初恋
殺したいほど愛してるから殺します。
1
ばりぼりばりぼりぐちゃげちゃぐちゅぐちゅがりがりぐりくちゃくちゃぶしゅばりぼり。
「ひっく……うぇ……なんで……なんで……どうして……わた……わたしは食べたくなんか、食べたくないのに、ねぇ、どうして? なんで? なんで、わたしは――わたしは」
ばりぼりばりぼりぐちゃげちゃぐちゅぐちゅがりがりぐりくちゃくちゃぶしゅばりぼり。
「ひっく……ぐず……もう――おなかいっぱいだよね、だから食べるの、やめよう」
ばりぼりばりぼりぐちゃげちゃぐちゅぐちゅがりがりぐりくちゃくちゃぶしゅばりぼり。やめたい、やめたいと思っていても、私の手と口は止まらなかった。口の周りは食べかすと血でべたべただし、真っ白な巫女装束も、血と食べかすで真っ赤というよりも茶色というよりも黒く変色していた。それでも、手は食べ物を口に運ぶ。ぐちゅっと嫌な感触を持ちながら、口に運ぶ。
「もう――もう十分でしょ? だからもうやめて……」そう口にするが、おなかが満たされていないことは気づいてる。きっと、きっときっと永遠に満たされることがない。
私の手と口は――大好きだった人を食べ続ける。
2
わたしは、鬼である。と書くと、なんだか人道的ではないいたずらをしたり、ゲームで初心者相手に手加減なくハメばかり使ったり、作業中のパソコンの電源をおもむろに消す人のように思われそうだけど、そういった意味の鬼ではなく、正真正銘、古くから伝えられ、古くから恐れられ(さっき書いたことをしていたら別の意味で恐れられていそうだけど)、そして古くから退治され続けてきた鬼である。それも、他の鬼よりも一等に質の悪い、忌み嫌われ続けた人喰い鬼である。
人喰い――文字通り私は、人を喰って生きる。だけどわたしは人間が好き。食べ物としてではなく、生き方、生き様、容姿、すべてにおいて好きである。
「小春」と遠くから呼ぶ声が聞こえる。
わたしは、掃いていたほうきを止め、声のする方に意識を向ける。ちなみに小春というのは、わたしの名前である。四季小春、これがわたしの名前だ。本名ではないけど、それは追々説明するとしよう。
「小春」もう一度呼ぶ声が聞こえる。今度はすぐそこにいるようだ。
わたしは「はい」と答える。私を呼んだのは案の定、神主様だった。
「少し、私は出かけてくる。一人で大丈夫か?」と聞いてくる。
わたしはそんなに頼りないのだろうか……確かに、少しばかり背が低くて童顔だけど出るところは出てるし引っ込むところは引っ込んでいる。まぁ、巫女装束だとわかりにくいけど。
「大丈夫ですよ」と笑顔で返す。
「そうか、ではよろしくな」と神主様は、鳥居の方に向かっていった。
わたしこと小春は、神社に住んでいる。河原で童子を食べていたら、今の神主様に見つかりそのまま保護された。てっきりわたしは、そのまま殺されると思ったけど、神主様はわたしに優しく「大丈夫だから」と言ってくれた。その恩でわたしは巫女となり、神主様の身の回りのお世話などをしている。
「んー今日はひとりで留守番かー。それはそれで好都合かなっと」とちょっと嬉しく思ってしまった。
いけないいけない、一人で、にやけていると変な人(鬼?)だと思われてしまう。それでもにやにやしてしまう。
「こんにちわ」といきなり声をかけられる。
「うひゃぁ」って変な声がでた。
うわー、恥ずかしい。
声の主はわかってる。最近よく遊びにくる男の子の晴香由宇悸くんだ。この間、一人で黙々と掃除と名ばかりの格闘をしていたら由宇悸くんがきて、掃除を手伝ってもらった。
「小春ちゃん、今日も掃除? 手伝うよ」と微笑みながら言ってくれる。
うにゃー、照れる照れる、その笑顔反則です。
「う、うん」ってついついどもってしまう。いやいや、だって由宇悸くんってかっこいいんだよ? わたしより二十センチくらい高い(わたしが低いだけ)し、細いし、顔だって美形。これでときめかない
乙女はいませんよ? わたしは鬼だけど。
「今日は、神主さんは?」
「出かけててわたしだけだよ」
「そっか」
「相談ごとがあったの?」と私は問いかける。
彼がはじめて、この神社に来たときは今にも死にそうな顔をしていた。聞いてみると、両親と妹が行方不明になったらしい。手は尽くしたけど、一向に見つからず、最後の神頼みとして神社にきた。
そこで神主さんが、由宇悸くんを見かけて相談ごとを聞くようになった。わたしは、当初、人と出会うのがあまり良くなかったので隠れていた。だけどこの間、一人でも掃除していたときに彼に出会ってしまったのだ。
「ううん、今日は小春ちゃんに用があったんだ」と掃いていたほうきをとめ、わたしの方を向く由宇悸くん。
「え、なに?」
「あの、小春ちゃんって今、好きな人、いる?」
なになにー、この展開!? というか、わたしの好きな人って由宇悸くんだからっ! どうすればいいの? ここで「いるよ」って言ったら「そっか」で終わりそうだし、「いないよ」って言っても「そっか」で終わりそうだよ?
