8話-メイリオの短剣~willスミス~
街というもので狭いものを見たことはあんまりなかったものだから、この街の例外なき広さに直面したときもそうではなかっただろう。ただ唯一問題があるとしたらこの廃教会のある貧民街は北の端に位置しており、どこにいくにも遠いのである。
よりにもよって今行こうとしている”製造者ギルド”のスピエール支所は南に位置しており、なるほどだからといってこの道幅ではオフロードバギーで駆け抜けるわけにもいくまい。慣れない脚でひたすら長距離の歩行を強いられていた。
「もうダメだ……自分はここに散る運命、あとの世界を頼んだ……」
「だらしないわねえ、まあ職業柄身体は動かさないんでしょうけど。ほら水飲む?」
「いうてウチよりないっテ、そりゃあかんでショ……」
メイリオから受け取った水を飲み、そして返す。
なるほど確かに、ゲーム画面上ではWASDやマウスクリックで動いていたものだから気にしていなかったが、ゲームキャラと同じスピードで動き続ければ本来の自分の体力ならすぐにバテるのも無理はない。あいにく自分はMPはぶっちぎりだがSPは地を這っているのだった。
ううっ情けない、だがLvとステがカンストしている以上多分だが、自分はいくら鍛えてもEXPは虚空に消えていくしスタミナはつかないんじゃないか?という疑念が宿り、ならば仕方ないと胸を張った。
このオルカ、決断は疾い。
「ところで、製造者ギルドってなに?ブラックスミスのジョブなら知ってるけど」
「それだけ知ってれば上等よ、錬金術師やタタラ、装備製作者みたいなのが集まってできたギルドの大本ね。性質上冒険者ギルドとは違って分化したところがないのが特徴よ。っていうかそもそも、製造業同士で余計な争いをしないようにしましょうって生まれたギルドだしね」
「はえー……ネットゲームにもあったなあそういうの」
だいたいのネットゲームにはいわゆる戦闘職と生産職があり、それぞれ役割が違ってくる。
そして互いが組む理由もだ、戦闘職は互いにPTを組み合ってMob狩りやボス狩りに出るのが主な理由でたまに生産職が交じるのは身内の趣味だったりとか、あるいは戦闘職だけでは埋められない部分を埋めるためということが多い。
だが生産職だけで固めるギルドのようなものはたいてい自分で使うのではなく、マーケットでの金策目当てということが多い。しかしながら生産職が装備や素材を流さないと戦闘職は困ることが多く、彼らがいないとゲームが成り立たないということは往々にしてあるのだ。
一方で悪どいところでは買い占めや相場操作を行うこともあるため、そのすべてが歓迎されるわけではない。事実自分はフリーだったが、たまに被害に遭うことはあった。相場読みも楽しいと言えばウソではないが。
―――という想い出を思い返すと、第一印象はなかなか大丈夫じゃないがまあ、なんとかなると信じたい、信じよう、信じる。
「やっぱりマーケットボードの前にずっと待機してたり?」
「依頼表の前に人だかりができるのは冒険者ギルドの話よ?」
「マケボ戦士はいないのか……」
ちょっとだけさみしくおもいつつも、休憩をはさみつつ街を縦断した。
街を縦に横切る道中ではまっとうな教会だとか、やれ別のギルドらしき建物だとかが見えなるほど、やはりある程度建物を身奇麗にしているあたりまともなところはそれが普通でポーンギルドの建物がそうであるだけらしい。
同行している店主ちゃんがいうにはポーンギルドの廃教会は古くに街の経済が困窮したときに、支援金が打ち切られた都合で打ち捨てられたものであるらしく、そこで誰にも使われていないのに目をつけて引き取ったのがはじまりだそうだ。
「最初の掃除が、いっちばーん大変だったケドね」
「懐かしいわねえ……まともな掃除のやり方知ってたの、店主ちゃんとリリーしかいなかったから」
「リリアナ嬢、煙草吸ってるだけじゃなかったんだな……」
「リリーはああ見えて器用よ?腕のいい錬金術師だし、ギルドの収入の半分くらいはリリーがいなかったら成り立たなかったんだから」
「ふぁえー」
ウィッチかと思ったが錬金術師なのか、錬金術師はゲーム内では文字通り錬金術で薬剤や素材を作るのが主な役割で、付与術師としてもなかなか懇意にさせてもらっていたクラスだ。HPMPSPの回復からスキルブースト、生産成功確率上昇までさまざまな薬剤を作れるのが魅力的なところで、いわゆるナマモノ系の素材から成分や加工素材を抽出できるのもこのクラスである。
彼らがマーケットに生産用薬剤を並べてくれていなかったらいまごろ自分は干上がって、マウスをおいしいねえキーボードおいしいねえと撫でていただろう、マケボ戦士達には感謝しなければいけない、あとでリリアナ嬢にも感謝しておこう。
そういえばそれらも製造者ギルドにいるとのことでなるほど、こちらにおけるそれらの製造過程を学んでおくいい機会だなと思った。
「……っさて!何度見ても華のないとこだこと!」
