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あの人に死を  作者: 月見うどん
第3章 おっさん覚醒する
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101.鈴木さんリターンズ

「まったく、ついこの間遊びに来たばかりじゃないか」

 あれからしばらくの間、頻繁に城を訪れては勝手気ままに過ごしていた鈴木さん。

「ごめんなさいね、私もこんなに早くコロッと逝くなんて思わなかったわ。

 だけど、行く先が判っているから安心してもいられたのよ」

 ここは東京の大きな大学病院の個室。

 その周囲には鈴木さんの死を追悼する者達が集っている。家族や親戚なのだろう、俺が知っている顔もちらほら見受けられた。

 病院関係者と鈴木さんの旦那さんの話を聞くと、奥さんは苦しむこともなく、それこそ微笑みながら死んだらしい。


「で、どうするの?」

 訊くまでもないが、訊いておく必要がある。

「連れて行ってもらえるのでしょう?」

「そう望むのであれば、叶えてやるのが欲望の神の仕事だろう」

 ソフィーに続く二度目のマッチポンプのような気がしないでもない。


「それでだ。うちには三体の神が居るけど、どの神の従者になりたい? 螭は諸事情が立て込んでいて、従者をとることは難しい。

 俺としては鈴木さんに遠慮みたいなものがあるし、円四郎を勧めたいんだがな」

「それが良いわね、私も円四郎さんが気に入っているもの」

「旦那がそこに居るってのに、それはそれで酷くないか?」

「私はもう死んだの。好い加減あの人から解放されたいわ」

 話には聞いている、噂話程度にだけど。良い所のお嬢さんである奥さんは、旦那さんの再三に渡る女癖と酒癖の悪さに相当苦労されたとか……。

「鈴木さんの年齢を考えると時間は在りそうだが、どうする? もう少し留まるか?」

「泣かせている張本人が私だけど、泣き顔などずっと見ていたくないわね」

「なら行くよ。俺も長い間地上に居ると何が起こるか、想像もつかないからな」

 俺は本体で迎えに来ていた。息を吹き返して欲しいという願いの中に留まると、本当に鈴木さんが生き返ってしまいそうなのだ。

 例え息を吹き返しても、体が限界なのだすぐに死を迎えることになる。生死を無為に繰り返させる必要もないからな。


「本当に良いんだな?」

「あなたに体を貰ったら、また会うことも出来るのでしょう?」

「その時は別人の姿に変える必要があるけどな」

「それでも良いわ。幽霊扱いされるのも困るもの」

「今はその幽霊なんだけどな……。それじゃ跳ぶわ」

「跳ぶ?」

 鈴木さんの疑問に答えることなく、俺は城へと跳んだ。長居する訳にはいかないのだ。


 中に入らず、門の外に出た。

「ここだよ、生きている内には見せてはあげられなかった景色だ」

「この大きなのが木星なのね。小さな星も綺麗」

 木星は周囲のガスでぼやけてしか見えないが、星々については遮る大気も無い為によく見通せる。生身では決して見ることの出来ない世界。

 鈴木さんは宇宙を泳ぐかのように舞いながら、その景色を堪能していた。


『円四郎、鈴木さんはお前の従者を選んだぞ。料理上手な従者が出来て良かったな』

『拙者に押し付けるつもりか?』

『仕方がないだろう、本人の望みだ。それに俺には荷が重い、近所の婆ちゃんだったんだぞ。貸しにしておいてやるから、頼むよ』

『拙者としても悪い条件ではないからな、引き受けよう』

 よし、円四郎の許可も取れた。断られたらどうしようかと思ったわ。


「鈴木さん。円四郎も従者にしてくれると確約してくれたから、行くよ」

「それは良かったわ」

 エントランスの直前に跳んだ。ここからは歩いていく、歩いて行くようなもんだ。

「親父!」

「何してんだ、仕事は?」

「今日は休みだよ」

 ああ、そう。

「円四郎は中か……」

「師匠、呼んで来ようか?」

「いや、いい。中の方が都合が良い」

 玄関から小屋の中へと入る。


「鈴木さん、いつ頃まで若返りたい?」

「そうね、十七、八かしら」

「わかった。円四郎、頼む」

「うむ」

 鈴木さんの幽霊を一旦円四郎に取り込んでもらう。これで鈴木さんは円四郎の従者となった。

 器創りに入る。病院で既に鈴木さんの記憶には触れてある。

 お豊の器、生殖機能を除外した器を基に鈴木さんの若い頃の皮を被せる。体形はお豊よりも若干細め、そして背も低い。

 その記憶から、本当にお嬢さんなのだと感心してしまう。

 出来上がった器は、正に可憐なお嬢様だ。

 こんなんじゃ家事とかさせられねえよ。円四郎に押し付けて、本当に良かった。


「機能は問題ないはずだ。お豊用にロールアウトしたやつだからな」

「移せば良いのだな?」

「そうしてくれ」

 先程までは姿の見えなかった爽太までが傍に居た。螭は相変わらず外で何かしているようだ。

