75.円四郎と従者
「アンソニーさは、どこへ行ったさ?」
お豊が世話を焼いていたはずのアンソニーを見失う。俺は意識を集中して器がどこにあるかと探る。
「旦那様、ウサオちゃんが大変です!」
次から次と何だ! ウサオは外でお昼寝をしているはずなのだ。
「あ、アンソニーがウサオを捕獲したのか」
「アンソニー、ウサオちゃんを食べる気ですよ!」
「あ~、大丈夫だ。あの器はうちの主要メンバーを傷付けることが無いように、セーフティを設けてある」
「でも、ウサオちゃんから緊急を知らせる呼び出しが……」
ウサオ、お前、エマージェンシーコールなんて器用な真似が出来たのかよ。
宴会の最中、いつの間に出て行ったのかと不思議なアンソニーが戻って来た。その腕の中にウサオを抱いて。
「窓辺に居たら野兎を見つけたので捕まえましたが、何と云うか可愛らしいので食べるのは辞めます。実地訓練の時など、よく捕まえて食べたものなんですがね」
セーフティは正常に作動している。衝動的に捕まえに出たのだろうが、その欲求を上手く収めたようだ。
欲望という概念に於いて俺は比類なき力を発揮できる。そういう仕様なのだ、欲望の神、欲望の王とは。
「アンソニー、そいつはウサオと謂って俺の相棒だから食うのは許さんぞ」
最初に家族構成をしっかりと教育しなかった俺の失敗なのだが。
「はっ、申し訳ございません」
ソフィーがアンソニーからウサオを取り上げる。
「ウサオちゃん大丈夫ですからね。アンソニーは知らなかったのですから許してあげてくださいね」
地面の上を走り回っているウサオはかなり汚れているのだが、ソフィーは構わず愛しそうに抱き締めていた。
「拙者もよく兎や狸を捕まえて食ったものよ」
「お侍様は黙っておくさ、今旦那様が諭しているさね」
「ぬ、悪かった。ほれ、つまみが無くなってしまうぞ」
お豊に諫められる円四郎だが、うまく誤魔化せてはいない。
「鍋がそろそろ出来上がる頃さね、持ってくるさ」
お豊は他にも料理を仕込んでいたらしい。
「アンソニー、ウサオのことはもういい。お豊を手伝ってやれ」
「はい、旦那様」
獲物として扱うなら耳を持つのだろうが、アンソニーはお尻の下に腕を回ししっかりと抱いていたので怪我も何もない。ならば、注意を促すだけで十分だ。
「その兎もお主の従者という訳じゃの、本に面白いのお主は」
「こいつの存在が今の俺を育んだと言っても過言ではないからな。だからこそ従者にはしない、死後は安らかに眠ってもらうさ」
「人間以外の従者を連れている神など居らんからの、それもまた良いかの思ったのじゃ」
「ウサオちゃんはやる気十分のようですよ」
本人が、本兎が望むなら考えを改めなくもない。でも、今はまだ考えなくて良いだろう。
「拙者も従者が欲しい。孤独は辛いからな」
ぼそっと呟く円四郎。
「アーリマン、どうなんだ?」
「子供でギリギリということろじゃろうかの」
「だ、そうだぞ、円四郎」
神としての力の小さい円四郎でも、子供一人くらいならどうにかなるっぽい。
しかし、子供というのは難しいだろう。以前出会った、爽太の件が良い例だ。
「拙者でも可能ということか。しかして、従者というのはどのように雇うのだ?」
首を傾げたくなる言葉だった。俺の場合は、付いて来たいと願う奴が3人居ただけの話だから。
「難しいのう、儂らに惚れ込む者がそのまま従者となっておるからの」
「俺の所もそんな感じだな」
俺の所は、かなりマッチポンプではあるが……。
「子供の精神はそう長く保てんからの、出会うこと自体が難しいのじゃ」
「あの子はどうでしょうか? 旦那様」
「奥方、良い者をご存じでござるか?」
あの子に器を与えるのはどうなのだろう? そもそも円四郎に器を創れるだけの余裕があるとも思えない。
「ひとり心当たりはあるが……。それに円四郎、器作れないだろ?」
「何も器を創り、放し飼いにするだけが従者ではないの。腹の中で起こして居れば良いのじゃ」
「そういうことも出来るのか」
サティの教育期間では学ぶことの無かった方法だ。確かに聞いていると出来なくもないと思う。
「それにじゃ、ここに遊びに参れば、儂かお主が器を用意出来る訳じゃしの」
「ここ限定でなら、あの子に器を与えてやるのも吝かではないな」
あの子に器のまま地上に帰らせるのは、今も賛成できないのでね。
「ここに来れば拙者と同じように、肉体を得られ食事をすることも叶うと?」
「まあ、そうなるな。お豊が戻ったら案内させるがどうする?」
颯太は家に帰っているのだろうか、それとも和菓子屋の前に居るのだろうか。
「早い方が良いの」
それは新鮮な方が良いと言っているようにしか聞こえないぞ。
「では、案内していただけるか」
「お豊、渾身の料理は食えないが我慢しろよ」
「素早く説得して戻るのだ」
颯太が承諾するのであれば、何か食わしてやりたいところではある。
「お待たせしたさ、風呂吹き大根さ。豆腐も入っているさね。それと旦那お勧めの柚子味噌にしたさ」
「旦那様、こちらもどうぞ。ええと何でしたっけ?」
「ローストビーフさね」
「ローストビーフも再現できるようになったのか。やるな」
「奥様が教えてくれたさね」
そういや、ソフィーに教育したっけな。でも、ソフィーは一度たりとも成功した試しが無かったはず。不器用ここに極まれりなソフィー。
お豊は器用だから、出来て当たり前なんだろうけど。
「なんで私の顔を見るのですか?」
「いや、よく覚えていたな。と」
感覚の鋭いソフィーには妙なことは出来ないね。
「お豊、少し休憩したらで良いんだが、円四郎を颯太の元に案内してやってくれ」
「あの子がどうかしたさ?」
「円四郎が従者契約の交渉したいのだと。まあ、本人が望めばだがな」
「そう、わかったさ」
お豊の表情が少し緩んだのを見逃さない。
「豊殿、すまぬが案内を頼む」
「大船に乗ったつもりでいるさね」
新たな料理を少しだけ堪能した2人は、おずおずとラウンジを去って行った。
冷たいかもしれないが、俺はこの交渉が成功しようが失敗しようがどちらでも構わない。あの子が苦しまないのであれば、それでいいのだ。
宴会は続く、大根と豆腐の取り合いが始まっている。
「あなた、ペース早すぎなんですよ!」
「何を言うか、こんなに旨いのじゃ悪いのじゃ」
ソフィーとアーリマンの争いを横目に、ゲラルドとアンソニーはローストビーフを肴に静かな酒を愉しんでいる。
ウサオはソフィーの側で小松菜を齧り、俺はただ傍観しているだけ。
お豊と円四郎が帰る頃には、恐らく出汁しか残っていないだろう。
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