバと流し始めた。
ガイゼルは火をつけられると知った瞬間青ざめた。
「おいおい、あんたなんで奴らの気に触れるようなことを言った!奴らと交渉して、口止め料をもらう約束を取り付けてからトンズラすればいいだろ!」
兵士たちはそれでもお構いなしに油を流し続けた。
「火をつけるのネ!」
子爵の合図とともに地下室内に炎が燃え上がった。
地下室という構造上、炎に直接炙られるだけでなく酸欠や一酸化炭素中毒で死ぬ可能性が高い。
そして唯一の出入り口がいま炎の壁の先の、兵士たちが陣取っている場所である。
「ヤバイよヤバイよ……。このまま俺達蒸し焼きにされて死ぬのか?!」
ガイゼルは炎を恐れているのか、半ば恐慌状態になりかけている。
私達が生きて帰還するためには、あの炎と兵士たちを突破しなければならない。
「ヒロ!テーブル裏返しにして、あの炎の中に投げ込みなさい!」
「それ余計に燃えない?不安だけどやってみるよ!」
ヒロは骸骨がおいてあるテーブルを掴んで、天板を地面にこすりつけるように投げつけた。すると天板の下にあった炎が酸素を失い火が消え、そこだけ炎のない道ができあがった。
その間私は服の裾に火がつかないようにワンピースの下の部分を引きちぎり、太股が見えるくらいまで露出させる。
一瞬男達がざわめいたが、気にする余裕はない。
「突破するわよ!」
私はテーブルでできた道を走り抜け、もっとも前方にいる兵士の顔をめがけて跳び蹴りをくらわせた。