「えっと……」とでた言葉はこれだった。もうちょっとなんかあるだろう私。
「おれ、小春ちゃんのことが……」
「………………」
「好きなんだ――」
3
わたしと由宇悸くんは抱きしめ合っていた。
「由宇悸くん、わたしなんかでいいの?」
嬉しくて涙が出そうだった。わたしも由宇悸くんのことが好きだったから。
「小春ちゃんを初めてみたときから、はじめて声をかけてもらったときから、好きだった。おれと同じで、いつか壊れてしまうんじゃないか、と儚い雰囲気が忘れられなかった。おれは、小春ちゃんが好きだ」
「ありがとう、由宇悸くん」
わたしは、そういうと、少し身体を離して目をつぶる。
「小春……」
近づく吐息。どきどきと心臓が高まる。そして、唇にぬれた感触を感じる。あぁ、わたしキスしてるんだ。彼の手が、わたしの後頭部に触れる。
パサ……。
布切れが、地面に落ちる音がした。
「!」
しまったと思ったときには遅かった。
「こ……小春ちゃん……? その……頭についてるのは……?」と由宇悸くんは私の頭を指さしながら言う。そう、わたしは鬼である。鬼であるということは、例外なく、角が生えてる。その角を隠すため、常に帽子をかぶっていた。それが、取れてしまった。
「あ……あ……」
おびえている彼の目。わたしは――わたしはどうすれば? わたしはどうすればいい?
「うわああああああああああああああああああああああ」
由宇悸くんが、おびえて駆け出す。わたしは、反射的に彼を押し倒す。ずささっと地面を滑る。痛い。でもそうも言ってられない。どうしよう。このままだと、わたしの存在が危うい。でも大好きな人を殺したくない。どうしよう。どうしようどうしよう。どうしようどうしようどうしよう。わたしの下では、由宇悸くんが、じたばたと暴れている。身体は圧倒的にわたしの方が小さいが、力はわたしの方が圧倒的に大きい。
「あわ……あわわ……」
由宇悸くんが、声にならない声でなにかを言っている。おびえる目、ふるえる身体、がちがちと歯が鳴る。
わたしは――わたしは――どうすれ――
「ば……ばけ……化け物! 化け物! この化け物め!」
「あ……」
目の前が、真っ暗になる。今、由宇悸くんの口から化け物って言われた? そうだよね、わたし、鬼だもんね。わたしが、恋なんてすること自体おかしいんだよね?
「あは……あはは……あははははははははは」
わたしは、笑いながら泣いていた。
「はなせ……はな……せ……この……ばけもの……」
化け物、化け物ってそんなに言わないで。そんなこと言われ続けたら、由宇悸くんのこと嫌いになっちゃうから。折角、初めてのこの想いを大切にさせてよ。
「そっか……。嫌いになる前に、好きなままでいられるようにすればいいのか」
嫌いになっちゃう前に、嫌いになっちゃう前に。
食べちゃえばいいんだ。
そうすれば、ずっとわたしの中で一緒になれるね。そうすれば、嫌いにならずにすむよね。
「由宇悸くん、ずっと一緒だよ――」
4
いつものように階段を上ると、見かけない女の子がいた。巫女装束を着た彼女の頭には、なぜか帽子があった。巫女装束に帽子って……なんだか、滑稽な姿に笑みがでる。
「あ……」
おれ、今笑ったのか? ここ最近、ずっと笑えなかったおれが? ふと目線を戻すと、巫女装束の女の子がこっちを見ていた。目が合うと、なんか胸が高まった。このまま見つめ合ってると不審者っぽかったので、話しかけてみることにした。
「こんにちわ」と挨拶すると、女の子はしどろもどろしながらに「え……あ……こここここんにちわ!」と先生もびっくり満点をあげたくなるような九十度のお辞儀をしてくれた。
「くす……」
「あ、笑うなんて酷いです……。一所懸命に挨拶したのに……」
おれが笑うと、ふてくされてしまった。
「ごめんごめん。あまりのあわてっぷりだったからさ」
「いいですよぅっだ」
ほむ、本格的に機嫌を損ねてしまったようだ。話題を変えることにしよう。
「おれは、春香由宇悸っていうんだ。君は?」
「え……あ、わたしは、四季小春です」
「そっか、その帽子、可愛いね」
「え?」
彼女は、真っ赤になった。潤んだ目でおれをみる。
「あ……ありがとうございます」
おれは、その姿に見とれてしまった。
きっと、おれの初恋は今始まったんだと思う。
もう10年以上も前に書いた短編です。
登録した記念に投稿いたしました。
初恋は実らないというレベルの話ではないのですが、少しでも皆様の感情を揺さぶれたら幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします。