6話-メイリオの短剣~Dot do it~
取引が終わり、帰る頃となってもまだ日は高く。
本来なら往復四時間かけて歩く道だし、帰りはリッチに馬車にでも乗ろうかと思っていたらしいがオフロードバギーの速度のせいで完全に予定が早まったらしい。バギーゆえの走破性のおかげか道中もそこそこ快適で、なにより直線ばかりだったのが運転素人な自分でも簡単に運転できた。
なおバギー自体は門の隣に停めておいたせいか、戻ってきたころには番兵が数人あたりを囲んで調べていたようだ。やめてくださいおまわりさん免停は困ります、免許もってなかったわ……無免許運転じゃん……。
「近づいてくるのが速すぎたし、音が大きくて驚いたという者が多かったそうだ。次に近くに来る時は少しその、控えめにしてくれるとありがたい」
「すいませんっした……」
「とはいえ面白いものを見せてもらったよ、最近はこういうものが走るようになったんだな」
ゲームイベントでもらえるものなんては言えずに、手に入れるのに苦労したとだけ答える。
どことなくいたたまれない気になって、さあいくぞと助手席に店主ちゃんを、後部座席にフードをかぶったニッサを載せてまた走り出す。エンジン音が響いたときには周囲の番兵や通りがかりの人が一歩退いたが、走り始めてみるとおおーっ、と感嘆の声が上がった、これはちょっとだけ気持ちがいい。
オープンカーなものだから日が当たるのはまあ仕方ないとして、風を切るとその暑さも帳消しだ、ほどよい気持ちよさが身体を通り抜け、店主ちゃんも二度目で慣れたのか鼻歌交じりに外を眺めている。
一方ニッサは怖いのか縮こまっているが……。
「そういえば、西の森がどうこうって言ってたけど」
「んあー、最近だネー……魔物自体は道をちょっとはずれればそこらじゅうにいるんだけどサ、西に行くと山があるのヨ。その間を抜けてくと隣の領地にたどり着くんだけどサ、そのあたりにトロールだの、オークだの、まァ亜人系がやたらめったら湧いてて通れなくなっちゃってるんだよネ」
「トロールはオートリペアが面倒だが、一撃で倒せればEXPがおいしいからよく狩場の取り合いになっていたな……そんなに湧いてるの?っていうか魔物って降って湧くものなのか……?」
「トロール狩りなんテそれこそ金等級超えないと無理だとおもうケド……そりゃ、魔物は湧くものヨ、人や他の生き物がいないトコに突然ふっと湧き出てきてその場所を占拠するのヨ。悪い神サマの使いっ走りだとか、異世界の生物とか、マナが固まってできるモノだとかいろいろ言われてるけどわーかんない」
「ああMobのポップと同じか……」
「知ってるん?」
「いやわからん」
そこまで聞くとほんとにネットゲームの世界みたいな場所だな、とも思う。
もしかしたら自分が知らないだけで、違うネットゲームだったりするんだろうか。
うぐぐ……ある程度世界観に知識のあるパートナーをインベントリに入れておくんだった。そんなふうに悔しがりつつ、ガタンゴトンブロロロロ、と街道を進み続けるとはて、遠くの道を分岐するところに何か見えてくるではないか。
「なんだっテ……ニッサ見える?」
「みえる……馬車、とまってる」
「ほほう馬車」
何かトラブルだろうか、少し速度をあげて近寄ってみるとなるほどどうして、天幕の張られた荷車を引っぱる馬車が道のど真ん中に停止している――― なるほど、よくよく見なくても右車輪が折れているようで、身動きがとれなくなっているようであった。
自分たちはそのすぐそばまでオフロードバギーを走らせると、停車させて声をかける。
またやはり、わけのわからないものを見たといった目で見られた、ニッサは縮こまった。
「どうかしたのか馬車の人?」
「ああ、荷馬車の車輪が……いやどうでもいい!!冒険者さんか!?」
「民間人だ」
「わかった、はやく逃げろ!!追手から逃げてたところなんだ!!すぐに来る!!」
「わ、わたし……」
ニッサが消え入りそうな声で何かつぶやいたがしかし、どうやら切羽詰った状況ということらしく荷馬車を引いていた行商人らしきおじさんは馬の手綱を切り離し、馬に乗ると何をぼさっとしているんだ、と叫ぶ。
さてはて一体、話す猶予もないらしい、だが逃げる準備くらいしておいたほうがいいのだろう、停めていたエンジンに再び火を入れそして逃げようとすると――― ……おや、足音、それも人間のものではないし大きい。それは分岐していた道を外れた方角からずんずんと押し寄せてくる……一体何事か、行商人さんはくそっ、と悪態をつくとすぐさま馬を走らせ消えていき、店主ちゃんも何か勘付いたのかニッサに弓を取るよう言う。
ニッサを見てみれば、フードの下でもわかるほど目つきが鋭い。