メイリオの言葉で自分がそこにたどり着いたことに気づき、ほほうここが、と製造者ギルドの外観を見る。なるほど機能美、機能美、といった華のない外観だ。だがこういうギルドの拠点が殺風景なのは割とネットゲームでも見られる光景なので、やっぱり職人気質の人間は似た感じの感性を持つのかな、と。
考えていると、店主ちゃんがノックもせずに入っていく、メイリオもだ。
彼女らは門構えにいる警守を顔パスすると、自分のことも連れだと言い通らせる。護衛という風体じゃないからまるで女の子についていく軟弱者ボーイのようだと見られている自覚はあるので、警守さんの目線はスルー、既読スルーである、このオルカ、スルースキルが高い。
「さて内装は」
「なんもおもしろいものはないヨ」
なるほど店主ちゃんが言うと説得力がある。
角ばった普通の、なんというかいかにも受付なスペースがあり、入り口にすら資材が置いてある。かつそのままずんずん進んでいく店主ちゃんについていけばそこには、潔いほどどでかい作業場のようなスペースがあるのだ、パーテーションでいくつもに仕切られた作業場はちらほらみれば炉の密集したスペースで剣を打っている鍛冶職人だの、鉄鎧の留め具をせこせこ留めている職人だのがひしめきあっている。
錬金術系統はさすがにこの作業場と一緒くたにするとまずいのか分けられているのだろうか、見当たらない、さみしい。調理に関しては調理場だろうし、ここにはなるほど、”うるさくして問題ない仕事”が集められているのだろうと納得した。
「ひよっ子ォ!!インゴッド十個もってこい!!銀だ!!」
「はいっ!!」
「やっぱニッカ銅!!」
「はいっ!?」
「ヒエーッ……」
これが体育会系というものか、いや職人気質というものか。
ヒエーッヒエーッと唱えながらそんな作業場を進んでいくと奥に扉をはさんだ倉庫がありそして、そこは外から開け放たれた搬入口がある場所となっていた。なるほど直接ここに持ってきたほうがお互い都合がいいというもの、ちょうど空き時のようで店主ちゃんとメイリオが倉庫担当らしい方に話を通すとちょちょいと、店主ちゃんが指でここに置け、といった感じで指示をした。
ふむ、ちょうどいい板がある。
「見せない方がいいって言ってた気がしたけど、いいのかな」
「今後取引する相手になラ、遅かれ早かれヨ、ランザは信用できるからさあ誰か来る前にはやくはやく」
「ほいほい」
いつものようにインベントリを操作し、トロール脂をぽいっと放り出す。
倉庫担当者であるらしい、くたびれた作業服を着て帳簿を手に持ったままの茶色髭ランザおじさんはほう、と軽く驚き自分にインベントリを持っているんだな、大したものだと褒めたたえる。手慣れているあたりがさすがに年季を経ているなと思いそして、メイリオにいい人材を引き入れたなとも言った、こうまで褒められると嬉しい。
「しかしトロール脂か、まだ金等級の冒険者が集まってないから本格的な討伐はまだだって聞いてたが、西の森のほうはもうおっぱじまってるのか?トロール脂が大量に出回るようになるなら買取価格は引き下げるしかないぞ」
「“はぐれ”を仕留めただけヨ、ニッサとオルカがさ。んだから早いとこ捌かないと値下がりしちゃうんじゃナイ?トロール脂は多分このへんじゃこれだけだシ、うまく捌けばそれなりには儲けられると思うけどなァ」
「なるほどなあ、じゃあさっそく見せてもらうが……なんだ……上質だな。刈り取りも本当にうまい、王都のほうでもこれほど上質で純度の高いトロール脂は見ないと思う。これなら十分に買い取り価格をつけられるが坊主がやったのか?えーっとメイリオの嬢ちゃんとこの……」
「オルカです」
「オルカか、気に入った。君さえいいならまたこっちに売りに来てくれよ、こいつは逃せるものじゃないからな、色をつけて買い取らせてもらう……しかしわざわざ四角にして持ってきてくれたのか?こっちとしちゃ計量の手間が省けるからありがたいことこの上ないからな、そこも更に色づけしておこう」
「ヒエーッ…」
インベントリに入れたら自動で四角くなったなんて言えないのでちょっとヒエーッでごまかしておく。
労せず得取るってなんかちょっとだけ悪い気がするのは、自分が日本で生きていたせいなのだろうか。でも既に付与でたんまり稼げるって聞いているからなんともいかんとも、こんがらがりでちょっとだけ頭お菓子なる。
ランザ氏はトロール脂をよくよく観察すると、”解析”のスキルをもって多分成分解析なのだろう、純度とかこう、いい感じなとか、そういうのをする。そういえばニッサも持っていたし、いうほど珍しいものじゃないんだろうか、というかスキルもいろいろあるんだろうなあ……あとでメイリオに聞いてみよう。
「品質が本当にいい、本当に見たこともないくらいで……いやすまない、職業柄こういった”銘品”を見ると興奮してね。値段はすぐに弾き出そう、長持ちしないものだからこんなにいいものはすぐ加工せねば」
