12 所詮は小物の悪党
私は鉄扇を構えて戦闘態勢をとる。
相手は高さだけで人の背丈くらいあり、開かれた口の中から鋭い牙が連なっているのが見える。
「グルルルル……ガァ!」
ギガントファングが私に飛びかかったタイミングで、私は鉄扇を魔物の眉間に投げつける。
それは見事に命中して狼を一瞬ひるませることができた。
その隙に接近し、膝を蹴り上げ顎に叩きつける。
「ギャイン!」
「ちっ、想定以上に強いな。殺すのが目的ではないから力を制限した状態だが、その状態だとこの程度でしか戦えないか。ならば……」
サドエスは手にした宝石を強く握ると、宝石が赤く輝きだした。
すると狼に一瞬赤いオーラが宿った後、先ほどよりも凶暴性が増したように見えた。
「一時的に本来の力を解放してみた。君もこの魔物に犯されるのも悪くないが、こいつがやられたら意味がないから仕方がないな」
「グガァ!」
狼が私に噛みつこうと牙をむけるが。私はバックステップで避ける。確かに噛みつく動きも早くなった気がする。
間違いなく今まで戦った相手よりも強い。
私はこいつに勝てるかどうかの自信がなかった。
ワイドウィングを起動して短い間飛び、家の外壁を蹴り狼の真上に躍り出る。空中で体を半回転させて、体重を乗せてヒールを狼の脳天を踏みつける。
しかし今度はあまりダメージを負っているよう見えない。
地面に着地して鉄扇を拾い上げ、鉄扇を広げて狼を切りつける。しかしその皮膚にはじかれてしまった。
「……固いわね」
「魔法の剣じゃないとそう簡単に傷が付かないからね」
「ご説明感謝しますわ。それよりも先にあなたを倒した方がいいかもしれないわね」
魔物よりそれを使役しているサドエス、特に持っているあの宝石を奪うことができれば形勢を逆転できるかもしれない。そう思って今度はサドエスを攻撃しようとするが、ギガントファングの巨体に遮られて届かない。
「マリアンヌさん!」
私が時間を稼いだ間にディアーナを遠くに送ったヒロが戻ってきたらしい。
そして彼女の力が込められた石つぶてが降りかかる。
そのうちの大半は狼に阻まれたが、いくつかはサドエスの足下の付近に着弾した。
サドエスは表情をゆがめて悪態をついた。
「くそっ、この下等な平民どもが。この僕に傷を付けるつもりか?そっちがそのつもりならこれはどうだ?」
彼は宝石を持っていない方の手の指をヒロに指さして、なにやら呪文を唱えているようだ。
すると彼の指の先端から炎の固まりが生成され、それがヒロに向かって発射された。
「【火球】!」
すんでのところでヒロは炎を回避する。炎の固まりは地面に着弾した瞬間小さく爆発した。
「あぶな!この男本気でオレを殺すつもりだ!」
「気をつけなさい。魔物だけじゃなく、あの頭のおかしい男も一応敵のうちにはいるわ」
「うるさいうるさい!なにが『頭のおかしい男』だ!おまえ達のせいで計画が頓挫したばかりか、ディアーナに逃げられてしまったじゃないか!こうなってしまった以上、貴様等を八つ裂きにした上でギガントファングの餌にしてやる!」
サドエスは顔を真っ赤にして物騒な言葉を連呼する。
彼の性格や態度を見るにまさしく悪役と言っていい立ち振る舞いだ。
「ただ……悪役といっても、完全に小物ね。自分は強いものに守られながら安全なところで一方的に罵倒を繰り返す。それに煽りにも弱い」
そんな小物の悪党は、マリアンヌに歯牙にも及ばない。
悪役令嬢である彼女はどんなときでも誇りの高さと気品さを失わない。
「だからあなたなんかには、負けない」
もっとマリアンヌの力を信じなければいけない。
さらに仲間の助けを借りないといけない。
「ヒロ、これを使いなさい」
「これってマリアンヌさんの鉄扇?」
彼女に鉄扇を投げ渡して、再び魔物の頭上に飛び立つ。
今度は踏みつける代わりに、狼の頭部の毛をつかみ手元に寄せるように引き上げる。すると狼の頭が持ち上げられ、喉元がむき出しになる。
「ヒロ、それを投げなさい!」
「分かった!」
ヒロが鉄扇をのどに向けて投げつける。閉じられた鉄扇はまるで投げナイフのような鋭さを発揮し、のどに突き刺さりそこから血が大量に吹き出す。
「まさかそんなことが!」
「あら、私の武器は特別製でしてよ」
ゲーム内のメインウェポンであるこの鉄扇は作中有数の名品であるといってもいい。それにヒロの豪腕が合わされば、この魔物ののどを破壊できてもおかしくはない。
「グアアアア!」
それでも生命力が高いのか、狼はなお力強く暴れ私を振り落とそうとしている。
「【体力吸収】!」
私はつかんだ毛の先端からドレインタッチで生命をさらに削っていく。
やがてギガントファングは力を失い、地面に崩れ落ちた。
「これで残るのはあなただけね」
「嘘だ……。こんな事はあってはならない……」
逃げようとするサドエスをワイドウィングで飛んで捕らえ、彼の首を掴んで股間を膝で蹴り上げた。
サドエスはうっ、とうめき声を漏らして、白目をむいて気絶した。