さきほどまでの縮こまっておどおどしていたところはもうなく、これまさに狩人の様相だった。
さて、何が来るか――― いや、既に見えていた、あれはまさに。
「チャーニー、トロール!!」
「一攫千金っていいたいトコだけどっ!オルカ、逃げて逃げテ!」
「イエッサー了解です」
歩幅というものはそのまんま速度に直結するのだろう、すさまじい勢いだ。自転車を全力で走らせたくらいにはあるだろう、荷馬車でなんとか逃げていた先の行商人さんは頑張っていたのだな。
さてこのトロールというMob、デザインは異なるものの自分のやっていたネットゲームにも当然のように出てきていた。攻撃速度が非常に遅いし防御力も並だが、一撃の威力とオートリペアにより囲まれてかつ一撃で仕留めきれないと甚大な被害を負うとして、中級レベルにおける一種の火力登竜門となっていたMobである。
経験値効率は厄介さからおいしく、タンクにヘイトを集めまくり火力職で殲滅するトロール狩りPTは頻繁に見られたものだ。
エンジンを踏み込むころにはニッサのエルヴンタイプの弓により一撃が唯一の一体に与えられ、そして胴体をえぐるもののやはりトロール、オートリペアが発動し刺さった矢はあっというまに抜けて傷が塞がる……相性はあまりよくないらしい。
「フードちゃんつかまって!」
「う、うん!」
急発進するにも危ないとニッサをかがませ発進する、さしものスピードとはいえどオフロードバギーの加速には到底追いつけないようで、ぐんぐん距離を離していったとおもえばどうやら、諦めたのか足を止めて……おや?
反転し、背を向けたではないか。
「フードちゃん、トロールが反転する理由ある?」
「……たぶん、あの、わたしが思うには」
「大丈夫だから言ってくれていいよ」
「………違う獲物を見つけたとか、待ち構えるとか」
おおう、てりぶる。
「じゃあつまり、自分たちがあれを見捨てた場合……誰かがまた襲われるってことになるよね」
「そう、なる……から、仕留めたい、けど……わたし、ごめんなさい、弓力不足で」
「ニッサの責任じゃないヨ、こんなトコにトロールが出るほうが間違い! ……この乗り物のスピードならスピエールまですぐに戻って救援を連れてくればいいし……」
「いや」
店主ちゃんの指示に従うのも懸命だろう、だがさしもの自分も安易に人死にを見過ごすのは道義に反する、それがよりによって――― ”自分の手の届くところ”だったらだ。このオルカ、付与術師である、手持ち無沙汰な状況をひっくり返すことこそが我が本領発揮なのだ。
オフロードバギーを止めると、なんでと言う店主ちゃんをスルーして反転させる。
それから後部座席へと目を向けると身を乗り出してニッサに要求するのだ。
「フードちゃん、自分のかわりに戦ってくれる勇気はある?」
「……オルカさんがすごいのは、知ってます。でも、できるん……ですか?アッすいません出過ぎたことを……」
「ああ、自分の代わりにあいつを射ってさえくれれば――― 勝てる」
「字面だけ見ると最悪だネ」
そうだとも、このオルカ、直接戦闘能力はゼロに等しい、だが誰かの1を100にすることに関しては誰にも負けない。ニッサが首を縦に振ってくれれば自分はすぐにでも取り掛かろう、さあニッサちゃん、まんまるみどりおめめを下に落とさないでこっちを見るんだ、はりはりはりー。
小柄な少女にかわりに最前線に立ってくれ、はなかなか最悪だろう。
だがしばし考えたあと、ニッサは目をこちらに向け、はい、と答えた。
「わたし、やります……!オルカさん、おねがいします……!」
「よしきた!矢束よこして!!」
「は、はい!」
思い立ったら即行動である!ニッサが小柄な身体に背負っていた、身体のサイズに対するとやや大きい矢筒を受け取る。ちなみに自分が178cmで、店主ちゃんは頭ひとつ小さい、ニッサはそのさらに頭ひとつ小さいのだ、手を出したら犯罪で牢屋の中で一生マルバツゲームをするハメになるのだ。
だが今回その法は適用されない、彼女の小さな手から受け取った矢筒にしっかりと目線を合わせるとよいしょと、いつもの付与画面を開いて解析をかける。金装飾でエルヴンタイプのいかにも豪奢なものだったが予想に反してスロットはふたつで、まあでもこれだけあれば十分と、つづけざまにふたつの付与を”矢筒”に行う。
さて――― 今回はこれでいいだろう、十分だ。
フードを相変わらずかぶったまま、うわー、と興味ありげに見ているニッサに目を合わせると目をそらされた、はははこやつめ。
「できた、フードちゃんこれ使って」
「ど、どうやってつかうの……?」
