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2 悪役令嬢 令嬢として失格になる

 スカーレットブラットという貴族は存在しない。

 ……これはちょっとまずいですね。はじめは学園『聖カリッジ学園』敷地内だとおもっていたら、それどころか『キングダムラブ』の世界かどうかすら怪しくなってきました。


 これは街に出て情報を収集した方がいいでしょう。


「ねえそこの坊や、ここから一番近い街はどこかしら?」

「”坊や”って、別にいいけど。ちょうどオレも帰るところだから一緒に帰るか?今日やるべき依頼もさっき終わっちゃったし」


 少年はすでに物言わない残骸と成り果てている怪物から片側の耳を剥ぎ取っていた。


 短く切り上げた茶色の髪に、上下半袖の粗末な服、腰には長剣を吊り下げている。歳は13かそこらだろう。この世界では子供ですら武器を取って怪物と戦うのは普通なのでしょうか。


「こっちは終わったからもう帰れるよ。街はここから歩いて30分くらいだけど……その靴で歩ける?」


 そう言われて、さっきから足のつま先がジンジンと痛み始めているのに気がついた。ここにきてからずっとヒールを履いたまま森の中を歩き回って、先ほどの戦闘で急に激しく走りましたからね。

 歩けないわけではないが、正直なところ少し辛いですね。


 やはり無理にヒールで歩き回るのは良くないですね。街についてお金ができたらかかとの低い靴を買いましょうか。


「やっぱそういう靴で歩いていたらつま先痛いよね?もし良かったらオレが街まで背負っていく?」

「ありがたいけど……ちょっと……、殿方にまたがるのは気がひけるわね」


 私自身は問題ないのですが、マリアンヌは婚約者の王子様以外に人に背負われるのは嫌がると思います。

 そういうと少年はちょっと恥ずかしそうに頭をかいた。


「ああ……これでもオレは一応女なんだけどね。オレはヒロ、始めたばかりの冒険者だよ。よろしく」


 ……どうやら少年は少年ではなく女の子らしいです。見かけで判断してはいけないということでしょうか。


「私はマリアンヌ・スカーレットブラットよ、せっかくだしご厚意に甘えさせてもらうわ。……あと、ありがとう」


 マリアンヌはヒロインをいびるのが趣味だと言っても根は悪い人ではないし、ここで礼を言ったほうがいいでしょう。

 少年……じゃなくてヒロの背中は私より小さいが、それでもしっかりと私の体を受け止めて支えることができる。この子は見た目以上に力があるようですね。



「マリアンヌさんは高ランクの冒険者?さっきのを見る感じマリアンヌさんかなり強いんでしょ?」


 街までの道中でヒロが聞いてきた。

 私がここにくるまでに読んできたネット小説を思い出す。たぶんヒロの言う”冒険者”とはさっきのような怪物を倒してお金を稼ぐ人たちのことでしょう。


「いいえ、私はスカーレットブラット公爵家の令嬢ですわ。それにここにきたのはついさっきですわよ」

「だからスカーレットブラットという名前の貴族は国内で聞いたことはないって……もしかしたらとっくのむかしに滅んだ家なのかもしれないけど。やっぱマリアンヌさんはよくわからない人だなぁ」


 そういえばこの子は『スカーレットブラットという貴族の名前は存在しない』と断言していましたが、この国の人たちはこの歳でも政治に興味があるのでしょうか。わたしはおそらく彼女より長く生きていますが、日本の都道府県知事の名前を全て言える自信はありません。


「でもさっきランク3相当のオークを瞬殺していたし、ただの令嬢には見えないんだけど……。もしかして強さの理由とかあったりする?」

「説明しにくいけど……多分私が『悪役令嬢』だからかしらね」

「へ?」


 乙女ゲームの基本は、悪役令嬢は作中ではヒロインの最大の障害として描かれることが多い。物語の始まりで主人公をいびるためには、それなりの権力や力が必要だ。

 『キングダムラブ』でもその法則は当てはまっており、マリアンヌは権力だけでなく戦闘力も高かった。


 ……ただそれは”人間”の範疇の話であり、主人公の攻略対象は過去の英雄の生まれ変わりだったり、狼男だったり、古代兵器のアンドロイドだったりとやけに人外が多かった。そしてなぜかマリアンヌの弟は、公爵家で細々と受け継がれてきたバンパイアの血が偶然濃く受け継いだとのことだ。マリアンヌ自体は人間だったが。


 ともかくマリアンヌ・スカーレットブラットは作中ではそれなりに強い人物である。ランク3相当のモンスターがこの世界でどこくらい強いのかわからないが、この世界でも同じくらいかもしれない。


 もっともゲーム上の設定とメタ的な話なので彼女には理解はできないのだろう。

 

「あ、マリアンヌさんつきましたよ!ここがテリトリ領の中で一番大きな街、ヴィレッジです!」


 街なのか村なのかはっきりしなさい。


 高い防壁の中をくぐりぬけると、まるでヨーロッパの古い町のようなレンガでできた街並みが広がっていた。地球でいえば16~17世紀のドイツの景観に近いのでしょうか。

 

「ここが冒険者ギルドだよ」


 ここでヒロから冒険者について簡単に話してくれた。


 冒険者とはモンスター討伐や商人護衛の依頼をこなすことでお金をもらうのは想像通りだが、冒険者には1から最大20までのランクがあるという。

 そしてすべての冒険者がランク1から、というわけではなく、ギルドの裁量次第だがランク10までは飛び級で始めることができるらしい。

 

 冒険者ギルドは命をかける職業で常に人手不足なのか、冒険者登録は非常に審査が緩い。多分○天カードと同じくらい緩いし、偽名でも通るとのこどだ。そのため冒険者は貧しい村から口減らしのために追い出された子供から、お忍びの姿として利用している王様までいるらしい。

 そのなかで名の知れた貴族の出身や有名な学校の出身者は、身分の保証ができているためか高ランクスタートとして優遇されやすい。ギルドからすれば貴族とのコネを結べたり、即戦力を確保したりとメリットが多いからだろう。


 ーーで、試しに冒険者登録をしてみたのだが、私、もといマリアンヌ・スカーレットブラットはというと……。


「この私がランク1ですって?!あり得ませんわ!」

「しかしスカーレットブラットという貴族は存在していませんので……」


 受付のテーブルを両手で大きく叩いて、受付嬢に抗議する。

 まあこうなることは薄々分かっていた。やはりここはゲームの世界とは別の世界なのでしょう。まあマリアンヌならば貴族として扱われないというのは憤慨するに違いないでしょうね。


 しばらくは冒険者ギルドで仕事を受けながら情報収集をしましょう。

 

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