101.鈴木さんリターンズ
「まったく、ついこの間遊びに来たばかりじゃないか」
あれからしばらくの間、頻繁に城を訪れては勝手気ままに過ごしていた鈴木さん。
「ごめんなさいね、私もこんなに早くコロッと逝くなんて思わなかったわ。
だけど、行く先が判っているから安心してもいられたのよ」
ここは東京の大きな大学病院の個室。
その周囲には鈴木さんの死を追悼する者達が集っている。家族や親戚なのだろう、俺が知っている顔もちらほら見受けられた。
病院関係者と鈴木さんの旦那さんの話を聞くと、奥さんは苦しむこともなく、それこそ微笑みながら死んだらしい。
「で、どうするの?」
訊くまでもないが、訊いておく必要がある。
「連れて行ってもらえるのでしょう?」
「そう望むのであれば、叶えてやるのが欲望の神の仕事だろう」
ソフィーに続く二度目のマッチポンプのような気がしないでもない。
「それでだ。うちには三体の神が居るけど、どの神の従者になりたい? 螭は諸事情が立て込んでいて、従者をとることは難しい。
俺としては鈴木さんに遠慮みたいなものがあるし、円四郎を勧めたいんだがな」
「それが良いわね、私も円四郎さんが気に入っているもの」
「旦那がそこに居るってのに、それはそれで酷くないか?」
「私はもう死んだの。好い加減あの人から解放されたいわ」
話には聞いている、噂話程度にだけど。良い所のお嬢さんである奥さんは、旦那さんの再三に渡る女癖と酒癖の悪さに相当苦労されたとか……。
「鈴木さんの年齢を考えると時間は在りそうだが、どうする? もう少し留まるか?」
「泣かせている張本人が私だけど、泣き顔などずっと見ていたくないわね」
「なら行くよ。俺も長い間地上に居ると何が起こるか、想像もつかないからな」
俺は本体で迎えに来ていた。息を吹き返して欲しいという願いの中に留まると、本当に鈴木さんが生き返ってしまいそうなのだ。
例え息を吹き返しても、体が限界なのだすぐに死を迎えることになる。生死を無為に繰り返させる必要もないからな。
「本当に良いんだな?」
「あなたに体を貰ったら、また会うことも出来るのでしょう?」
「その時は別人の姿に変える必要があるけどな」
「それでも良いわ。幽霊扱いされるのも困るもの」
「今はその幽霊なんだけどな……。それじゃ跳ぶわ」
「跳ぶ?」
鈴木さんの疑問に答えることなく、俺は城へと跳んだ。長居する訳にはいかないのだ。
中に入らず、門の外に出た。
「ここだよ、生きている内には見せてはあげられなかった景色だ」
「この大きなのが木星なのね。小さな星も綺麗」
木星は周囲のガスでぼやけてしか見えないが、星々については遮る大気も無い為によく見通せる。生身では決して見ることの出来ない世界。
鈴木さんは宇宙を泳ぐかのように舞いながら、その景色を堪能していた。
『円四郎、鈴木さんはお前の従者を選んだぞ。料理上手な従者が出来て良かったな』
『拙者に押し付けるつもりか?』
『仕方がないだろう、本人の望みだ。それに俺には荷が重い、近所の婆ちゃんだったんだぞ。貸しにしておいてやるから、頼むよ』
『拙者としても悪い条件ではないからな、引き受けよう』
よし、円四郎の許可も取れた。断られたらどうしようかと思ったわ。
「鈴木さん。円四郎も従者にしてくれると確約してくれたから、行くよ」
「それは良かったわ」
エントランスの直前に跳んだ。ここからは歩いていく、歩いて行くようなもんだ。
「親父!」
「何してんだ、仕事は?」
「今日は休みだよ」
ああ、そう。
「円四郎は中か……」
「師匠、呼んで来ようか?」
「いや、いい。中の方が都合が良い」
玄関から小屋の中へと入る。
「鈴木さん、いつ頃まで若返りたい?」
「そうね、十七、八かしら」
「わかった。円四郎、頼む」
「うむ」
鈴木さんの幽霊を一旦円四郎に取り込んでもらう。これで鈴木さんは円四郎の従者となった。
器創りに入る。病院で既に鈴木さんの記憶には触れてある。
お豊の器、生殖機能を除外した器を基に鈴木さんの若い頃の皮を被せる。体形はお豊よりも若干細め、そして背も低い。
その記憶から、本当にお嬢さんなのだと感心してしまう。
出来上がった器は、正に可憐なお嬢様だ。
こんなんじゃ家事とかさせられねえよ。円四郎に押し付けて、本当に良かった。
「機能は問題ないはずだ。お豊用にロールアウトしたやつだからな」
「移せば良いのだな?」
「そうしてくれ」
先程までは姿の見えなかった爽太までが傍に居た。螭は相変わらず外で何かしているようだ。
「……ん、うん」
やばいな、このお嬢さんはやばい。可愛いすぎる! だが、中身はあの婆ちゃんだから、そう思えば抑えは利く。
「鈴木さん、どうだろうか? 若返った感想は」
「死ぬ前の体とは全く違うのね。あの頃に戻ったみたい」
恐らくはその頃よりも元気だよ、内臓も筋肉も細胞そのものが新品だからね。
「それと鈴木という姓は前の旦那のものだから、私は前の姓を名乗るのもなんだし、薫と呼んでもらいたいわ」
前の旦那って……、ああもう考えないことにする。それと鈴木さんの下の名前初めて知ったよ。
これはもう完全に名は体を表すってヤツの典型でしかないな。
「では、薫、さん。体の調子はどうだろうか、その機能に問題が無いか色々確かめてほしい」
「私だけ『さん』付けは嫌よ。呼び捨てにしてほしいわ」
なんだこのお嬢さん、婆ちゃんの時と性格が変わってしまってるぞ。
歳食って柔らかくなったものが、若返ったことで元に戻り尖がってしまったのか?
