10 サドエス
私は突然の事態に動揺した。
しかしヒロは自分の異変について無頓着に振る舞っている。
むしろ我を忘れて無我夢中に暴れているようにすら思える。
「グルルルル……」
歯をむき出しにして、彼女は血走った目でうなる。
「なんなんだ……もしかしてこいつは人に化けた人狼何じゃねえのか。ありえねえ……」
大男は胸の傷を左手で覆い後ずさりする。私になぎ倒されたほかの雑魚達も予想外の事態に恐怖し、硬直したまま座り込んでいる。
「ウガァ!」
ヒロは獣のような姿勢で飛びかかり、毛の生えた方の腕で大男の顔をつかむ。そのまま地面に勢いよく男をたたきつけると、男はまるでバスケットボールのように高く跳ね上がった。
男はそのまま抵抗できずに地面に再びたたきつけられると動かなくなった。
彼らのリーダーらしきバンダナの男はこの隙を利用してディアーナの背後をとり、手に持った杖を落とし、首に刃を突きつけた。
「ったく手間を掛けさせやがって……おいそこの女とバケモン、この女の命が惜しいならこれ以上近づくな」
バンダナの男は相当肝が太いのか、部下を一瞬で倒され化け物のように豹変したヒロを見てもまだ折れる様子を見せない。
一方お嬢様育ちのディアーナはめぐるましい事態に目を白黒させている。
「ええっと私いったい……マリアンヌさん助けて……。でもこっちこないで……」
「グルル……」
ヒロは言葉は通じるのか威嚇はするが、それ以上のことはしない。
ディアーナを盾にされているため鉄扇を投げつけることが出来ない。
万事休す、と思ったそのとき。
「【火球】!」
突然男の背後から炎をたてて燃え上がり、さらに立て続けに魔法が打ち込まれてバンダナの男は絶命した。
そして魔法が打ち込まれた方角から、白馬にまたがった一人の青年が現れた。身なりのよい装束を身にまとった金髪の青年はさながら貴公子といった感じだ。
「危なかったね、我が愛しのフィアンセ」
「あ、あんたどうしてここにいるの!」
「婚約者の危機を助けにここまで駆けつけるのに理由なんているかい?」
「助けにきたって……よくもそんなふてぶてしい言葉を吐けるわね」
「なんかうさんくさい男だね」
いつのかにかヒロの表情が元通りになり、腕も元々の女の子らしい細い腕に戻っていた。
「ヒロ、あんた……」
「ん?マリアンヌさんどうしたの?あの男以外全部マリアンヌさんがたおしたんでしょ?」
彼女はけろっとした表情で、まるでさっきの出来事をなにも覚えていないかのように振る舞っている。
こんな現象、向こうの世界ではありえない。
正直先ほどから心臓がバクバクと激しく鼓動をたてているが、何とか心を落ち着かせようと頭を巡らす。
落ち着け私。マリアンヌはこの程度のことでは動揺しないはず。
そうだマリアンヌがいた乙女ゲームに正体が人狼の攻略対象がいたではないか。
主人公は彼のルートで狼に豹変して人の心を失っているときでも、彼を手懐けて落ち着かせたではないか。
ゲームの主人公に出来るのなら、私も出来ない訳じゃないはず。
「ねえヒロ、干し肉でも食べる?」
「……なにしているのマリアンヌさん。それよりもあれどうすればいい?」
ヒロが金髪の青年を指さした。
彼は馬を下りてこちらに向かって歩いてくる。
「僕はネトラ・サドエスと申します。彼女の婚約者でもあります。先ほどは彼女を救っていただきありがとうございます」
サドエスと名乗った男は優雅にお辞儀をした。
この世界の固有名詞はなぜいちいち変わっているのだろうか。
「さあディアーナ、冒険者なんて危ないことをやめて僕のうちに来るんだ。あそこには温かい食事も風呂も用意している。もう怯えることなんてないんだよ」
サドエスはディアーナに語りかけ手を差し伸べる。
しかしディアーナはむしろ彼から遠ざかるようにさらに下がる。
「いやよ……またあそこに戻ったらまた私に拷問をかけるつもりなんでしょ」
ディアーナは服の袖をまくると、いくつもの痣が出来ていた。
「なにを言っているんだ。それは僕が君に与えた愛の証ではないか。さあこっちにおいで。また僕がかわいがってあげる」
名前だけじゃなくて本性もサドでドエスなのか。
「いやよ。どうせこの盗賊達もあなたがけしかけたのでしょ。あなたの家で聞いたことがあるわ。メイドに荒くれものを何人もけしかけて犯すのを傍観しているのがあなたの趣味なんですって」
さらにNTRの趣味もあるのかこいつは。
まあこれまでの事件が彼がしくんだと考えるとつじつまが合う。
盗賊達がわざわざ村に火をつけた割には略奪した形跡がないし、はじめからディアーナをさらうのが目的だと彼らは言っていた。
それに加えて婚約者のサドエスが偶然この場に居合わせるのも都合がよすぎる。はじめからここに彼女が来るのが分かっていて、盗賊をけしかけ自分は待機していたのだろう。
そして人攫いが失敗したから口封じのために殺したのだろう。
ディアーナももしかしたら彼や彼の実家から逃げるために冒険者になったのかもしれない。
そこまで考えてところでサドエスは突然目を見開き、両手を広げた。
「そうだ。僕が彼らをけしかけた張本人だ。でも君たちが盗賊を全員倒してしまったから、僕の計画の第一段が破綻してしまったね。なら仕方ない。第二段を開始するとしよう」
彼はそういって指をパチンとならすと、家の陰から一匹の巨大な熊のような生き物が現れた。
「複数の男達がだめなら巨大な魔物に犯されるのはどうだい?」
熊は荒い息を立て、こちらに近寄ってくる。
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