92.臨月を迎えて
ソフィー臨月を迎えた。お豊を連れて産婦人科へと入院することになり、我が家はすっかり男所帯となってしまった。
「旦那様、食事の準備は出来ております。円四郎様たちをお呼びいただけますか?」
「ああ、任せろ」
ソフィーが居なくなっただけで、もうてんやわんやだ。
俺の肉体への食事は、自分でやっている。下の世話に関しても同様に、やってやれないことはないのだと知った。
「拙者らも何か手伝えればよいのだがな」
「そう思うのなら、お前ら一度器を出ろ。アンソニーが保たん、食事の準備を最低限に止めたいのだ」
「それは酷いぜ、親父!」
「どうしてもというのなら、致し方なかろうぞ」
円四郎は同意してくれているが、螭はそうでもない。
「次善の策としては、食事の準備をお前たちと別にするしかない。住居も分けたことだし、勝手にやってくれ」
アンソニーと俺の分だけなら、負担はそんなに大きくはない。
「拙者らに食事の準備は無理があると思うのだが……、第一金がない」
「お金ならオレが用意するぜ」
「おじちゃん、ぼくお手伝いするよ」
「良かったじゃねえか、円四郎。子分たちは協力的だぞ」
爽太も螭も、もう円四郎の子分で良いだろう。
「拙者の料理など、焼くか煮るかくらいだぞ? 螭殿よりは幾分マシかもしれんが」
「オレだってやれば出来るかもしれないだろ?」
螭には無理だろ、こいつは致命的なまでに不器用なのだ。
「おじちゃん、がんばってみよう」
「うむ、爽太がそう言ってくれるのなら試してみるとするか」
円四郎も螭の発言はガン無視して、爽太にのみ答えている。
「話は決まったな。今日いきなりというのは酷すぎるから、明日から頼むぞ」
これで予定通り、生活を完全に切り離せる。
「親父も師匠もオレの言うことを聞いてくれよ~」
螭は円四郎に弟子入りさせてからは、おっさんと呼ばずに師匠と呼ぶようになっていた。円四郎も満更ではない様子なので、良い関係が築けているようで何よりである。
「お前に料理は無理だ。ソフィーが帰ってきたら、また怒られるぞ」
「くっ、お母さまの名を出すのは卑怯だぞ」
螭はソフィーにとことん弱い。怒ったソフィーはかなり怖いので、分からなくはないけど。
「旦那様、よろしいのですか?」
「ああ、元からそのつもりではあったからな。その為に住居も分けたのだ。
本来であれば、もっと早くこうしておきたかったんだよ」
アンソニーの負担が増すのは明白だったからこそ、居候たちとは生活を切り離しておきたかったのだ。
「多少気の毒ではありますが、頑張ってもらいましょうか」
「お前も気に病む必要は無い、こいつらは居候なんだからな」
住むことを許し、器を提供しているだけでも十分だろう。
これからは俺の子供も増え、その上あの子も貰ってくる予定なのだ。その為に準備をしておくのは当然だな。
「すまぬが、米と味噌を分けて貰えぬだろうか?」
「まあ、仕方ねえな。飯食ったら分けてやるよ」
準備期間を設けることが出来なかったのだ、こちらにも瑕疵があると認めざるを得ない。一週間分程度の米と味噌程度なら分けてやろうではないか。
「螭は大黒柱として、円四郎と爽太を養うことになる。頑張れよ」
「オレが大黒柱、それは偉いのか?」
「おぅ、偉いぞ。お前が居ないと食いっぱぐれちまうからな」
完全に他人事なのだが、乗せておいて悪いことは無いだろう。何せ、螭の給料で暮らすことに変わりは無いのだから。
「お主、酷い男よのう」
「今頃気づいたのか? 手遅れだな」
俺は利己的だよ。それでもその中にはソフィーと俺の従者を含めるけどね。それ以外の者が二の次となるのは仕方のないことだろうよ。
「米と味噌、三人で一週間分余ってあるはずだ。あとは自前で何とかしてくれ」
「お心遣い感謝いたす」
「何言ってんだ、師匠。親父の我儘でこうなってんだぞ?」
「螭、そういうこと言うなら向こうに返すぞ。うちにそんな娘は要らん」
「ごめんなさい、返さないでください」
まあ、思いっきり俺の我儘でしかないのだが、呑み下してもらおうではないか。
「お兄ちゃん、ぼくお料理覚えたい」
「爽太は健気だな。アンソニーがやるのを見ていれば、ある程度は覚えられると思うぞ」
爽太は聡明だがまだ子供でしかない、複雑なものは難しいと思われる。その点、アンソニーの料理なら、卵料理ばかりなので覚えやすいだろう。
「爽太が居って本当に助かる。拙者には勿体ない従者であるぞ」
涙を拭うような仕草をする円四郎、ちょっと態とらしい。
「卵も分けて貰えぬかの?」
「爽太が何か覚えたら褒美にやるよ」
卵くらい買って来いと言いたいが我慢した。爽太のやる気を盛り上げてやるのもありだ。
ソフィーの側には、お豊の他に俺の分体も付き添わせている。大した力も込めていない分体なので、何が出来るということも無いただの連絡用だ。
指輪も連絡用ではあるのだが、ソフィーの意思が介在しない場合は音信不通となってしまう。それを防ぐために分体を付き添わせてあるのだ。場合によっては、お豊からの独自の連絡も入ることだろう。
自立型の分体であるので何か問題が起これば、ソフィーやお豊の意思とは別にコンタクトを取ってくるはずなのだが、ね。
そして分体であるが故に、こちらからリモートすることも可能。分体の目や耳を通して、あちらの状況を見ることも出来る。当然、会話も出来る。
『個室なんだな』
『旦那様ですね。そちらは大丈夫なのですか?』
『まあ、問題は無い。アンソニーが奮闘してくれているからな』
そのアンソニーの負担も軽減できる目途が立ったことだしね。
『静かで良い所ですよ、ここは』
『静か過ぎて、物足りないのではないか?』
『それは確かにありますね。早く賑やかなお家に帰りたいです』
多少だが賑やかでなくなった事実は、今のところ伏せておくとしよう。
『旦那かい?』
『ああ、どうした?』
『この体、以前と少し違う気がするさね』
やはり判ってしまうものなのだな。今回のお豊の器は、卵巣を取り除いてある。
ホルモンのバランスに多少影響を与えているのかもしれない。
『詳しくは、ソフィーに訊ねてもらえるかな? 俺から伝えるよりは良いだろう』
デリケートな話になってしまうので、男の俺よりは同性のソフィーにお願いしたい。事前にソフィーには言い含めてあるから大丈夫だろう。
『わかったさ』
『豊の器のことですね? 承りました』
『すまないが、よろしく頼む。それじゃ今日はこれで失礼するよ、何かあれば遠慮なく連絡するように』
『はい』
お豊の体のことは予想していたことなので、異常事態という程のことでもない。
向こうは特に問題は無いということで良いだろう。
俺の方の問題としては、あの子のことをいつは話すか、だな。子供が生まれてからの方が良いのは分かり切っている。臨月のソフィーに妙な負担を掛けるべきではない。
あの子を受け入れる態勢を整えるのは、もう少し後になるだろうか?
読んでくれて、ありがとうございます。




