D-72second:代わり迷って
D-72second:代わり迷って
駆けて走って風切って。けれど、目的地に着く前に道に迷ってしまった。見知らぬ裏路地。どこだ、ここ。
「F、何してるの?」
呼ばれて振り向くと、そこには金髪碧眼の少女ベルの姿が。
「……道に迷ったんだ。ここがどこか知ってるか?」
ベルはふむ、と手を顎に当て俺の顔をしげしげと見る。
「な、何だよ」
「うーん、道以外にも何か迷ってるように見えるけど?」
一体全体俺はどんな顔をしてたんだろう。そんなに悩んでます、って顔をしていたんだろうか。……けれど、ベルの言う通り迷ってはいた。
「私でよければ話聞くよ」
ベルがニコッと笑って俺の手を引いた。そのままどこかへ駆け出そうとする。
「おい、一体どこに──」
「こんなところじゃなんだし、広場のベンチで話しましょ。そしたら道に迷ってたのも解決するし、一石二鳥でしょ」
有無を言わさず引っ張られ、広場に到着。確かにここからなら目的地まで迷うこともないだろうが……話すと言っても一体全体どこから言えばいいのか。そもそも、話していいことなのか、それすらもわからない。
ベンチに座ったベルは、静かに俺の言葉を待っているようだった。
彼女の金色の髪が風になびく。
なんだか黙っているのにも疲れてきた。
取り敢えずベルのとなりに座って、取り留めもなく話し出す。
「……もし、もしだ。もし自分が」
自分が、何だろう。話し出しておいて言葉につまる。
「自分が、偽物だったら、何かの代わりに作られた偽物だとわかったら、お前ならどうする?」
ベルは目を見開いて驚いた。それもそうだろう、いきなりこんな話を聞かされてんだから。
「……それって私のこと?」
不安げな目で、ベルが俺に問う。私のこと、とは?俺がキョトンとしていると、ベルは頭を振って、もとの様子に戻った。
「ごめん、何でもない。ちょっと驚いただけ……それで、さっきの話ね」
ベルは空を見ると両腕をぐぅーっと伸ばして伸びをする。
空は青く染み渡り、白い鳥が飛んでいる。いつもと何ら変わらない、フラッタの空だ。
「もし私が、何かの代わりだったとわかって、それでどうするかでしょ?……何もしない。いや、正確には何もできない」
ベルは遠い目をして儚げに。幼い容姿に反して、その表情は酷く大人びて見えた。
「そしてね、何もする必要なんて、きっとないと思うの」
必要がない、か……
「やっぱり何もしない方がいいのかな」
俺には何もできない。何もしちゃいけないんだ。
「うーん、ちょっと違うわ。そうだな……そうだ、私の話を少し聞いてくれない?」
そう言ってベルは足をプラプラさせながらおとぎ話のような話を始めた。
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昔々、とある町には一流の魔法使いの一族がいました。この一族は魔法を使って町を支える、そんな立派な使命を持っています。
その一族に新しく男の子が産まれました。その男の子は一族の中で一際多くの魔力を持って産まれ、彼のお父さんもお母さんも大喜びしました。
けれど、ここで一つ問題が。
なんとその男の子、多くの魔力を持っていながら、魔法を使うことができないという特殊体質だったのです。
その男の子が全く魔法の才に目覚めないまま2年が経ち、また新しい命が芽吹きました。今度は玉のようにかわいい女の子。けれど、その子の兄とは反対に、一族の中で一際魔力量の少ない女の子でした。
彼らの両親は酷く嘆きましたが、一つ救いとなることが。それは、女の子が魔力の扱いにおいては幼いながらにとても優れていたということです。
父親は兄をほったらかしにして、妹ばかりに厳しくしつけました。毎日たくさんの勉強と魔法の特訓。母親は口うるさく妹に勉強を教えていましたが、それ以外のときは兄にも妹にも誰よりも二人を愛し、優しく接していました。
けれど、そんな時間はぱったりと失くなってしまったのです。
それは、兄が10歳、妹が8歳になったときのことでした。
二人の母が死んでしまったのです。
そして、その日から父は丸っきり別人のように振る舞うようになったのです。
父は妹に今まで以上に厳しく教育するようになりました。もう兄妹で遊ぶ時間などありません。そして父は今まで以上に兄をいないもののように扱い始めました。
そんなある日、突然兄が一族から勘当されました。妹には知らされぬまま、兄は家を出ることとなったのです。
妹が全てを知った頃にはもう手遅れでした。
兄は行方不明となり、最初からいなかったという風に扱われているのですから。
妹はそれでも父に従い勉強も、そして魔法も頑張りました。
彼女は、自分が兄の代わりに生まれたことも、兄の代わりに教育されていることも、全て理解していましたが、それでも嫌な顔一つせず、父に従いました。
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ベルは話を続ける。
「妹はそれ以外何もしなかった。何かを変えようとか、そんなことは一切。なぜだかわかる?」
考えてみたけどさっぱりだ。首を横に振って続きを待った。
ベルは笑って言う。
「だって、何もする必要がないんだもん。例え始めは兄の代わりだったとしても、今実際にそこにいるのは妹。彼女でしょ?誰かの代わりだったからといって、その人の全てが否定される訳じゃない。未来をどうするかは、自分で決めれる」
ベルがベンチからぴょんと跳ねて降りた。俺に向き合って手を握った。
エメラルドのような碧眼が、優しく輝く。
「だから、何で悩んでるかわかんないけど、特に何もしなくてもいいんじゃない?したいことがあるなら別だけど。少なくとも今私の目の前にいるのは君、Fだよ。他の誰でもない。FはF。それは変わらないでしょ?」
ニッと笑って、手を離した。
俺は俺。だから今までは知らないけど、これからは自分で決められる。
そうか、そうだよな。
立ち上がって、ゆっくりと伸びをした。日の光を独り占めでもするように。
それから、姿勢を戻すとベルにニッと笑い返した。
「ありがとう、ベル。ちょっと気が楽になった。……俺、道とかいろいろ迷ってたけど、今なら迷わず進めそうだ」
「それは良かった。Fは方向音痴だからね、また迷ったら私に連絡してよ。いつでも案内してあげるから」
方向音痴ではない。けど、ここは素直に礼を言っておこう。
「ああ、頼む。それじゃあ、またな」
手を振って、また走り出す。行き先はフラッタメインストリートのその先。
──リンナのいる、フラッタ家の屋敷へ。