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旅するこぐま

旅するこぐま ~アナザーストーリー~

作者: 瀬戸速水

 婷々(ティンティン)はマーライオン公園にやってきました。マレーシアとシンガポールを巡る旅行も今日で終わり。最後の観光スポットです。


 公園はたくさんの観光客で賑わっていました。みんな楽しそうにマーライオンの写真を撮っています。


 婷々も記念写真を撮ろうと、良さげな場所を探して歩いていると、ある老夫婦に声を掛けられました。


「お嬢さん、すまないがシャッターを押してくれるかい?」


「ええ、もちろん!」


 他の旅人とのふれあいも、旅の醍醐味です。婷々はマーライオンをバックに、老夫婦の写真を撮ってあげました。




 デンマークから来たというこの御夫婦、少し変わっていたのは、その後、持っていた仔熊のぬいぐるみを主役にした写真も撮っていたこと。婷々はその理由を尋ねました。


「どうやらこの仔熊は、世界中を旅しているらしくてね」


 見ると、黒いぬいぐるみの背中には、何やら文字が記されたカードが縫いつけてありました。


「なるほど、素敵なお話ですね」


 説明書きを読んだ婷々は感心しました。


「良かったら、次は私に預けてくれませんか? 私は今から香港に帰るところなので、そこで彼の写真を撮りましょう」


 婷々がそう提案すると、老夫婦は快諾しました。


「じゃあ、彼を宜しく頼むよ」


 老夫婦から仔熊のぬいぐるみを受け取り、婷々は香港に帰りました。




「香港らしい場所といえば、やっぱりここね」


 婷々は九龍の夜景と一緒に、仔熊の写真を撮ることにしました。


 香港島のフェリーターミナル、海沿いのベンチにぬいぐるみを座らせ、対岸の煌びやかなビル群を背景に写真を撮ろうとした、その刹那でした。突然吹いた強い風に、仔熊はベンチから転げ落ち、岸壁の向こう側に消えてしまったのです。


「あっ!」


 婷々は慌てて駆け寄りましたが、夜の暗い海に落ちたぬいぐるみはどんどん沖の方に流され、やがてその姿は見えなくなってしまいました。


(ああ)……」


 写真をプリントしたらすぐに送ろうと、既に宛先を記した封筒を用意していたのは不幸中の幸いでした。


 婷々は病院で暮らす少女に、ぬいぐるみを失くしてしまったお詫びの手紙を送りました。


 しばらくして、少女から返信が届きました。


「気にしないで、彼はきっと大丈夫だから!」


 手紙にはそのように書いてありましたが、自分の不注意で少女の大切な友達を失くしてしまったことを、婷々は深く悔やんでいました。




 しかし、それから半年くらい経った頃に、エジンバラの少女から届いた手紙は婷々の心を明るく照らしました。


「ぬいぐるみが見つかりました! 彼はとっても元気です!」


 良かった、本当に良かった……!


 婷々はぬいぐるみの仔熊に起きた奇跡に感謝しました。




 その後も、香港とエジンバラの二人は文通を続け、婷々は病気と闘う少女を懸命に励まし、祈りました。


 諦めなければ、どんな奇跡だって起きる。


 そう、あの小さなぬいぐるみが還ってきたように!


 婷々はそう信じるのです。


 そして時は流れ、ある日。


 婷々は特別な気持ちで、国際空港の到着ゲートで待っていました。


 ヒースローからの飛行機が着陸してしばらく、あの『黒い仔熊のぬいぐるみ』を抱えた女の子が、こちらに向かって歩いてくるのが見えました。





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