「普通の人間と同じように暮らせるの?」
一通り確認を終えた後、薫はそう訊ねてきた。
「爽太、螭と鍛錬でもしてきなさい」
「うん、お兄ちゃん」
爽太を外に出したのは、これから話す内容が爽太にはまだ早いからだ。
爽太が螭の居る位置まで移動したのを確認して、説明を始める。
「一部を除いては、普通の人間と機能は変わらないように創ってある」
「一部というのは?」
「生殖機能を意図的に取り除いている。死者が子を成す訳にはいかないからな」
「そう、ね」
「だが、その行為自体は可能だよ? 逆に言えば、やりたい放題だ」
「こんな年端も行かない女の子に何言ってるのよ!」
いや、中身、婆ちゃんじゃん。しかも子供二人も生んだんだろ!
「円四郎、あとは任せる。俺は疲れた、精神的に」
「お主、あれを拙者に押し付けたのか?」
「俺も知らなかったんだよ、本当だぞ」
鈴木さん、薫の性格はキツイ。ソフィーよりも更にキツイ、方向性が多少異なるが。その容姿と相俟ってお嬢様、お嬢様している。
「何を揉めているの?」
あんたのことだよ!
「考え方を変えれば、家事全般は任せられる逸材だ。この屋敷じゃねえや、小屋には打って付けだろ?」
「お主、螭殿の屋敷を小屋と呼んだな?」
誰が見ても小屋だよ!
「まあ、それは良い。確かに爽太では幾分役不足な面もある。この際、性格は我慢するか、時期に慣れるであろうしな」
「そういうことにするしないだろ。薫、今日から円四郎の従者として存分に働いてくれ」
「お任せください、円四郎様」
おい! 誰だ、これ?
「ぱーぱ!」
ラウンジに着いて早々風花が突進してきた。だから、すり抜けると何度も教えているだろう。転んでも泣かないところは褒めてやるよ。
「良い子だから、いい加減覚えようね」
浮かせてあやしながら、諭す。
「疲れてますね」
「ああ、疲れた。鈴木さんじゃねえや、薫か、あの性格は辛いわ。
円四郎も苦労するだろうよ、ソフィーも一度見ておくと良いかもな」
「それなら少し散歩してきます。風花、バナナ行く?」
「くー」
風花のバナナ好きの原因はソフィーだったのか。風花はソフィーに足元に抱き着くと、そのまま抱えあげられた。
「旦那、お帰りさね」
「サラの世話大変だろ、代ろう」
お豊からサラを受け取るように、宙に浮かせる。
「サラは大人しい子だから、平気さね」
ほとんど寝て過ごしているからな、俺の肉体と似たようなもんだ。
「それで鈴木の婆さんはどうしたさ?」
「円四郎に押し付けて来た。家事が任せられるから、お前の代わりみたいなもんだよ」
「そうじゃなくてさ、死に際はどうだったんだい?」
「医者の話じゃポックリ逝ったらしい。幸せな死だな」
「そうさね」
病に苦しむでもなく、ただの老衰で死に至ったのだ。笑って死んだとは、また幸せな死に方だと思うわ。
ソフィーが予想よりも大分早く戻って来た。
「どうだった?」
「ええと、あの、あそこまで性格って変わるものでしょうか?」
ソフィーも随分と疲れている様子だ。
「本当に円四郎に任せられて良かったよな?」
「ええ、本当に」
「なんだい? そんなにかい?」
お豊はアレを見ていないし、話もしていないからそう思えるんだよ。
「お豊は用が無いなら会わない方が良い。お前の性格だと喧嘩になるから」
「そうですね、豊はここで仕事に努めていなさい」
「そうするさ」
円四郎一門が飯食いに来た時に、初顔合わせというのも厳しいものになるな。
悩みは尽きないものだね。
「あれ、風花は?」
「アンソニーが看てくれてますよ。バナナから離れませんから」
ご飯、入らなくなるぞ。
読んでくれて、ありがとう。