29 潜入開始
そして人々が寝静まった深夜、私達はキシリトルの屋敷の前に陣取っていた。
時刻で言えば深夜0時を回った所だが、それでも商業地区の大通りや冒険差ギルドを除いて明かりは消されているため、屋敷の周辺は月夜の明かりを除いて光源はない。
「マリアンヌさん夜遅いのに、眠くないの?」
「深夜0時なんて、以前は普通に起きていたから問題ないわよ」
ヒロは眠いらしく、ときおり目を擦っている。
私は日本人だからこの時間まで起きていることは珍しくなかったが、深夜営業の概念がないこの世界の人々は夜9時を過ぎるとほとんど眠ってしまうらしい。
そしてこの場にいる人は私とヒロ以外にもう一人いた。
「いやなんで俺まであんた等につき合わされるんだよ」
ガイゼルは不機嫌な表情で仁王立ちしていた。
「だってあなた盗賊の技術があるってきいたのよ」
「いやまて、それどこからの情報源だよ」
「冒険者ギルドのわざとけしかけてくるチンピラから」
「はあ?」
私が初めて王都の冒険者ギルドに立ち入ったときに絡まれた、あの変なチンピラだ。
今回潜入するに当たって、私達だけでは手に負えないと判断したため開錠や潜入の技術を持った人を雇おうとした。
そこであのチンピラはどうやら絡んだ相手の能力が分かる能力を持っているみたいだったので、試しに話しかけてみた。
どうやらあのチンピラは情報屋も兼ねているらしく、対価を払えば適正のある人物を何人か挙げてくれたのだ。
「で?その中に俺がいたのか?俺冒険者じゃねえけど」
「まあそういうことね。それで、この話は嘘じゃないんでしょ」
「いや、まあそうだけど」
「ガイゼルさんどうして隠していたの?もしガイゼルさんが屋敷に潜入する事が出来るならかなり楽になるはずだけど」
ガイゼルは気が悪そうにとがった耳の端をポリポリと掻いた。
「だってさ……いくら俺だってあの屋敷に一人で潜入するのは骨が折れるんだよ。スラムの裏社会での噂だが、あの屋敷は国に納税するはずの税を隠し持っているんだってよ。だから他の屋敷と比べて警備が厳重らしい」
「だったら……」
「だからあんたらを囮にしようとしたんだ。あんたらが警報に引っかかって警備に追われている間に、俺が潜入するつもりだっんだ」
「はあ?!あんた私を囮にするつもりだったの!」
「悪いか?別に俺はあんたのために協力したんじゃなくて、俺の目的のためにあんたと協力したんだよ。警備が緩くなった屋敷に一人で潜入して、例の呪いを解除した後で脱税の金をちょろまかそうと思ったんだが」
「マリアンヌさん、やっぱりこの男信用したらダメだよ」
この男は私の想像以上にクズらしい。一方ガイゼルは開き直った。
「まあいいや俺が手伝えばいいんだろ?さっさと行こうぜ」
ガイゼルは屋敷の方に勝手に歩きだした。
夜の屋敷の周辺には深夜にも関わらず、ときおり見張りが巡回して不審者に対して厳しく監視している。
ガイゼルによれば立ち入りの許可のない者は、土地に踏んだ時点で警報が鳴り響き、キシリトルが雇っている警備隊が駆けつけてくるらしい。
「なら私が【ワイドウィング】で空から進入すれば警報は鳴らないのね」
「そうだとしても屋敷に進入するのは楽じゃねぇぜ。屋敷の中には罠がわんさか設置されているらしい。下手すれば捕まる前に罠にかかって死ぬかもしれねぇな」
「もたもたしている間に見回りの人が来るから、入るなら早く入んないとまずいよ」
今目の前で立ち往生しているが、可能なら今日のうちに侵入しておきたい。
というのもガイゼルを連れ出した関係でオーラムがまた一人で患者の治療に当たることになり、患者の様態の急変に備えて寝ずの番をしている。これ以上彼女に負荷を掛けるのはよくないはずだ。
「ならさっさと行くわよ」
私がワイドウィングを起動して、二人を屋根の上に輸送する。幸いヒロもガイゼルも比較的体重が軽いため運ぶのは苦労しなかった。
「ここまでは何とかなったわね」
「空からの侵入だって、相手は想定していないわけがないと思うぜ?対策が難しいからここまでの侵入は許されているだけかもしれねぇしな」
「それでどこから屋敷に入れるの?」
「ちょっと見てろって。さすがの俺も対策していないわけじゃないしな」
ガイゼルは懐から石のような物を取り出した。
「罠探索の魔法石だ。これで大半の罠は感知できるからこれで回避できる」
「大半、と言うことは残りは?」
「後はカンだ。魔法の罠は感知できるが、物理的な罠や呪術のたぐいは感知できないからな。警報の魔法陣を踏むのを避けようと思ったら鳴子に引っかっかったりしねぇように気をつけろ」
「無茶言う……」
事前に用意したロープで、魔法罠のないバルコニーから侵入に成功した。
ガイゼルはドライバーのような物を取り出し、窓ガラスをそれ突くとピシッと小さな音がして窓ガラスがにひびが入り、窓ガラスに穴があいた。その後針金のような物を取り出し、穴に腕をつっこみ内側から窓の鍵穴を開錠した。
「ほら、開いたぜ」
「ずいぶん手慣れているわね」
「そんなことより、ここからは下手に物音立てると使用人にバレるから会話も最小限にするぞ」
ガイゼルが窓を開け、私達は屋敷の中に侵入した。