3話-メイリオの短剣~付与術師~
いつもみたいに依頼をこなすために街の外に出て、簡単な調査依頼だったものだから大した疲れもないってことで、貧民街をちょっと歩いてたの。女の子一人で歩くにはここはちょっと危ないけど大丈夫、あたしは”ポーンギルドのメイリオ”、ここの人たちには顔が知れてるし味方だってわかってもらえてるから。
行商人、掘り出し物、ほかに”ワケあり”。こういう陽の当たらない場所だからこそ手に入るものがある、それを巡るのがあたしの趣味でライフワーク、あたしも結構な強さになれた自信はあったものだけどでも、そうしたら武器が自分についてこれなくなっちゃったの。
だからもしかしたら、今日も何か売り物があるんじゃないか――― って思ってたのが当たり……当たり?裕福な服装を土に汚した”ヘン”な人が、道端でポーションや武器を売ってるじゃない?でもこれがやっぱり大当たり!
そこらじゃめったにお目にかかれないエルフ系の装飾のされた業物の短剣が無造作に並べられていたものだから一瞬ひっくりかえりそうになって、でも勇気を出して値段を聞いたの。そしたら銀貨が十二枚!金の間違いじゃないの?それも桁を間違えてるんじゃない?ってまたひっくりかえりそうになって――― だからほんとに、って聞いたの。
そしたら逆に値段を下げられるものだからああ、この行商人、何もまだ知らない駆け出しなんだなって感じちゃって、ついついお節介を焼いちゃった。
だってエルフの装備よ?知り合いにエルフはいるけど、でも閉鎖的なコミュニティを維持してる彼らの技術のこもった武器なんてそうそうお目にかかれるものじゃないもの、武器としてだけでなく装飾品としても欲しがる人は引く手あまただわ。
でもそれからまた大当たり!付与がされてることだけはぼんやり伝わってきてたけどこの短剣、付与をしたのがこの行商人だっていうものだからついつい嬉しくなってギルドの拠点を案内しちゃったの。
どのギルドももちろんお金を稼いだり強力な装備を作る手段として付与術師を囲い込むことはあるけど、付与術師はその絶対数が錬金術師や鍛冶師と比べても少ないから大抵は大手の冒険者組合に持っていかれてあたし達みたいな弱小のところには来てくれないのよ。
だからこのポーンギルドを強くするチャンス!って思ったんだけど――― そしたらこの”オルカ”って付与術師、想像以上の規格外だったことがわかってまたひっくりかえりそうになっちゃった。
3つ、3つよ、一度の付与でみっつの付与をいとも簡単に成功させてみたのよ。
あたしも付与の専門ってわけじゃないけどでも、付与がみっつついてるっていうのがどれだけ上等な装備かわかるわ。付与のされた装備を使えるっていうだけである程度の資金力がいるくらいだもの、消耗する効果をつけるならともかく、ひとつ、ましてやふたつの”永続付与”をつけるのってそれだけで付与術士はマナを消耗するしなにより、装備を壊さないで成功させるにはかなりの熟練がいるって聞くわ。
みっつの永続付与なんていうとかなり熟達した付与術師が気合を入れてようやく取り付けるもので、それこそあたし達みたいな銀、鋼等級のギルド冒険者には手の届かない最低でも金貨にして数百枚なんていうそれこそ余りあるものになるもの、年に数本しか出回らないって話よ。
よっつにもなるとそれこそ白金等級――― かつて”覇王”や”魔王”に挑んで討ち取った伝説の冒険者達がつけているものに限られるって聞くわ。
その中のひとりだけが、五つの付与のされた伝説の”五行の聖剣”を持っていたって噂もあるけど、あたしは又聞きだから詳しいことは知らない。
でもだから3つの付与のされた装備品を簡単に生産できるなんてことは、無限にお金を生み出すかもしれない一方ほかの付与術師の立場を危うくしちゃうかもしれないってことよ……オルカを野放しにすることは、それだけで危ないことだと思うの。
「わかった!?」
「わかる、超わかる」
「わかってるのかわかってないのかもうーっ!!」
仏頂面でわかるわかるって答えるオルカに、あたしは唸る。
この男、自分の価値がどれだけすごいものかわかってるのかしら…!
「とりあえず3つできるのは結構すごいって、超わかった」
「結構、ってあなたね……そういえば、あたしの短剣」
二振りの短剣、いまは片方を例のエルフ装飾の業物に変えてるけど、もとのものからすればあんまりにも不釣り合い。また試し切りはしてないけど、見るだけで切れ味が段違いなのがわかる。おまけにこれにもみっつの付与がしてあるなんて―――
「エルヴンナイフは40のローグ用装備だよ、穴空け用のが余ってた」
「余ってたって……よんじゅう?」
「装備レベル」
実力だなんて言ってくれるじゃない。
基準がどこにあるかわからないけど、これを持つにふさわしい”実力”がいるってわけね。
でもエルヴンナイフ、かあ、やっぱりエルフ仕立ての武器なのかな、じゃなくて。
「それで!あたしの短剣、何が付与されてるの!」
「あ?あぁ……いいよえーっと」
短剣を借りる、と言って手元から受け取るオルカ。
手元から離れるときにちょっと名残惜しかったのは短剣の価値か、それとも美しさだったか。
でもそれからの言葉に、あたしはまた混乱することになった。
「まず”スタミナ軽減の”でスタミナ消費軽減、まあローグは動き回るしスキル発動数が多いから消耗が多いだろうから必須だよな。それから”貫通の”もつけた、ローグやイレイザーは一撃必殺がデフォルトだし防御貫通はやっぱり必須だしそれから……最後に”ステルス”だな、初撃が相手に気づかれなくなる最強の暗殺向け付与だ。まあ”こんなもの”だが、できる限りのことはやったつもりだから許してくれ……」
妥協案なんだ、と頭を下げるオルカに、えっ、えっ、とあたしは頭をぐるぐるさせることしかできない。防御貫通?初撃確定?スキル発動数?わからない言葉やわかりたくない言葉のオンパレードで頭おかしくなりそう、頭お菓子なる。
ひとしきり混乱をおしのけたあと、ようやくあたしは正気に戻る。ちょっとまってね、今心整えてるから……よしOK、オルカ、ちょっといい?
