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いざ、中央墓地

 夜9時になった、夕暮れ時に汗をかきかき、やっとのことで僕は墓場の入り口ナンバー2に到着した。ウィーンにはシティサイクルなるものがあり、一時間以内だったら無料で自転車を借りられるのだ。僕はそれを使って来た。ほかの2人もそうするだろうと思ってたんだ。


 否! 2人はどうやってきたと思う? なんと、親に車で送ってもらって来やがった。


 おいおい、どういう理由を言えば夜の9時から墓場で遊ぶっていう子どもを待ち合わせ場所まで送ってくれるんだ? 僕は親に秘密で来たって言うのに……あぁ、これがバレたら一週間はゲームやらせてもらえないんだろうな。


「洋ちゃん! あんまり遅くならないうちに電話しなさいよ!」


 車の中から洋ちゃんの母親らしき人物が手を振る。なんというおぼっちゃま……まぁ、人のことは言えないけど。


「あ、洋ちゃん!」


 閉まりかけた窓が再び開く。


「これこれ、忘れてるわよ」


 洋ちゃんは慌てて車まで戻り、それを受け取った。


「そうそう、忘れるところだったぜ。ありがと!」


 洋ちゃんは手に持っている物を僕らに見せた。


 ランタンだった。彼の説明では毎年10月に聖マルティンの日というのがあるらしく、生徒たちは各々ランタンをデコレーションし、暗くなったらそれを持ってマーチングするんだと。洋ちゃんの青いランタンには、折り紙でできた金魚らしき魚が所せましと泳いでいた。ランタンと言っても、中は蝋燭じゃない。ただの豆電球だ。人工的なライトが青いランタンに透けて奇妙だった。



こうして子どもたち3人は中央墓地の巨大なゲートの前に揃ったわけだが、改めて見ると、でかい。僕らの数倍はある高さの門は何人たりとも通さん、とその固い鉄の口を閉じている。


「ちきしょ~、もう閉まってるのかよ!」


 当たり前っちゃあ、当たり前だろう。誰が好き好んで日の沈んだ後に墓参りをするだろうか。ただでさえウィークデイすら7時半で全ての店が戸締りするウィーンだ。夜中の9時に墓場がオープンなわけない。


「登って入るしか手はないか!」


 いや、帰るっていう手があるだろ。誰の手だよ、そりゃ。


「やっぱり! ジーンズに履き替えてきて正解」


 僕が口を開くよりも先に、知美ちゃんも柵を登り始めたので、黙ってついて行かざるを得なかった。それにしてもどんだけ不用心なんだ、どこかに監視カメラはあるにしても、普通こんなことしたら警報くらい鳴るだろう。墓荒らしっていうのはエジプトだけの習慣でもないわけだから。いや待てよ、それもまんざらでもないのか、ここには皇帝やその家族は眠っていないわけだから盗むものもない……


 そんなことを考えてるうちに、僕らは柵の裏側に着地していた。僕はさておき、洋ちゃんも知美ちゃんも体育は得意らしい。つい今日やった野球の試合でも、2人は4番打者を任されていた。僕は打席順が分からないほど後ろに回されてたっていうのに。


「どこにあるの? ベートーベンのお墓」


「お、俺に聞くなよ。俺だって初めてなんだ」


「え~、そうなの!? だって昼間あんなに...」


「うるせぇ! 地球の歩み方に載ってたんだよ、モーツァルト・ベートーベン・シューベルトのお墓は一か所にまとまってあるってな!」


 まぁそうだろうな。音楽のことを全く知らない日本人、それも小学生がウィーン中央墓地に来たことあるっていう方がおかしい。


「で、地球の歩み方は持って来たの?」


「いや、忘れた」


 洋ちゃんは全く悪ぶれることもなく言った。


「そういうことはな、あ~いうところに書いてあるもんなんだよ」


 洋ちゃんが指さす先には掲示板があった。なるほど、確かに地図みたいなものがかすかに見えるな。あそこなら観光者用にベートーベンの墓のことくらいは書いてあっても……


「ないね」


「ないな」


 そう。掲示板には一言もベートーベンとは書いていなかった。全くの地元人用の掲示板で、どこが何番セクションといった情報しか載っていない。いきなりピンチである。周りを歩いている人なんていないから人に聞くこともできないし……嫌な予感がすると、急に自分たちがいる場所を思い出した。僕らは墓場にいるのだ。背筋がつんと寒くなった。


「安心しろよ、ベートーベンとか偉い奴らの墓は真ん中にあるもんさ」


 洋ちゃんは地図の真ん中にある教会を指さす。あれ、いつの間にか主旨かわってない?


「そうね、ここまで来たんだからベートーベン見ないで帰れないしね」


 いや、怖い。帰りたいです。


「なんだ、トモ? 怖いのか?」


 そうです、怖いんです。ていうか、キミたちには霊感という物が微塵もなくて、こういうところが全く怖くないとかそういうのなんですか、そうなんですか?


「怖い? まさか、ヨーロッパのお墓って日本のと違って綺麗じゃん? もっと怖いの期待したのに、残念だな~」


 僕は嘘をついた。そりゃあ女の子の前で怖いなんて言えないだろう。それに、今言ったことも本当で、日本の普通のお墓に比べたら全然綺麗なのだ。墓石は皆、個性があって四角いのや丸いの、天使が飛び回っているものまである。


 しかし、銅像だけはやめてほしい。時刻は9時半近く、だいぶ暗くなる中でかなりリアルな上半身がゾンビに見えてならなかった。僕は勇気を振り絞って手をつなごうと提案し、知美ちゃんを真ん中に、僕が右側、洋ちゃんが左側で歩いた。洋ちゃんも知美ちゃんも僕の提案になんにも異議申し立てしなかったから、多分少しは怖かったんだろう。いや、これで怖くない方がおかしい!


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