84.水銀灯
『私が』とか言っていたソフィーだが、その答えは水銀灯だった。何か魔法チックなものを想像していたのだけど、ソフィーの対応は現実的だった。
「ソフィー、それ低圧用じゃないのか?」
「LEDで賄おうかと思ったのですが、これで十分かと思いまして」
「そうじゃなくて、電源がな」
ソフィーは不思議そうに首を捻っている。
「外国は知らないけど、日本の電源には二種類あってな。100Vと200Vとね。
そしてそれは仕様を読む限り200Vだと思うんだ。低圧引っ張ってくるか、変圧器が無いと使えないよ?」
「これは今の電気では使えないのですか?」
「今の電気で使いたいのであれば、変圧器が必要だね」
変圧器で使えなくはないけど、低圧ガンガン使うなら引いた方が早い。地上の家は一般家庭だから、工場みたいに低圧引っ張る訳にはいかないと思うけどさ。
「旦那様なら、何とか出来るのですか?」
「変圧器を用意してくれればやるよ」
電気工事は必要に駆られて、現役時代に色々とやらされたものだから出来なくはない。
「変圧器というのは、お店で訊けば分かりますよね?」
「ホームセンターにでも行って、100Vと200Vの変圧器といえば分かると思うよ」
出来ればホームセンターに置いてあるような一般用より、業務用のヤツの方が安心なんだけど。まあ、水銀灯なら消費電力はそう多くないから構わないけどね。
「よくこんな大きなもの買って来たな」
「豊とアンソニーを連れて行きましたから」
そういえばお豊、そろそろ休ませるべきかな。
「ソフィー。お豊なんだが、アンソニーがそこそこ使えるようになったので、休ませようと思う」
「どうでしょうかね、もう少し様子を見ては如何ですか?」
ソフィーが意見具申するとは珍しい。いや、そうでもないな。
「何かあるのか?」
「豊の初恋? かもしれませんので」
ソフィーは首を傾げながら言葉を述べる。
冗談も休み休み言えよ? 俺が観ていた限りでは、鋼の女に近かったとは思うが。
「冗談だよな? 死者がいまさら何を」
「旦那様、それは酷いですよ」
「酷いかもしれんが、奴らに与えた器には制限を設けていない。子供だって出来る能力はある」
「残念ではありますが、早急に豊は休ませるべきかと」
「判断力は鈍っていないな? 次の器からは制限を設けることにしようか」
従者たちが器で子を作ると、その子がどういう扱いになるのか? 気にはなるがそうさせるべきではないだろう。
その命は、生まれたての従者でしかない可能性すらある。肉体が器でしかなく、精神体しか無い存在ということだ。
お豊には申し訳ないが、今回は眠ってもらうことで対処することにする。
俺の中には偽弁天が居るが、奴らのことも考慮すると色々と考えさせられる。
本当に、神とは何なのだろうか? 自らがとても悍ましい。
「親父! っと、お母さま」
「どうしたのですか、螭」
「えっと、器の創造が上手くいきません」
螭はソフィーを前にすると言葉遣いが丁寧になる。俺の前だけだと粗暴なのに。
「お前、コピーするだけなのに何故出来ない?」
神が入るだけの器だ、精緻に創り込む必要はない。酷いかもしれないが、皮だけでも整っていれば十分なのだ。
「臓器がどのような役目を担っているのかがわかりません」
「そんなもん適当で良いんだよ。陽菜に教わったらどうだ?」
とりあえずはコピーするだけでも十分に機能するはず。
「陽菜はグロいから無理だって」
「グロい?」
「ソフィー、グロテスクという意味だよ。お前は神なんだから、従者みたいに精密な器は必要ないんだ。とりあえずは、俺の与えた器の真似をしてみろ。
臓器の機能に関しては、ソフィーに教えてもらいなさい」
ソフィーに向かって、ニッと笑ってみせた。してやったりだ。
「……わかりました。明日以降に勉強しましょうね」