「オルカです」
「その付与能力、よそでうかつに喋っちゃダメよ!」
「……えー…」
「ダメ!」
「しょうがないなあ」
ものわかりのいい仏頂面でよかったわ。
はあ、あたし天に昇ればいいのか地に落ちればいいのか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
川を渡って木立を抜けて、走れば走るだけ視界が過ぎていく。
速い――― 疾い。
これが”ラピッド”の付与の効果。
信じられないほど脚が早くなって、気がついたらニッサを追い越してたものだから反転してぐるっとニッサのもとまで戻る。あまりに俊敏な移動だったせいかニッサもわわっと驚いたようで、弓を携えたまま尻もちをついていた。
私はニッサの手をとって、フード付きのローブをぱぱんと叩いて土を落としてやる。人見知りのニッサはこのフードを脱ぐのを嫌がるものなのは知ってるからそこには触れずに、でも私達、信頼してるもの、軽く頭を撫でてあげた。
ふふ、可愛い子。
「ケイ、はやい、はやすぎ……」
「ごめんなさいねぇ……ちょっと、興奮、しちゃって」
気がつけばニッサは息もぜいぜいで、膝に手をついて息を整えていた。
それに対し私はまるでそんなことはない、まるでそう――― なるほど、これが”回復の”の付与か、体力が自動で回復しているのね。走るだけなら無限に走ることもできそうでなるほど、あの子が相当に強力な付与術師だってことを身をもって実感した。
今の私なら馬より疾い――― 馬並み、あら、お下品で失礼。
とかく今、私はこの身体を持て余していた。
とにかく動きたいってそんな気分になっていたの。
「ニッサ、私ぃ、とにかく動きたい気分だから……もし”ダメ”になったらお願いねっ」
「え、ちょっ、ケイーー!?」
ちょっと進むと森があって、討伐対象の角鹿が生息してる。これは仕事、仕事も兼ねてるんだからと自分に言い聞かせて、はやる気持ちをおさえつつもやっぱりおさえきれない。急加速した脚のまま肌で風を切り、邪魔なものはすべて飛び越えながら森を越えていくの。
―――見えてきた。
いつもの”常人の速度”なら到底追いつけずニッサの弓に頼って追い詰めていくしかない角鹿の脚が、いまなら信じられないほど遅く見えてくる。
いつもは地の利も何もかもが相手にあってうかつに動けなかった相手を乱雑に追い詰めて、いままさに隣に追いすがったのは初めて見る景色。あら、見たことなかったけど結構可愛い顔してるのねとちょっとだけ観察しながら、私はイレイザーの”技能”である『首刈り』を行使する。
瞬間、こうもたやすくできるのかというほど”高速で”刃が首をすり抜けて、首を失った身体がしばらく走ったのち姿勢を失って崩れ落ちた。
―――快感。
高揚感、とも言えるかも知れない。
私は間髪入れずに逃げたもう一匹への追い込みを始める。
驚異的な速度には驚異的なブレーキが必要だ、跳び、木を足場にすると蹴りつけ方向転換し、そのまま木々を蹴り続け加速する。自分でも信じられないような速度と跳躍力によって実現できていることが楽しくて仕方なく、事実空を飛んでいるという未知の高揚感が胸を跳ねさせた。
「ふふ、ザンネン」
草木を飛び越える角鹿のそのさらに先を飛び越え、目の前に着地するとすれちがいざまにまた”首刈り”。同じように相手が崩れ落ちたのを見るたび高揚が増し、最後に残った相手はもはや楽しむように狩りに興じることになった。
……返り血すら振り切る速度がちょっとの汚れすら与えなかった、この戦いですらない戦い。自分がやったのかとすら疑う感覚がまた手に残っていてそして、構えているナイフが耐えきれなかったのだろう、刃こぼれしていることにも気付いた。
「そういえば、力いっぱいだったもの、ね」
首を狩るのに力いっぱい、力まかせですらできてしまう自分の力の上昇に一瞬恐怖すら覚えるものの、それは高揚にぬりつぶされた。
あのオルカという子、すごい。
今胸いっぱいにあるのはその感情だけだろう。そうだ、あの子が私達とともに働いてくれるならもっと私達は、私は強くなれるのだろうか。たかだかネックレスひとつにエンチャントをしただけでこれだけの高みに昇れたのだ、この軽鎧やナイフにもつけた折には――― ぞくぞくする。
ようやく追いついてきたニッサに笑顔でもう終わったわよ、と返しながら、獲物を運ぶのだけ、どうしようかと困ってあははと笑い合う。まだ心臓の高鳴りは止まらなくて、停滞していた自分が高みに昇れたというだけですらこんなになるのかとまた頭が混乱している。
……そうだ、これだけの力があれば、みんなでもっと高みに昇れる。
それにもっといい暮らしもさせてあげられる。
そして―――
―――私も、やりたかったことができる。
レッドストーンで狩場前でエンチャントかけてくれてた人がいたころが懐かしい
えこどこ……ここ……?