11 悪役令嬢はめんどくさい
「グルルルル……」
「なにあの生き物、見たことがないのだけれど」
青年サドエスは私の疑問にわざわざ説明してくれた。
「この魔物はギガントファングといって、ランク10相当の冒険者のパーティーがようやく相手に出来るくらい強力なのさ」
そういって彼は懐から宝石のようなものを取り出した。
「そしてこれが従属契約のあかしだ。この魔物は僕の完全な制御化にあるから、むやみに君たちを喰い殺したりはしないから安心しな」
彼は高らかに笑いこう続けた。
「僕が用があるのはその我がフィアンセだけだ。君達には用がないからここを去るならこれ以上危害は加えるつもりはない。さあこっちにきなさい我が愛しのディアーナ。こいつでたくさん可愛がってあげるからな」
「嘘でしょ……。ランク10相当ってベテラン中のベテランじゃない……。マリアンヌさん助けて……」
ディアーナは涙目になって私に懇願してきた。
一方私はどう対応するかで悩んでいた。
ランク10相等がどのくらいの強さか分からないし、そもそも私自身マリアンヌの強さがこの世界だとどのくらいの強さなのかあまり把握出来ていない。
加えて用があるのはディアーナだけで、なにもしなければ私達には危害が及ばない。
自分の命を大事にするなら立ち去るのが一番である。
そもそも私が彼女を助ける理由はない。出会って間もない上、出会い頭にマリアンヌのことを嘲笑したのだ。
だから私はヒロにとりあえずこう提案した。
「ヒロ、私達はここを立ち去りましょう。彼の言うことが本当なら私たちには関係のない話だわ」
「ーー本気で言っているつもり?」
「本気も本気よ。そもそも私達の仕事は商人の護衛、彼女を助けることは仕事には入っていないわ」
「え、嘘でしょ……。私をおいていくつもり……?」
ディアーナの顔は絶望的な表情になり、彼女の目から今にも涙があふれそうになっている。
「それよりも家に火がつけられたのだから村の被害の確認をしないといけないし、護衛の対象安否を確認しないといけないわ」
「襲撃犯は彼らで全員だし、さっきも言ったが彼女だけが目的だから他の人には危害が及ばない。火も事がすんだらこちらで消すから気にしなくていい」
「そう?なら安心だけど念のために様子を見に行くわ。さようなら」
「マリアンヌさん!……だったらオレは残る!」
ヒロの突然の発言に驚いた。
「ヒロ、あなたこそ本気?私より弱いはずなのにあんなのに一人で勝てるわけないでしょ!」
さっきの獣化で身体能力が上がるみたいだが、それでもとうてい勝てるとは思えない。無駄に自分の命を捨てる行為だ。
「それでもオレは戦わないといけないんだ……。マリアンヌさんにはたくさん恩をもらっているし、前にオレが死にかけたときに命を救ってくれた人もいた!だから今度はオレが助ける番だ!」
想像以上の熱血である。
ヒロはここにとどまるつもりのようだが、逆に言えば彼女が残ることで私も残る理由が一つ出来たことになる。
いくら私が悪役令嬢のふりをしていても、中身は日本の一般女性である。
女性が悪い男に襲われているのを見過ごせないという気持ちは、マリアンヌ以外の「私」の部分の中で感じていた。
しかしそれ以上に今の私は「マリアンヌ」であり、マリアンヌとしてなにかしら助ける理由がないと、積極的には動きたくなかった。
自分の仲間のヒロがこの場に残るから、だけでもいいがもう1つ理由が欲しい。
そこで私はディアーナに向けて悪役令嬢らしい表情で話しかける。
「そう?でも残念ながら私はあなたにいい感情を持っていないの。もし『助けてくださいマリアンヌ様』と地面に頭をこすりつけて頼むなら考えてあげるけど」
マリアンヌは公爵家令嬢で体面を気にするキャラである。ゲームでも彼女に頼み込むモブの女子生徒にこのように土下座させていた覚えがあった。私は彼女のファンだが、マリアンヌはめんどくさい女だと思う。
ディアーナは少しためらったが、まもなく言われたとおりの土下座を敢行した。
「お願いします、公爵家令嬢マリアンヌ様。どうか私を助けてくれませんか」
「そこまで言われると仕方ないわね。ヒロ、彼女を背負って全力で離れなさい。私が相手をするわ」
「相談は終わったかい?絶望的な顔も土下座をする姿勢も僕からすればとても愛おしいが、みすみす逃すわけにはいかないね」
サドエスが1、2歩下がると入れ違いに狼が前に進んだ。
相手は私の何倍も大きな魔物だ。
その上私が今まで戦った魔物はすべて人型だったが、四本足の敵とは初めて戦うことなる。
苦戦になるかもしれないし、勝てるかも分からない。




