54.再会
ラウンジに着くと同時にソフィーの動きが止まった。
「アンラ・マンユ…」
有名な悪神の名だな、そういうことか。まぁどうでもいいけどな。
「旦那様、あれは良くないものです!」
「そうでもないさ、大丈夫だから付いてきなさい。それに大事な客なんだよ」
悪という先入観が働いているのだろう。
「すまん、待たせたな。こちらに掛けてくれ、今お茶の準備をさせている」
「初めましてではないな、其方はいつか遭うたことがある顔じゃ」
「二度目ですかね、今はアーリマンでしたか」
なんだ知り合いか?
「こんな所で懐かしい魔女っ娘に会えるとはの驚きじゃ。王よ、此奴がお主の従者かえ?」
「そうだ、そして妻でもある」
「なんと! こんなに驚いたのは何百年ぶりじゃろうの。あの魔女っ娘がのぅ」
「…確かに懐かしくもありますが、笑うのをやめなさい」
仲が良さそうで何よりだな、紹介する必要もなさそうだ。
「良かったじゃないか、古い知り合いに会えて」
「良くありません! 悪神ですよ、旦那様」
「でも俺はこいつの上位互換らしいぞ?」
「な!」
と発音したまま固まった、これはまた長そうだ。
「なんじゃ話しておらんかったのか?」
「あんたの正体を掴めなくてな、比較し辛いだろ対象が存在しないと」
「そういうことじゃ魔女っ娘、儂よりもお主の夫は高位の神じゃぞ」
「なんですって! どういうことですか! 旦那様!」
「だから、そのままだってば」
俺が欲望の王と呼ばれる仕組みをソフィーに話して聞かせた、それでもソフィーは納得がいかないらしい。
話終わるタイミングで、お豊が漸く準備を整えてやってきた。便宜上、全員分の茶を淹れさせる、勿論俺の分も。
「今日は引っ越し祝いということで、酒は無いが楽しくやろう」
「そうじゃの懐かしい魔女っ娘にも会えたしのぅ」
「くっ…」
「あたしは豊という」
「私はゲラルドと申します」
ジジババの紹介も済んだので、スーパーのビニール袋から総菜を取り出し並べる。取り皿はお豊が積み上げている。
「ほら、ソフィーいつまでも拗ねているんじゃない。総菜の話があったのだろう?」
「なんじゃこのアジフライ、分厚くて旨いのぅ」
こいつ、体があるのかズルいぞ!
「アジフライもそうですけど、このマグロのカマの煮付け二百円ってどういうことですか?」
「俺のお勧めのスーパーってことだよ、特に総菜がオススメの」
「なんじゃとこれで2ドルちょいじゃと云うのか!」
「和食というものは久しぶりですが、こんなに安くて美味だというのは驚きですな」
「円というのがわからないけど、安いんだろ? あたしが料理するより買った方が早いよ、旦那」
「ゲラルド、帰りに場所を教えてもらうのじゃ」
「どうせこの調子だと足りなくなるだろ、追加で買いに行って来いよ。早くしないと売り切れるぞ」
俺はどっちにしろ食えないんだ…。
「では私と豊、ゲラルド氏で向かいましょう。行ってきます!」
「待つのじゃ儂の分体も連れて行くのじゃ、お主はどうするのじゃ?」
「俺はいいよ、行ってきな」
騒がしい従者一行プラスαは買い出しに出掛けて行った、客を迎えたはずが2体だけになってしまった。
「しかしお主があの魔女っ娘の云っておった神じゃとはのぅ、奇縁じゃの」
「お前らが知己だというのが俺には驚きだがな」
「お主、魔女っ娘の呪いを解きたいと願っておるじゃろ?」
「あんたに話した覚えはないんだけどな」
「盗み聞きしておったからの、それにしても厄介じゃぞアレは、儂でも仕組みはさっぱり分からん」
「あんた程古い神でも分からないなんて、どんだけだよあの呪い」
「叡智の王と契約したのじゃろ? もうそれしか手は無かろうよ。それとな、サティをあまり責めんでやってくれ」
「どういう意味だ?」
「奴はの、最初の王じゃからの、色々あるのじゃよ」
「責める気はねぇよ、愚かなのは俺の方だったのだからな」
「それなら良いわ」
そういうとアーリマンは目を細める。
「魔女っ娘が酒を手にしたぞ」
「何だと…」
「お主、体は創らんのか? 宴会を見ているだけでは辛いじゃろうに」
「俺の体は現役のがまだあるんだよ、人間のがな」
「ならば、さっさと入ってくれば良かろう」
「駄目なんだ、今の俺と肉体とでは齟齬が大きすぎて、入って直ぐに動き出すことは叶わない」
「なんじゃ、魔女っ娘以上に厄介な話じゃの」
「まぁ入って半日も昏睡した後でなら普通に動けるんだが、今度は神の力が行使し辛くなる」
「普段使い用に体を創るのも悪いことだとは思えんが、拘りがあるのならば仕方あるまいな」
「あれが滅んだら考えも変わるかもな」
それまでは偽物の体を創る気はない。
「ん? なんじゃあれは…」
「どうした?」
「そろそろ戻るようじゃし、お楽しみじゃの」
思わせ振りなことを言うんじゃねぇ。
気配が城の中に戻り、ドタドタと足音が聞こえてきた。
「ただいま帰りました、旦那様」
それぞれが戻った挨拶をする、アーリマンは分体を吸収した。
「刺身を買って来たよ、旦那」
豊の時代はトロを食す文化がなかったから、赤身の刺身を買ってきたようだ。
ソフィーが手にしているのは、キビナゴの刺身だ。おっさんかよ!
「お刺身にはこれです!」
ドーンとソフィーが一升瓶がテーブルに置いた。ぐっ酒か…。
どこから持ってきたのか、お豊がお猪口を配る。
「私はこれを」
ゲラルドの爺は、肉じゃがと筑前煮を並べた。渋すぎるが酒に合わせるなら最高じゃないか。
「アーリマンが言っていたのは何だ? 刺身か」
「そうじゃ、どうやって食べるのじゃ」
「お豊、しょうゆの皿がと山葵はどうした?」
「ちゃんと買ってありますよ、お皿はリタに貰ったものを」
俺以外の人数分ちゃんと配るようだ。
「旦那様もいい加減諦めて、こういった時だけは仮の肉体を創られては如何ですか?」
「妻の我儘を聞いてやるのも夫の役目じゃぞ」
「食い物に釣られて堪るか、俺の覚悟は…揺るがない」
ちょっと揺らいだのは秘密だ。
「もう頑固なんですから、では皆さん、乾杯!」
見ているだけでも楽しいのさ宴会は………。
「ぷはぁ、また酒が呑めるなんて思わなかったよ」
「ほぅ良い酒ですな、この刺身もまた合いますな」
ジジババは豪快に呑んでいる。
「この刺身というのと酒がなんとも合うの」
「はぁ、煮物も美味しいですね。ほっとします」
本当に何人だよ、ソフィー。
いいもん、今度起きた時は浴びるほど呑んでやるんだ!
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