D-78:橋町⑦
D-78:橋町⑦
窓ガラスが破砕した。
「な、何?」
「リンナ、下がれ。なにか来るぞ」
破砕と同時にエレーナの笑い声は止まった。むくりと何事もなかったかのようにエレーナは立ち上がった。その表情に生気はない。
「なんなんだよ、一体全体……」
────────────────
狂気を滲まし嗤うエレーナ。その口からは唾液が垂れ流され、その目からは光が失せていた。ニタァと嗤う彼女は、まるで人であることを忘れてしまった様。
エレーナはゆらゆらと揺れながらFたちを数秒眺め、そして──
「っ……!」
Fはなんとか黒いタガーを寸前で受け止める。ぎぎぎという不快な金属音が鈍く響いた。
一度攻撃を受け止められたエレーナは、間髪入れずもう一度、そしてもう一度、さらにもう一度……息継ぎなど許されない激しい攻撃にFはチッと軽く舌打ちをした。
先程とは比べ物にならないほどのスピード。そしてどこから発生しているのかわからない謎の違和感。
Fは一度、剣を大きくはらってエレーナと距離をとる。軽く跳ばされたエレーナは地面に片足で着地すると、そのまま地面を蹴ってFの懐に飛び込んできた。
寸前で避けるF。しかし、エレーナはそのまままっすぐに突っ込んで行く。その先には……
「しまったっ──避けろ、リンナ!!」
黒いタガーがリンナをかすめる。直撃を免れたリンナだったが、着ていたスカートが切り裂かれてしまった。
「え、やっ──きゃっ!!」
慌てて手で腰下を隠すリンナ。その後ろでは再び狂気のエレーナがリンナに刃を向ける。
「バカ、そんなとこで突っ立ってないで下がってろ」
間に入ったFはそう叫ぶと再びエレーナの猛攻を受け止めて行く。
このままではきりがない。
胸を狙って刃を振り回すと、エレーナはありえない方向に体を曲げてそれをかわした。まるでゴムのようにしなやかに、ヒト離れした関節の動き。
その動きがトリガーとなったのか、ますますエレーナの猛攻に拍車がかかる。両腕両足を器用に振り回し、Fの剣を跳ばそうとしてくる。どこか一部が地面についていればいいとでも言うように、その動きに重心の概念はなかった。まるで壊れたマリオネット──
「ん?」
そう、マリオネットだ。今のエレーナからは予備動作が全くなかった。瞬間のコマンドに体を委ね、おどけた躍りを披露する。
キラリ、と何かがFの瞳に光を反射した。
「糸!!」
エレーナの両手両足、頭の上の計五ヶ所。そこからピンと張られた透明な糸が伸びているのだ。
リンナが離れたことを確認してFは糸に向かって剣を舞わせる。プツンという音をたててエレーナの右手に繋がっていた糸が切れた。するとどうしたことか、今までの暴れ狂っていた右腕が、急にだらんと垂れて動かなくなったではないか。ちなみに、他の手足はまだ活動中。──そうか、成る程。
Fは再び糸を切ろうと動くが、ヒト離れした予測不可能な動きがそれを邪魔する。先程から何度もFは新しく傷をつけているのに、それに対してエレーナは全く反応を示さない。どうやら痛みすら感じていないようだ。
Fは一旦攻撃をやめてエレーナの攻撃をかわすことだけに集中する。ひとつひとつの動きは単調で、Fにとってなんの問題もなかったが、呼吸を感じさせないエレーナの動きはまったく、常軌を逸していた。
徐々に窓際に近づいて行く。
窓横の壁にFが背をつけたとき、エレーナの動きはさらに激しさを増した。
「……あいよ、お疲れさん」
フッ、とFは笑うと、一太刀。窓から伸びたエレーナに繋がる糸を全て切り裂いた。
寸是まで迫っていたエレーナはまず黒いタガーを手から落とし、次に体がガクリとその場に倒れた。もうピクリとも動かない。
Fは急いで窓の外を確認したが、広がる景色はただ無人の世界溝。竜一匹としていなかった。
「一体全体、あの糸はどこから……?」
部屋が静かになったことに気がついたリンナが様子を見にやって来た。
「……大丈夫?」
「ああ、終わった。とりあえずこいつを縛っていろいろ聞き出してやろう」
Fは割れた窓ガラスを靴でまとめながら言う。
「っ!」
ふいに気配を感じてFは窓から身を離した。それとほぼ同時に、ニュッと窓の外から透明な糸が伸びてくる。それはそのまま迷いなくエレーナに巻き付くと、軽く彼女の体を持ち上げて窓の外へと引きずり出した。
全ては一瞬だった。
残ったのは無惨に割れた窓ガラスに、酷く荒らされた部屋。
妙に冷たい風ばかり、窓の外から吹き込んでくるのだった。
こんにちは。ななるです。
6月になりましたー!!
もう少し時間に余裕ができるといいな……あ、いえ、ごめんなさい……
さて、次回があればまたお会いしましょう!




