24 奇妙な共闘
「ひ、ひどいじゃないですか急に殴るなんて!」
「ひどいもなにもこれ偽物だったじゃないの!お金返しなさいよ!」
私はエルフの胸ぐらをつかんで、恫喝する。
「偽物って、どうやって判別したんだ?まさか本当に病気にかかったから飲んでみたのか?この数日で?!」
「専門家に調べてもらったのよ。これただの市販のポーションじゃない!」
偽薬だと判明した方法を話したら、男はこれ以上だまくらかすことが出来ないと悟ったのか舌打ちをした。
「ちっ、世間知らずの田舎領主の娘だと思っていたがまさかそんなコネがあったのかよ……。さっさとクニに帰れば良かったのに」
ついでにもう片方の頬を殴りつける。結果的に整った顔立ちのエルフの顔が赤く腫れ上がった。
「くっそ痛え……」
「自業自得でしょ。他に何人だましたのよ」
「てめぇの知ることかよ。俺だってここに長年住んでいるんだから誰がこの街に暮らしている貴族かくらいは分かる。だから見慣れないお嬢様にしか売りつけていないぜ?」
男は口調が急に荒くなった。商売をしている時の彼の雰囲気とは打比べものにならない。
どうやらこちらの話し方が彼の素のようだ。
「で、てめぇは俺をどうするつもりだ?警邏隊につき出すつもりか?あいにくだがここの住民なら窃盗や詐欺などの軽犯罪は日常茶飯事だ。ヒトでも殺さない限りまともに相手にしてはくれねえよ」
表情もごろつきのように荒くなり、エルフ特有のきれいな顔立ちとのあいだにギャップを感じた。
ここの世界の法律をよく知らない私はとりあえずぶん殴ってお金を返してもらえばそれで気は済むので、それ以上は特に考えていなかった。
「お金さえ返してくれれば別に私はいいけど、それよりあなた本当に薬師なの?」
「ああ、そうだが?それに病気の話も本当なのは聞いた感じ知っているみたいだよな。俺は実際に患者も何人も見てきているし、治療しても全然歯が立たないのも理解している。国がなんとかしてくれると言っていたらしいが、正直俺らのような貧乏人ばかりかかる病気なんかにまともに取り合ってくれるわけねぇしな」
スラム街の娼婦を中心に広まっている病気にはかかりたくはない、と言う人は多いが、患者である彼女らを何とかしたいと言う人はほとんどいなかったそうだ。
「俺の古馴染みもそいつのせいでエルフもヒトも関係なく何人もやられてしまった。だから俺達で何とかしないといけねえんだよ。金を稼いでまともな医師か神官をつけてやらないともう体が持たないんだ」
男は険しい表情をして熱弁で訴える。
「それよりもここ臭いんだけど。いったんここから出たいわ」
裏路地は不衛生なスラム街からさらに汚くしたような所で、糞なのかそれとも動物の死骸なのか分からないが臭いがひどい。
日本育ちの私からすると、公衆便所の何倍も臭い所にいるのは耐えられない。そろそろ我慢の限界だ。
裏路地から出て、風通しの良いところに移ってから話を再開した。
「それだったら私達の所で手伝ってもらえるかしら?」
「はぁ?どうしてだよ」
「私もあの病気には思うところがあるの」
男は仲間を救うために、私は友人の悪い噂と潰すためにお互い朽木病を退治したいと思っている。
少し前までは詐欺師とその被害者の関係だったが、利害が一致するなら共闘しても悪くないはずだと私は考えた。
「私が依頼を受けている依頼人が、その国から派遣された医術師なのよ」
「まじかよ。どうせ取り合ってもらえないと思ったのけどな」
男は目を丸くした。
「あなたスラムに長く住んでいるということよね。私達は依頼人含めてこの街に詳しくないから、スラムの情報と私達の情報とを交換しましょう」
私は手を差し出す。この世界には握手という文化が有るかは分からないが、男はその意図は理解したらしく私の手を握った。
「ガイゼルだ。一〇〇歳の時にこの街にきて、その年が倍になるまでここに暮らしている。まだエルフの中でも若造だが俺以上にここに詳しいやつはいねぇはずだ」
ガイゼルはにやっと笑った。私も不敵に笑みを返す。
「マリアンヌ・スカーレットブラットよ。今は冒険者をしているわ」
「冒険者か。いつ死ぬかわからねぇ職業だが、すぐに死ぬヒトが就くにはうってつけだな」
「うるわさいわね。またはり倒してやってのいいのよ?」
「そいつはご勘弁。あんた弱そうな見た目の割に力も中身もバケモンみてぇだからな」
ギャハハは下品に笑う彼の表情は最初に出会ったときと比べて見る影もない。長年スラムに住み続けてすっかりとなじんだ荒くれ者の笑い方だ。
「次そのようなこと言ったら半殺しにさしてあげますわよ。オーホホホ!」
私も負けじと高笑いで返す。
私と彼はひとしきり笑うと、ガイゼルはぴたりと笑いをやめて、ぽつりとつぶやいた。
「なんかやるせねぇよな。ヒトはどうせ数十年で寿命が来て死んでしまうのに、病気でさらに寿命を縮めたらあっというまじゃねぇか」
「それを止めるために私達が頑張るのよ」
こうして奇妙な共闘ができあがった。




