82.螭とプール
城へ戻り一番最初に取り組んだのは、プール創りである。
元螭、闇淤加美神とやらは水神で龍らしい。ならば、水を操るということを念頭に置いた方が転移の訓練に最適となる気がした。
転移とは一言で片づけられない程、個体差がある。これは俺であったり、叡智のおっさんであったり、はたまたサティであったりと、転移の実現方法には様々な手段があるのだと思われる。
それは転移の瞬間に訪れる多様な状況が物語っている。俺であれば暗転、おっさんであれば景色が流れるかのように、サティであれば発光だ。アーリマンだとどのうようになるのか不明だが、恐らくはまた異なる情景が映し出されることなのだろう。
ということで、多量の水を用意できる環境としてプールを選択した。大浴場という手もあったのだが、普段使うものであると従者たちの作業量が増してしまうので、今回は断念した次第である。いずれ家族が増えて必要であれば創ろうとも思ってはいる。
座学の時間が終わると今度は神たちの実践訓練となるのだが、俺の作業が終わっていない為に皆には見学をしてもらっている。
場所は裏庭。流石に前庭に創ると景観を損ねてしまうので、裏庭に設けることにした。
機械を導入して循環式にしようかとも考えたのだが、電気の配線を引っ張るのが面倒なので神パワーでやってしまうことにする。電気の配線は手動でしか出来ないのだ、万一のことを考え毎回俺がテスター片手に一人で電気工事を担っている。
神パワーでやる方法としては、サティの屋敷で創った露天風呂を想像してもらえれば分かり易いかもしれない。要は、使用する度に水を創り出せば良いのだ。使用済みの水は林へと流し、木々の為の用水としてしまう。
水道も一応引っ張ているとはいえ、これだけ大量の水を一般家庭で消費するなど以ての外なので創るほかなかった。地上に建てた家が、水道局に睨まれても困るのでね。
「ソフィー、水着を人数分用意してもらえるだろうか?」
「旦那様、私の水着姿を見たいのですか?」
俺は少し固まってしまう。ソフィーの水着姿、決して見たくないという訳ではないのだがどうだろう? 少し腹の膨れた母性溢れる水着姿、芸術として鑑賞出来るレベルに達するかと思われる。
しかし悲しいかな、うちには少なからず男性の目もある。死人ではあるのだが肉体はまともに創った以上何か事故があってからでは拙い。
若干ながら独占欲が無いとも言い切れず、ソフィーにはなるべくなら肌を晒してほしくはない。
「ソフィーの肌は出来れば晒して欲しくない、かな。でも偶になら、水中歩行とか良いかもしれないね」
「もう、旦那さまったら」
「……とりあえずこのプールは螭の訓練用なんだ。だから螭と陽菜と爽太の分をだな、用意してほしい。他の連中については任せるよ」
「わかりました、それではこれから行ってきます。螭、陽菜、一緒に行きますよ」
「お母さま、どこに行くんだぜ?」
「私もですか?」
「付いてくれば分かります。それでは行ってきます」
顔に疑問符を張り付けた螭と陽菜を連れてソフィーは買い物へと出かけて行った。
転移扉から繋がる地上の家の違和感は半端ないから、大仰に驚くことだろうよ。
プール創りも大体が終わった。あとは水を注ぐだけ、冷たいのは体に悪いのでぬるま湯くらいが丁度良いだろうか。
「爽太、プールが出来たぞ」
「お兄ちゃん、ぼく泳げない」
「何も泳がなくてもいいさ、水遊びだ」
「拙者が泳ぎくらい教えて進ぜよう」
円四郎の泳ぎって平泳ぎだよな、犬掻きじゃないよね?