「そんなに褒められると自分がつけあがりますよ」
「いいとも、いい腕を持つ人間はどんどんつけあがってそれで、己の限界を知るとこまでとっとと行くべきさ。自分が”こんなもん”なんて思ってるうちはその先には行けないし、自分の腕を買い叩かれるのがオチってもんだよ……ポーンギルドにいなけりゃウチで雇ってたんだけどなあ、まあ、そっちはいい人材を手に入れたよ本当」
「でっしょー!こんなナリだもの、この短剣を売ってなかったらただの貧民街の物売りと思ってたわよ!」
メイリオに背中をばばんと叩かれ、褒められているのかどうなのか。
だが腰元の短剣、”みっつの付与”がつけられたエルヴンナイフをメイリオがランザに見せるとそんなことも言ってる場合ではなくなる。ランザの目の色が変わったのだ、その目はちょっと自分のような経験の浅い人間には読み切れないが多分、職人の目というやつなのだろう。
Lv40帯の装備なんて店売りでひかえめお値段で売っていて、生産Lv上げのために山というほどスロットを使い潰されていたものだがこちらでは相当な業物らしい、使い潰し用にインベントリにそれなりの数が残っていることがなんだか申し訳なくなる。
なおインベントリの同時確保上限数は999で同じ付与の場合また同様にストックされる……まあそういうことである。
「これはどこで手に入れた?」
「オルカが売ってたものだからあたしには……オルカ、実際どこで手に入れたの?」
「ウチもすごい気になってタ」
「ふむ」
三者三様、とはこのさまか。総じて期待値の高い視線を向けられるさまに、どう答えたものかと。
だがしょうみ、隠すのも今更という気はする。だが手元にあと六百本以上あると言ったらどんな顔をするだろうか、はてさて、ここでは多分エルフの装備というだけで業物らしい、結構なお値段になるのだろうか。これを売って余生を過ごそうおじいちゃん……このオルカ、怠惰である。
されどこのオルカ、正直者である。
正直者でいれば善き人生を送れると、そう信じている。
「まだまだある」
「本当か!?君さえよければ売ってもらえると嬉しいんだが!エルフの作る武器を最近壊しちまってな、参考資料になるものが無くて困ってたんだよ」
「別に一本くらい構わないけど、ふむ」
「あー……オルカ、オルカ、ちょっといい?」
はてメイリオ、なんでしょう。
「エルフの武器がなんで高いか、持ってるなら知ってるよね?」
「わからんちん」
「ああっ、もう……エルフはね、排他的じゃないけど閉鎖的な集落で過ごすのよ、だから当然技術や”モノ”の流出をすごーく気がかりにするの。信頼する人にしか武器なんて譲らないのよ……それを知った上で、あたしにこれを売ってくれたのよね?」
「いやエルフの友達はいないからなあ……」
「あなたじゃ奪う盗むなんて器用なことできないだろうけど、あなたほどの人だから信頼してこれを譲ったんでしょうね……でもこれの作り手が不憫ね……」
はてさて、このオルカ、やはり無知である。
そんなものだったのか……剣と短剣、弓まで持っていたものだから、どれにするかと聞こうと思っていたのだが。なるほどこれを安易にバラ撒くなと釘を刺されているのだろう、しかし言った手前引きもできない、さあてどうする、ううむどうする。
「まぁ売るのはあなたの勝手だから何も言わないわ、あなたほどの人にとってはその程度の価値なのかもしれないし」
「ふむむ……じゃあ剣だけ譲ろう、長剣をひとつ、お近づきの印に」
「譲る?今譲ってくれるって言ったのか?」
「これは別にエルフの友人からもらったものでもないし誰が悲しむでもないから、ならここで生まれるランザ氏との信頼を願って寄贈することにするよ。”付与”は自分たちでやってくれとは言っておくから、まあやっぱりその、仮にも男だし、言った手前だし、だし」
「ありがとうオルカ君! ……君の名前をマスターに覚えさせておくよ」
「ヒエーッ……」
このオルカ、見知らぬ人は苦手である。
普段はずかずか人の領域に入っているように見えて、その実内心結構びくついているのだ。まあ考えるより先に身体が動いてしまっては仕方ない、つまるところノーカンということである。人見知りというほどではないし恩義は感じるから、コミュ障ではない、きっと。
ランザのハグを全身で受け、おじさんパワーを一身に受ける。このランザ氏コミュニケーション強者である、間違いない。
「んまァ、それくらいなら……オルカ、あとでウチからも言うことあるかラ」
「いやです」
「あ?」
「ヒエーッ……」
このオルカ、お説教も嫌いである……。
結局そのあと、販売のとりまとめは店主ちゃんがこなした。
しかし40帯の装備ですらこの扱いなのだ、50,60だとどうなるだろう。
仮にストーリーイベントの報酬の魔王剣とか出したら、どうなるのか。
このオルカ、ちょっとだけ心がドキドキしている、悪いオルカである。
実写版ジーニーがただのウィル・スミスで安心した