「特別な挙動はしない矢にしてある、それに矢筒を直接付与したから何を入れても適用されるんだ。君はこれをできるだけ数あれに当ててくれればそれで決着がつく……当てられる距離までは自分がやるから、言って」
「うん……!」
そう、矢筒への直接付与と矢への直接付与、ついでに弓への付与なんてものもあるのである。火力職というか属性攻撃が必要な場面でアーチャーやホークアイがぶっ壊れといわれる所以であり、やろうと思えばバカみたいなコストがかかるかわりにおぞましい付与が可能なのが弓職なのである。
今回はマイルドだが、ははっ、見上げてくるニッサを見ていると育ててあげたくもなってしまう。そのうち12時間矢の雨とか範囲貫通矢なんかも覚えさせようか。とにかくまあ考えるのはあとにするとして、矢筒を渡しニッサが弓を携えるのを目にしたら、自分はハンドルに手をかけてアクセルを踏み込んだ―――
「―――見えたヨ!後続の人が追いかけられてル!」
「こっちを見ろこっちを見ろこっちをみろー!」
なるほどならば!オフロードバギー究極技そのひとつ、クラクションを鳴らし注意を引く。
ちなみにうるさいだけで特に特殊効果はなく、趣味要素とか言われていただけのものだ、こんなところで役に立つとは……とかく、トロールの足を停めさせること程度はできたので、あとは距離をある程度つめて維持していった。
「フードちゃん、こんなもん!?」
「だいじょ、ぶ!!っ!」
弦を引き、弓を構え、射る。ニッサの弓から放たれた矢は綺麗な放物線を描いて30mほど離れたトロールに命中するのだ。さすがに弓を専門にしているだけあって刺さりどころも急所になるだろう顔付近や次いで脚に刺さっており、見事に激昂したトロールがこちらに向き直り脚を踏み出すのだ。
そのどでかい全長から繰り出される歩幅5m!なんともでかい! ……だが、そんなもの無意味とばかりに我が付与の”効果”はもう発動しているのだ、このオルカ、策略家である。主な戦法は正面突破に純粋強化。
さあて、あとはちょっとずつバックします、バックします。
「オルカ、きいてない……!」
「大丈夫、もうきいてる」
「ウチは何があっても責任はキミにとらせるかラ……およ」
そうとも、付与したのは”硬化の”がひとつめなのだ…!
あっというまに行動不能に陥ったトロールはその場に固まり、動けなくなる。
そういえば昨日行動不能にした人はいまごろもう動けてるだろうかとささやかな心配をしつつ、更に続く効果がトロールの目をひん剥くのを目にして、勝利を確信した。そうとも、オートリペアを持つトロール、それを低火力で打ち破るための攻撃と言ったらこれしかあるまい―――
―――Dotダメージ、そして回復低下である。
「ふたつめの付与は”蛇毒の”……!Dotダメージを与える付与だ」
「どっと?」
「フードちゃんにわかりやすく言うと、継続的にHPを奪い続ける効果を相手に与えたんだ、それがDotダメージ。この”蛇毒の”は短時間の間に急激に奪うことに特化した付与で、持続時間は12秒間、ただし”累積する”……つまり」
トロールもいい加減効いてきたのだろう。
強烈なDotダメージを与え回復効果を低減させる毒はオートリペアに対し強烈に効き、あっというまにHPを奪っていく。このコンボがなおさらひどいのは行動不能状態なためにソロだとアイテムが使えなくなることだ、Mobであるトロールにその心配はないだろうが、どちらにせよ。
ニッサに続く矢を撃たせると、それが刺さるごとにトロールの顔色が悪くなっていく。オートリペアが仇になりじわじわと体力を奪われるのは地獄だろう、おまけに的がただでさえでかい上に動けないものだから完全な的であり、六本も刺さるころにはもはや目を剥いてやがて、切れた行動不能効果がその肉体の死を意味していた。
「……やった?」
「やったヨやったヨ!?すっごいじゃんニッサ!トロールを一人で仕留めたっちゃー金等級も夢じゃあ」
「……オルカのおかげ……ありがと、でもわたし……がんばった」
トロールが崩れ落ち、ゆっくりと倒れるのを前に店主ちゃんがニッサを抱きしめわしゃわしゃと撫でる、この二人はやっぱ仲いいんだな。
この世界に来てはじめての実戦、だというのにどことなく現実離れしている感じがしてようやくだが、ふぃー、と自分が息をはいたのを感じやっぱり緊張はしていたんだなと察する――― はあ、帰ったらやっぱり”シャワーの”がついた蛇口にとびこみたい。
目の前に突っ伏してはあ、とため息をつきながら、ふあー、とあくびもする。
ううっ、体力がたりない……STRとかVITに振るんだった。
なおクラクションが鳴った、みんなびっくりした。
回復低下効果はネットゲームによってはあったりなかったりします