俺は今この姿だから、泳ぎを教えてやることは難しい。爽太が浮くことさえ覚えれば、日を改めて俺が教えるのも悪くないか。
この主従は一見すると仲が良いように映るが、お互いに気を使い過ぎのように思える。円四郎は爽太に憐憫の感情を抱いているし、爽太は円四郎に嫌われないようにといつもその表情を伺っている。
もう少し砕けた方がお互いに楽になると思うのだけど、そのことを指摘して良いものかどうか俺には判断がつかない。厳密に云えば人間ではないのだけど、人間関係はとても難しい。
どこに水着を買いに行ったのかは知らないが、ソフィーたちが戻って来た。螭と陽菜は水着姿である。
螭はワンピースの何の変哲もない水着、対して陽菜はビキニ姿。螭の体もモデルは陽菜なので見栄えはしない。
陽菜の体形はソフィーと近く、目の色と肌の色が異なる程度の話でしかない。分かり易くいえば、多少肉付きの良いスレンダー体型。手のひらサイズといったところだ。
「旦那様、残念そうな顔をしていますが、どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもないよ。ソフィーも買って来たのか?」
「ええ、旦那様にしか見せませんけどね」
ああ、またソフィーがクネクネしてる。どうしよう。
「爽太、円四郎、あがって休んでくれ。螭、訓練を始めよう」
「何の訓練をするんだ? 親父」
「お前はその名からして水に親和性があると思われる。だから、水を用いて神の力の使い方に慣れるべきだと考えた」
正確には元の螭が水神だとわかっているからなのだが。
「お前らをここへ案内する時に用いた転移、あれには個体差がある。俺の場合は何故か分からんが暗転する、他の奴だと反対に光ったりもする。
お前の場合は恐らくだが、水が絡んでくるはずだ」
「ふ~ん」
「やる気のない返事だな、おい。
とりあえず水に入れ、そこからあの目印まで瞬間的に移動すると念じてみろ」
目印となる光体を用意してやる。俺がサティの屋敷で最初にやった転移実験の焼き直しとなる。
まずは短距離での目視転移、そこから距離を徐々に伸ばしていく方法を執る。
螭がどのくらいの力を有しているのか不明だが、長距離の転移も出来るようにはなるだろう、と思われる。
俺が目視以外の転移を出来るようになるまで、それほど時間は掛からなかったと思う。俺は見様見真似で転移が出来るようになった訳だから、教わることでその分早く出来るようになるはず。
円四郎でさえ短距離の目視転移は早々と覚えたのだし、教え方に問題は無いだろう。
水神ということで安直に水に浸してみたのだけど、一向に移動する気配が無い。
そもそも俺の知己のある神は、概念的な性質のものばかり。水神とか、ある意味物理的な神はどう扱えば良いのかさっぱり分からない。
それを問い始めると、円四郎のような祟り神はどうなんだ? となるのだけどね。
「何も起こらないぞ」
「まあ、そんなにすぐ出来はしないだろうよ。俺だって出来るまで何度も繰り返したんだから」
返事をしながら螭の側に近寄っていく、俺は浮いているのでどこにでも行ける。仮に水に入っても、水すら体をすり抜けてしまう。
「見てみろ、お前の周囲の水はお前を中心として渦を巻いている。やはり何らかの作用はあるのだろうな」
俺の場合に於ける欲望の思念や残滓のようなものかも。
「おお、すげーな、オレ」
だが、吸収しているとい風ではない。残滓の収束とは異なるのか?
「例を見せよう」
「こうして、……こうだ」
短距離転移を螭の目の前で披露する、目印まで行って帰ってくる。
「まずは目を閉じて、俺がやったことをイメージしてみろ」
「気が付いたら、目印の所に居たイメージ」
螭の声が聞こえたかと思った瞬間には既にその姿は無かった。螭は目印の位置へと転移していた、その体を大きな水の球に覆われて。
安直ではあったが、やはりこいつは水だ。ということは、何をするにも水が必要なのではないか?
そう考えれば、確かに理に適ってはいる。だからこいつの世界はあそこにあるのかと、水が無ければ出来ないと語っているようなものだ。
「親父、出来た!」
「ああ、よく出来ました。それじゃ反復練習だ、戻って来い」
そういえば最初にサティが、何をするにもイメージだとか言ってたような気がする。
螭はいつまで経っても戻ってこない。同じことをやるだけなのだが、何をしているのか?
「今度は俺を目印にするんだぞ!」
まさかとは思うが、光体を目印にしたままなんてことはないよな?
「あ! 出来た」
嫌な予感が当たったのかもしれない。この子、結構抜けている。
肉体もないのに思わず、溜息が漏れた。
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