大人ぶったプロローグ
僕の名前は小倉智成、11歳。お父さんの転勤で今は音楽の都ウィーンってところに住んでる……と言っても4か月前に日本から越してきたばかりだけど。
え、ウィーンを知らない?
ウィーンはオーストリアの首都だよ。カンガルーはいないからね、オースト“リア”だから。
モーツァルトは知ってるかな? シューベルトは? ヨハン・シュトラウスは? あ、ベートーベンくらいなら聞いたことくらいあるんじゃないかな。
この人たちはみんな、ウィーンで活躍した有名な音楽家なんだ。だからウィーンの街を歩いてるとバイオリンやチェロを背負ったり、フルートを首に引っさげてる日本人だってよく見る。
世界の音楽家にとってウィーンは夢の都なんだ。
いや待てよ、そんなことを言ったらここは僕の桃源郷でもあるんじゃないか? 小学校に入る前からピアノは習っていたし、3年生になるころには地元のオーケストラに入ってヴィオラをちょろちょろ弾いていたからな……
断っておくけど、これは僕がやりたいから始めたことじゃない。
いつかお母さんが友だちとお茶をしているときに盗み聞きして知ったことなんだけど、子どもにピアノを習わせるのはお母さんの長年の夢だったんだ。
なんでもお母さんが中学生だった時、音楽の授業で先生がピアノ弾ける人はいないか聞いて、生徒たちが「え、あいつなら弾けるんじゃね?」「あいつピアノ習ってたよな」とざわざわし始めた。そうしてその“あいつ”は前に出てピアノを弾くことになったんだけど“あいつ”はサっとピアノの前に行き、無言で席に着いて弾き始めた。それが周りの生徒の予想を上回る演奏で、お母さんの心も打ってしまったらしい。
そんなこんなで、ピアノを弾ける男の子はカッコいいという印象を植え付けられたお母さんは、僕をピアノ教室に通わせることにしたんだ。
まぁ、ウィーンに来てからというもの、ピアノ教室には通ってないしヴィオラも家のどこかでかくれんぼをしているみたいだから、自分を音楽家と呼ぶにはいささか烏滸がましいのかもしれない。
あ、それからこの口調については気にしないでほしい。よく年齢にそぐわないとか、高飛車だとか言われるけど、これは今読んでる本がたまたまこういう口調で、影響を受けやすい僕がその本の中に書かれてる口調をそのまま真似てるだけなんだ。いつもこういうわけじゃない。