19 悪い噂
そのあとの二、三日は宿の部屋でごろごろしていたが、さすがに暇になったので二人で外に出ることにした。
ヒロは素性がばれないように例のマスクとフード付きマントを付けさせた。私も蝶型の仮面を付けようと思ったが、
「二人ともそういう格好なのはお尋ね者みたいで逆に目立つんじゃない?」
ということでヒロに止められた。
町の中は病気が流行っていると言うが、それでもやはり多くの人たちが行き交っている。
「もし病気が飛沫感染だったら、いまごろ大流行しているわね」
「飛沫感染?」
ヒロは首を傾げた。
「人と話しているときに菌やウイルスが唾やくしゃみに乗って飛んできて、それで病気にかかる事よ」
「菌?ウイルス?マリアンヌさんはたまに変な言葉を言うよね」
どうやらこの世界は医療の知識があまり浸透していないらしい。
まあこの世界は傷を癒す魔法やポーションがあるから必要がないからかもしれない。
「病気って昔母上が悪い魔法使いか魔物が呪いをかけるからかかるんだっていっていた気がするな」
「ふうん、こっちの世界はそういうことになっているのね」
子供に聞かせる話なので真に受けないが、一応耳に留めておく。
そんなことをいっていたら目的地である武器屋にたどり着いた。
宿屋の人に道を教えてもらったが、ここ以外にも武器屋は十店近くあるらしい。
店内にはいるとたくさんの武器が壁やらテーブルの上やらに並んでいた。
ここに来たのは新しい武器を購入するためだ。私が今使っている鉄扇は刃こぼれ一つしている様子はないが、手持ちの武器が一つしかないため投げつけると格闘に持ち込まないといけなくなるのだ。
なのでサブ武器として一つ購入したいと思ってここに来た。
しかし、
「こんな武器始めてみたよ。一見すると扇の紙と木の部分、要は全部が鉄で出来ているみたいだが、扇の外縁部にある刃の切れ味が尋常じゃないね。こんな武器は店にも置いていないし、このレベルになるとオーダーメイドでも難しいんじゃないか?」
あっさりと無理だと言われしまった。今更マリアンヌが鉄扇以外の武器を使わせたいとは思わないので、ひとまずここに武器を卸している鍛冶屋の住所を教えてもらった。
「マリアンヌさん、もうちょっと見ていっていい」
「別にいいわよ。私は外で待っているから欲しい物があったら呼びなさい」
「はーい」
ヒロは目を輝かせて武器を眺め始めた。一方私はする事がなくなったので一人、武器屋の裏路地にいた。
周りに知人の目がないことを確認すると、私はふぅと大きく一息付いた。
「なんというか、だんだん私が『私』じゃなくて『マリアンヌ』になっているような気がするな……。日本にいた頃の私だったら絶対に躊躇なく人を殴ったりしないし……」
日本にいた頃、私は善良な会社員だった。人や動物を躊躇なく傷つけたり殺したりする経験なぞなかった、ただの一般人だ。
それなのにマリアンヌとして活動しているとそういうことが抵抗感がとたんに薄くなる。魔物や盗賊がいる世界でこの性質はありがたいが、だんだん自分が自分でなくなっている気がしてくる。
思い出せ。私は向こうの世界では日本人で、二十代の女性で、名前は……。
「なあちょっといいか、妙な噂を耳にしたのだが」
路地裏に二人の男が入ってくるのを見て、私は思考を止め思わず息を潜めた。
男達は懐から紙巻き煙草のような物を取り出し、先端に火をつけてふかし始めた。
「例の病気なんだが、あの行方をくらませた王女の呪い何じゃねえのってことだよ」
「また急に突飛な、何か根拠があるのか?」
「あるわけねえよ。ただあのプリステア王女は実は呪われた子供って聞いたことがあるぜ。現に一族の中で魔法が使えない上に、髪の色も金髪じゃなくて茶髪らしいじゃねえか」
「だからといってそう決めつけるのはおかしいじゃねぇか」
「まあだから陰謀論程度の噂にしかすぎねえよ、真に受けるなよ」
そのまま男達は立ち去っていった。