「……ん、うん」

 やばいな、このお嬢さんはやばい。可愛いすぎる! だが、中身はあの婆ちゃんだから、そう思えば抑えは利く。

「鈴木さん、どうだろうか? 若返った感想は」

「死ぬ前の体とは全く違うのね。あの頃に戻ったみたい」

 恐らくはその頃よりも元気だよ、内臓も筋肉も細胞そのものが新品だからね。

「それと鈴木という姓は前の旦那のものだから、私は前の姓を名乗るのもなんだし、かおると呼んでもらいたいわ」

 前の旦那って……、ああもう考えないことにする。それと鈴木さんの下の名前初めて知ったよ。

 これはもう完全に名は体を表すってヤツの典型でしかないな。


「では、薫、さん。体の調子はどうだろうか、その機能に問題が無いか色々確かめてほしい」

「私だけ『さん』付けは嫌よ。呼び捨てにしてほしいわ」

 なんだこのお嬢さん、婆ちゃんの時と性格が変わってしまってるぞ。

 歳食って柔らかくなったものが、若返ったことで元に戻り尖がってしまったのか?


「普通の人間と同じように暮らせるの?」

 一通り確認を終えた後、薫はそう訊ねてきた。

「爽太、螭と鍛錬でもしてきなさい」

「うん、お兄ちゃん」

 爽太を外に出したのは、これから話す内容が爽太にはまだ早いからだ。

 爽太が螭の居る位置まで移動したのを確認して、説明を始める。

「一部を除いては、普通の人間と機能は変わらないように創ってある」

「一部というのは?」

「生殖機能を意図的に取り除いている。死者が子を成す訳にはいかないからな」

「そう、ね」

「だが、その行為自体は可能だよ? 逆に言えば、やりたい放題だ」

「こんな年端も行かない女の子に何言ってるのよ!」

 いや、中身、婆ちゃんじゃん。しかも子供二人も生んだんだろ!


「円四郎、あとは任せる。俺は疲れた、精神的に」

「お主、あれを拙者に押し付けたのか?」

「俺も知らなかったんだよ、本当だぞ」

 鈴木さん、薫の性格はキツイ。ソフィーよりも更にキツイ、方向性が多少異なるが。その容姿と相俟ってお嬢様、お嬢様している。

「何を揉めているの?」

 あんたのことだよ!

「考え方を変えれば、家事全般は任せられる逸材だ。この屋敷じゃねえや、小屋には打って付けだろ?」

「お主、螭殿の屋敷を小屋と呼んだな?」

 誰が見ても小屋だよ!

「まあ、それは良い。確かに爽太では幾分役不足な面もある。この際、性格は我慢するか、時期に慣れるであろうしな」

「そういうことにするしないだろ。薫、今日から円四郎の従者として存分に働いてくれ」

「お任せください、円四郎様」

 おい! 誰だ、これ?


「ぱーぱ!」

 ラウンジに着いて早々風花が突進してきた。だから、すり抜けると何度も教えているだろう。転んでも泣かないところは褒めてやるよ。

「良い子だから、いい加減覚えようね」

 浮かせてあやしながら、諭す。

「疲れてますね」

「ああ、疲れた。鈴木さんじゃねえや、薫か、あの性格は辛いわ。

 円四郎も苦労するだろうよ、ソフィーも一度見ておくと良いかもな」

「それなら少し散歩してきます。風花、バナナ行く?」

「くー」

 風花のバナナ好きの原因はソフィーだったのか。風花はソフィーに足元に抱き着くと、そのまま抱えあげられた。


「旦那、お帰りさね」

「サラの世話大変だろ、代ろう」

 お豊からサラを受け取るように、宙に浮かせる。

「サラは大人しい子だから、平気さね」

 ほとんど寝て過ごしているからな、俺の肉体と似たようなもんだ。

「それで鈴木の婆さんはどうしたさ?」

「円四郎に押し付けて来た。家事が任せられるから、お前の代わりみたいなもんだよ」

「そうじゃなくてさ、死に際はどうだったんだい?」

「医者の話じゃポックリ逝ったらしい。幸せな死だな」

「そうさね」

 病に苦しむでもなく、ただの老衰で死に至ったのだ。笑って死んだとは、また幸せな死に方だと思うわ。


 ソフィーが予想よりも大分早く戻って来た。

「どうだった?」

「ええと、あの、あそこまで性格って変わるものでしょうか?」

 ソフィーも随分と疲れている様子だ。

「本当に円四郎に任せられて良かったよな?」

「ええ、本当に」

「なんだい? そんなにかい?」

 お豊はアレを見ていないし、話もしていないからそう思えるんだよ。

「お豊は用が無いなら会わない方が良い。お前の性格だと喧嘩になるから」

「そうですね、豊はここで仕事に努めていなさい」

「そうするさ」

 円四郎一門が飯食いに来た時に、初顔合わせというのも厳しいものになるな。

 悩みは尽きないものだね。

「あれ、風花は?」

「アンソニーが看てくれてますよ。バナナから離れませんから」

 ご飯、入らなくなるぞ。

読んでくれて、ありがとう。

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