22 友人?
「それはどういうこと?感染経路が分かったということかしら?」
オーラムはテーブルの上に片腕を置いて、資料に手を伸ばした。
「はい。朽木病は主にスラム街の若い女性……あといいにくいのですが『ある特定の業種』の方に多く見られるのですよ」
少し言いよどみながらオーラムはそのように言った。
オーラムの言い方に私は何かピンと来た。
「それってもしかして娼婦かしら?」
「そうです。この病気は粘膜の濃厚な接触によって感染します。ですので感染の元凶がこの街に来て彼女らと接触を取り、感染が広まったのではないかとあたしは推測しています」
スラム街の人間は基本的に貧しい。生活の糧を得るために体を売る女性も少なくないだろう。その彼女らを中心として王都で朽木病が流行っているということだ。
感染の拡大を押さえるには仕事を辞めないといけないが、金銭的に余裕がない彼女らは病気を隠したまま仕事をとり続けなければ生活が出来ない。そのまま病気が進行し、今テント内のベッドに寝かされているのだ。
「それで呪いというのは何かしら?魔法とは何か違うの?」
「あー、呪いというのはですね魔法の亜種みたいなものです。魔法と似たようなものですが、呪いは相手を攻撃することや苦しめることに特化しています。症状も病気に似ているものも存在します。ですので病気に苦しんでいると思われた患者を調べてみたら、病気ではなく呪いにかかっていた、というケースもあります。逆もしかりですが」
オーラム曰くこの朽木病に症状が近い呪いがあるが、それが他者から他者に感染したということはないらしい。
「あたしはアルキミア王女の治療の傍ら、呪いと病気の関連性について研究しています。それでこの朽木病に興味を持ちました。まあこの国のアルバ王子に強制された、ということもありますが」
「あーあの兄……あの王子は結構ナーバスなところがあるからね。被害者が若い女性だから、そっちの国の婚約者の王女と結びつけてしまったのかも」
「かもしれませんね、正式な婚姻まで数年以上あるというのにかなりピリピリとしておられましたので」
「あーうん、わかる」
こうして私たちが話している間にも患者達はときおり苦しそうにうめいている。
ヒロは口を止め、彼女たちをじっと見つけていた。
「……何とかしてあげたいね」
「そうね。それで私たちはどうすればいいのかしら」
「とりあえず清潔にしてください。感染経路は限定されていますが、それでも万が一ということもありますので。特に患者に触る場合、手とかは念入りにお願いします」
「なんで?手が汚れていたらダメなの?」
私からすれば医療現場で清潔にするのは当然の常識だが、ヒロがいる世界ではそうではないらしい。
「先ほど言ったように触れたところから感染する可能性はありますし、患者は体が弱っているので別の病気にかかる可能性があるのですよ」
「ふうん。そうなんだ」
オーラムは患者の一人の包帯をはぎ取り、変色してやつれた足を手で触れて調べた。
「これから定期検診に入ります。一人は外で見張りをしてもらい、もう一人はこちらを手伝ってください」
「マリアンヌさんの方が強いし見張って、オレが手伝うよ」
「わかったわ」
「あ、特に依存がないならこのまま依頼を受けるということでいいですか?報酬は日払いで、金額は冒険者ランクによる規定料金に指名料を上乗せする形になりますが」
「ヒロ、別にいいわよね?」
「ここまで知ってしまえば見捨てることは出来ないよ」
ヒロは肩をすくめて答えた。
そのあと私はテントの入り口にたち、ヒロは患者のケアとオーラムの手伝いをした。
「……暇ね」
私は仁王立ちをした姿勢のままぼそっとつぶやいた。護衛依頼のときも見張るだけの時間が長かったが、それでも馬車での移動なので景色が流れていくのでそれだけで暇は潰せた。しかし今回は一つの場所に止まるのでとにかく暇である。
一時間もすると完全に暇を持て余し、耳だけテントのなかに意識を向けた。
テントではヒロとオーラムが作業をしながら談笑しているようだ。
「そういえばオーラムさんはどうして仮面を付けているんだ?」
ヒロとオーラムはそれなりに打ち解けたらしく、気安く話しかけている。
「それを言ったらあなたも似たようなものでしょ。あたしは……他の人からなめられないようにするためね」
「……?どういうことだ?」
「王女の専属医師となると周囲からの嫉妬もすさまじいのよ。それに加えてあたしは下町からスカウトされて、他の貴族出身の医師達から出し抜かれた形になるのよ。それで抜擢された医師が若い女の子だっって知られたら非難轟々よ。そこをごまかすために仕事中はこれをつけているのよ」
「だったらもしかしてオレとそこまで年が変わらないんじゃないのか。そんな年で専属医師に抜擢されるのはすごいじゃないか!」
「……あたしは運が良かっただけよ。それに師匠に医術とかを教わらなかったら今頃処刑されていたかも」
「処刑か、確かにそれは怖いな」
予想外だったが、ヒロに同年代の女の子?の知り合いが出来たみたいで何となく私はほっとした。
ヒロは元王女で、冒険者になるまでは対等に話せる同年代の女の子がいなかったはずだ。
マリアンヌもゲーム内では侯爵令嬢という肩書きと自信の性格のせいで、周囲の人間は自分の手下か見下すべき敵くらいしかいなかった。「私」がマリアンヌの中に入ったことでそこは多少緩和されたが、それでもヒロに対して敬語を辞めさせるなど対等に振る舞うことは難しかった。
だからヒロが私以外の仲の良い人を見つけたのは良いことだと思った。
そしてこの日は特に何事もなく日が暮れ仕事が終わった。
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