そう言いながら、俺の脇腹辺りを抓ろうとしている。だが、今の俺は肉体を纏っていない。
「ありがとう、お母さま」
螭はよく分からん。何故ソフィーにだけ丁寧なのだろうか? 母親という者に対してのみ、何やら重要な思い込みがるかもしれない。刷り込みに近い何かだが。
古文書に目を通しても恐らくは判断がつかないだろう。第一に元螭が発生した時期が不明なのだ。
神話となっていようが、書物として残っていようが、その中のすべての神が存在する訳ではない。その全てが神話通り存在するのであれば、どれほど簡単だっただろうか。
まして神話通りに存在しないかと思えば、俺や円四郎のようなイレギュラーまで存在する始末。
これまで一年程ではあるが、一応神として暮らしてはいる。しかし、神とは何なのかという答えには辿り着けていない。認めようとすらしなかった時期と比べれば、格段の進歩があるのかもしれないけれど、それでも答えには程遠い。
「親父、親父!」
「なんだ? 考え事をしていたのに」
「器をもう一度創り直してくれよ」
「……はぁ、仕方ねえな」
螭に連れられ、プールの側へと向かう。同じ裏庭なので、そこまで遠くはない。
「これは確かにグロいな。よくここまでバラしたな?」
「親父がばらして観察しろって言ったんだろ」
「それでもこれじゃ、惨殺死体もいいところだろ。お前一応神なんだから、物理的にバラすだけじゃなく、スキャンすることも出来るだろ?」
「スキャン?」
螭は水を媒介とする歓喜の神、俺は全ての欲望を司る欲望の神。共通点は……。
「機能を読み取る、ということは出来ないのか?」
「うーん」
「まあ、在り方の問題があるから難しいが」
螭は馬鹿なので、分かり易く説明しないと理解すらおぼつかない。
「難しいな! よし、器は以後も俺が創ることにしよう」
「親父、諦めんの早すぎだ」
「だって、無理だろ? ソフィーにある程度、教わってからしようか。とりあえず、それは吸収する」
説明すること自体が無理だ。
バラバラになった器は固定化を外し、吸収した。
「新しい器をやるから、これはバラすなよ? 身に纏って、何がどう作用しているのか探ってみろ」
精査するという概念がこいつにあるのか、非常に疑わしいがやらせてみよう。
「入れば良いんだな」
螭は器へと入り、各部を触っているが理解しているかは不明だ。
「この体、陽菜に似ているよな」
どこからその情報を得たのか、問い質したい。しかし、ソフィーもまた近くに居るので無理だ。
「もう螭ったら酷いんですよ。あんなにバラバラにしなくても良いのに」
人間でしかない陽菜にとっては、不幸以外のなにものでもないだろうな。
トラウマになってもおかしくはない。
「おじ様、聞いていますか?」
「ああ、すまない。俺が螭にそう言ったんだ」
「ほら、親父の言う通りだったろ?」
「思っていた以上に、酷い状態ではあったが。
俺と螭では神としての在り方が異なり、出来ることと出来ないことがある。それを想定していなかった、申し訳ない」
「おじ様が謝られる必要はないです」
「陽菜クネクネするな、気持ち悪いぞ」
「螭、うるさい」
陽菜はソフィーのように、クネクネしていた。見なかったことにしよう。
螭にはスキャンは出来ないと見た方がいいかもしれない。これが出来るのは、俺の特権みたいなものだろう。細胞の意思すら読み取ることが出来るのは、欲望の王ならではっぽい。
器の創造が無理なら、何を教えるべきか迷う。否、迷うも何も選択肢はほぼ無い。
お豊を休ませるに当たり、従者並みに仕事を割り振るくらいしかやらせることが無い。螭と陽菜を足して、お豊一人分の仕事をこなせるか甚だ疑問だが、やらせてみることにしよう。
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