響け、ランタンの歌
そんなこんなで僕らは中央道を教会へ向かった。
「この並木道はさ、映画『第三の男』に使われたんだってさ」
洋ちゃんは自慢げだが、どうせ地球の歩み方だろ? それにそんな映画、僕は観たことないし。あとで調べてみたけど、その映画っていうのはかなり古い映画らしく、お父さんやお母さんが青春時代を送っていた頃に有名になったものだ。ウィーンの遊園地・プラターの観覧車やらなにやら、ウィーンにゆかりのあるものがたくさん出てるんだとか。
オーストリアの映画と言えばサウンド・オブ・ミュージックも有名らしいけど、僕はそれすらも観ていない……それにしても洋ちゃんの青色ランタンが作り出す魚の影付きの光はその場の雰囲気を一層気味の悪いものにしていた。
「Ich gehe mit meiner Laterne und meine Laterne geht mit mir. Da oben leuchten Sterne und da unten leuchten wir...」
洋ちゃんが歌いだした。ありゃりゃ……ドイツ語は未だにさっぱり意味不明。でもそれは知美ちゃんも同じはず。ドイツ語は難しい。
「面白い曲ね」
え? 知美ちゃん分かるの? いつ習ったんだ? ウィーンの学校とは言っても授業は週に数回のドイツ語の授業以外は全部日本語だし、僕らと遊んでるときも日本語じゃないか……しょうがない、ここは正直に聞くか。
「ん? どんな歌詞なの?」
「え~っとね、直訳しかできないけど、私は私のランタンと一緒に行く、同じように私のランタンは私と一緒に行く、上では星が光っていて、下では私たちが光ってる……って感じかな」
「へぇ~、すごいな」
洋ちゃんが僕の気持ちを代弁してくれた。
「お母さんがね、せっかくウィーンに住んでるんだからドイツ語を習おうって、家庭教師ではないんだけどオーストリア人のお手伝いさんを雇ったの。それで夕飯が終わると家族みんなでドイツ語の授業を受けてるのよ」
なるほど、ブルジョアが成せる業だな。
「まだまだ分からないことだらけだけど、今のは基本単語ばかりだったじゃない?」
ランタンが基本単語なのか? オーストリアに来てこのかた一度も聞いたことがないのだが……まぁいい、この中でドイツ語ができないのは僕だけだと分かっただけで十分だし、このヘンテコりんな歌のお陰で恐怖心も少しどっかに行った気もするしな。10月に歌うのが楽しみだ……それまでにドイツ語をなんとかしなきゃ、だけど。
「おっ、見えてきたぜ! 教会!」
洋ちゃんが左手のランタンを掲げる。
「あれはユーゲントシュティル様式かしらね、カールス教会に似てるわ! あれ、でもあれはバロック様式か、フィッシャー・フォン・エルラッハの」
この少女の頭はどうなっているのだろう。地球の歩み方が組み込まれてるのか? ユーゲントシュティルってなに? カールス教会ってなに? バロック? フィッシュの鰓??? 知りたい人はぜひともグーグル先生に聞いてほしい。おそらく僕が説明するよりも簡潔で分かりやすいだろうから。
ちなみに、洋ちゃんも今回ばかりは何もコメントをしなかった。
「こんな時間に……開いてるといいね!」
そうそう、そういう発言にならコメント残せるよ。
「まぁ、十中八九閉まってるだろうね」
「試さなきゃ分からないだろ」
そう言って洋ちゃんは知美ちゃんの手をはなすと、ドアノブに手をかけた。いくらがちゃがちゃしても開かない。
言った通りじゃないか。それにしても、ここまでやってるのにここの警報装置は作動しないのか? 監視してる人もいないのか? これじゃあここに埋まってるウィーン人たちもおちおち寝てられないなぁ……
「こういう教会には裏口があるはずだ!」
そういうと洋ちゃんは再び知美ちゃんの手を取り、教会の右側へと僕らを導いた。またまた主旨が変わってる気がするんだが……ドラキュラはどうなった? ベートーベンの墓はもういいのか? 知美ちゃんもなにか言おうよ……
「ほらな、あった!」
教会の右側にあった扉は同じく開かず、僕らは裏手に周っていた。正面口やサイドにあったドアに比べればいかにも裏口らしいちっぽけな扉だ。
「このドアならもし鍵がかかってたとしても蹴り破れそうだな」
おいおい、と思いながら僕は洋ちゃんの不幸の原因をなんとなく理解できた気がした。こいつは色んなところで神や仏の怒りを買っているんだ。要するに自業自得と言って良いだろう。
「おっ、開いてるぜ」
安心するべきか、不安になるべきか……こうして僕らは楽々と教会に侵入したのだった。管理人さ~ん、眠ってるんですかぁ?




