106.解決の糸口
スカルを観察して分かったことだが、彼の生態はまるで微生物のようである。
地中若しくは空中にある塵を捕食し、妙なものを排出していた。その妙なものというのは、ソフィー曰く魔粒子であるそうだ。
我が家の庭では、魔粒子などという奇妙なものを俺は創った覚えはない。それにそんな存在を俺はこれまで認識していなかったのだ。
今後も観察を続けていく必要はあるだろう。
地球の高次生命体への伝手はアーリマンを頼り、ソフィーを連れ現地へと向かった。勿論、俺の本体はお留守番で分体でのお出掛けである。
場所は南米、ギアナ地方。鬱蒼と茂る木々に断崖絶壁を望む、その地に彼の者は存在していた。
その姿は異様、大まかに説明するとなるとプレシオサウルスであろうか? スカルの姿を懸念すれば、まだまともな方かもしれない。なにせスカルは、骨の透けた馬なのだから。
「久しいの、悠久の友」
「相変わらずじゃのう。すまぬが本日は連れが居るのじゃ」
アーリマンとの会話を聞くに、古くからの知り合いではあるらしい。
「お初にお目に掛る。俺はつい最近、こいつらの仲間入りをした者だ。
今日はあんたに質問があって来訪した。早速で悪いのだが、この娘の体内にある魔術的要素を診てもらいたい」
水棲恐竜の姿をしている彼の体は傷だらけであった。だが、それを今問い質すつもりはない。俺の望みは、ソフィーの呪いの解除なのだから。
「それは……。人の身に用いたのか……愚かなことを」
「やはりな、俺が思うに本来は物品の保存に用いるものなのだろう?」
「然り。しかし、それはここではない深き森にて託したはずであるが……」
「まあ、色々あってな。こいつはそれを自分に使っちまったんだわ。
で、本題だ。これ、解けるか?」
ソフィーは専ら蚊帳の外ではなく、自らの用いた魔術が人間用でなかったことにショックを隠せないでいるのだと思われる。
「造作もない。解除することに問題はないが、今この場で解いても良いのか?」
「解けるんだな? なら、時を見て再びあんたの元を訪れよう。その時にお願いしたい」
今はまだ早い、子供たちが存命なのだ。あの子たちがこの世を去るまでは、今のままで居させてやりたい。この高次生命体も体こそ傷だらけだが、そうそう死にはしないだろうしな。
「ああ、それとあんたのお仲間が俺の家に居候しているんだが、連れてきても良いか?」
「仲間とは? 我が友よ」
「お主はこの星に一体しか居らぬからの。他にも居るには居るのじゃ、その姿こそ異なるが似たようなものじゃの」
ここに到着して以来、ずっと観察し続けているが生態はやはり微生物に近い。スカルほどの量の魔粒子が放出されてはいないが、少量のそれは確認できている。
ソフィーのような魔女が燃料とする魔力とやらは、こいつらが創り出しているのだろう。地球の大気の規模からすれば些細なものなのだろうが、不思議物質を生成している事実には変わりはない。
「別にこの星で暮らさせるつもりはない。ただ、彼も知己を得たいのではないかと考えただけだ」
「隠遁しておる身で暇である。もし我と同様なものであるのならば、是非に会いたいところだ」
「なれば、今送ろう」
「……ここは!」
何も告げずに分体の場所に送り込んだわけだから、少々混乱した素振りを見せた。
「スカル、お仲間だ」
「兄者! 突然何をなさるのですか!
これは失礼。お初にお目に掛ります、我が同胞よ。我はスカルと申すもの」
「うむ? これが仲間だと、人の姿を成しているようであるが?」
「スカル」
人の姿を解き、美しき馬の姿へと戻ったスカル。
「姿が異なるとはこういうことであるか」
大柄な生態のみ微生物という摩訶不思議な生命体が二体。
「真に見事じゃの。高次生命体の揃い踏みじゃ」
太古より生き続ける奇妙極まりない生命の極致。そういう意味では、不死であるソフィーもその中に含めても良さそうだ。
「ソフィー、平気か?」
「少し、いえ、多々驚きがあります。この呪いが解けるというお話しでしたが?」
「二人の娘たちが旅立つまで、今しばらくはそのままで居ようか」
「はい」
サラはあと百年も待たずに逝くだろう。風花は……どれくらい生きられるか。
育ち盛りの娘たちの死を想うというのも、中々に皮肉である。
俺は娘を従者にとるつもりはない。満足して死に行けるように、愛情を注ぐだけだ。風花に至っては偽りの世界の命であるため、望むべくもないのだが。
ソフィーと会話に傾倒している間に、高次生命体同士の話も纏まったようである。
「ではな、我が同胞よ」
「我も時をみては兄者に同行してもらうとしよう。達者でな」
「なんだ? もう良いのか?」
「長居をすれば世界のバランスが崩れかねんからの。此奴らは特殊な存在じゃからの」
「そういうものなのか……。では世話になった。否、今後世話になる予定だ。
折を見てまた顔を拝みに来る、またな。
帰るぞ、お前たち。アーリマンはどうする?」
「儂はそうじゃの。飯でも食わせてもらうかの」
地球の高次生命体、その巨体を見つめつつ、俺の分体に残る力を用い我が家へと跳躍した。
やっとだ。長かったような気もするが、短かったような気もする。
俺はその間に人であることを完全に諦めてしまった。だが、俺が本当の意味で失われる前に、ソフィーに死を与えられることが可能となった。
もし、娘たちが存命の間に俺が消えてしまっても、アーリマンが俺の願いを果たしてくれることだろう。
読んでくれて、ありがとう。