一方的なすれ違い
第1回なろう文芸部@競作祭 『キーワード:夏』投稿作品
8月13日
なにも変わらないいつものお盆がやってきた。
うだるような暑さを避けて、ダラダラと本を読んで過ごす四日間。
ただ、なぜか毎年この時期にしか姿を見ない女の子もいる。
そう、それが俺の膝に座って夢中で本を読んでいるこの子。
名前は聞いたことがない。
いや、それ以前に彼女は喋らないのだ。
以前に一度、喋れないのかと聞いたことがある。
でもその時には彼女は返答代わりに困った様子で首を振るばかりだったので多分声を出せない身体なんだろう。
あの時は悪いことをしたと思っている。
話がずれてしまったな。
他にも、彼女は表情に乏しい。
泣きもしなければ、怒ることも見た事ない。
ただ、たまに笑っていることはある。極々小さくだが。
彼女はちょうどお盆の四日間、俺のところへふらりと来る。
本を読むのが好きなようで、俺も本をよく読むから沢山本がある俺の家を気に入っているようだ。
彼女は多分、高校生くらいだと思う。
彼女は頭を撫でられるのが好きらしく、クーラーの効いた部屋で俺の膝を占拠して本を読む。その時にしきりに頭を撫でろと強請るのだ。
でも彼女は言葉を喋らないので、撫でて欲しい時は俺の二の腕に頭を擦り付けてくる。
もしかしたら、無口だけど甘えたな彼女は人恋しいのかもしれない。
あと、彼女は肉も魚も苦手だ。
その代わりに豆が好きなようなのでこの時期には大豆やら枝豆やら、その他豆製品やらうんざりするほど豆を食べる。
勿論、俺と彼女でメニューを分ければ済む話なのだが、それはなんだか彼女に悪い気がして結局食傷気味になりながら豆を食べている。
彼女はなんだかひんやりしている。
元々体温が低いみたいだ。
だから膝を貸している時も暑くてどいて欲しくなる事はない。
それに体重も軽いのか、あんまり脚も痺れない。
まあ、結構小柄だしそういう意味では普通なのかもしれないが。
そんな彼女だが、如何せんお盆の初めにここへきてお盆の終わりには行ってしまうので俺は彼女の事をよく知らない。
それどころか影が薄いのかあまり記憶にも残らない。
実際、俺は去年の彼女の様子はあまり覚えていないのだ。
頭に残っているのは、本を読んでる彼女の頭を撫でていた、と思う。そんな曖昧な記憶だけだ。
だから今年からは何かあればこうして記録をつけていこうと思う。
理由は特にない。強いて言うなら、忘れてしまう自分がなんだか情けないからと彼女に悪いと思うからだ。
だから出来るならば彼女のことを覚えておきたい。
何かあればまた追記するだろう。
「っと、これでよし」
カタカタカタと小気味いい音を立てていたキーボードから手を離し、膝は貸したまま背もたれに身を預けた。
起動したままのディスプレイには、先程まで俺が打ち込んだ内容がそのまま映し出されている。
最近読んでいる本が純文学だからか、それとも仕事柄なのか、単なるメモ書き程度のつもりのはずが何やら気取った文に見えて、俺は一人で苦笑いを浮かべた。
「職業病……とは思いたくないが。はてさて」
ただ、無意識に文を推敲してようとするのは確実に職業病だろう。
再び無言になりかけたところで作業が終わったなら、と言わんばかりに膝にいた彼女が二の腕へ頭を擦り付けてきた。
「はいはい、分かった分かった」
軽く伸びをしてから身を起こして彼女を撫で始める。
黒髪を少し長めに伸ばしているようで、よく手入れされたセミロングは梳いているこちらからしても心地いい。
のんびりと流れていく時間を感じる。
普段の仕事が時間に追われるような仕事なのも相まって、こうした世間でいうだらだらした時間の過ごし方は嫌いではない。
自分は根っからのインドア派なのだ。
逆にアウトドアな過ごし方も嫌いではないが、俺にとってそれは少し疲れてしまう。
例えばなんとかスパーランドに遊びに行くとか、美味しい店を巡るとか。
そして彼女の存在も手伝って、お盆の四日間は買い物以外では滅多に外へは出ない。
その買い物も、近所のスーパーはお盆休みに入るのでその前に買いだめしてお盆終わりに足りなくなったら買い足しに行くくらい。
後は大事な用も16日にあるので、実質出るのは16日だけだった。
そんな事を思っているうちに夕食時だ。
ご飯を作るから、と彼女にどいてもらって俺は台所へと向かう。
二人だけの食卓を片し、風呂に入って眠りにつく。
ベッドは明け渡して床に布団を敷いて寝るのだが、大抵彼女は落ちてくる。
そんななんの変わりもない一日が四回繰り返される。
そしてあの日が少しづつやってくるのだ。
今でも時々思い出す。
いや、焼き付いた記憶がフラッシュバックみたいに脳裏へ弾けるのだ。
8月16日のあの日。
幼馴染で、仲が良くて、ちょっぴり恋していた、そんなアイツの誕生日。
そして、アイツが撥ねられた日。
もう十年になるのか。
あの時、俺は小学六年生だったっけ。
同級生でクラスも同じで。
家も近かったから家族ぐるみで誕生日会やっててさ。
夕食までには帰ってこいって言ってあったのに、アイツはいつまで経っても来なくて。
頭にきて1人、チャリで飛び出して探し回ったんだよ。
いつも遊んでる公園。いつも少しオマケしてくれる駄菓子屋。ちょっと離れたゲームセンター。山の中に作った小さな秘密基地。ちょっと高いけど一日遊べる市民プール。
でも、どこにも見つからなくて。
心配になって交番駆け込んで。
あちこち連絡してもらったらさ、病院だってよ?
しかも集中治療室に入ってるって。
すぐに連絡先と住所メモしてもらってあいつの家に全力疾走した。
まあ結果からすると間に合わなかったって。
俺らが着く頃にはアイツはもう笑わなくなっちゃってた。
死因は全身打撲によるショック。
車に撥ねられた挙句、アスファルトに叩きつけられたらしい。
運転手の人とも会った。
顔合わせるなり土下座してて、おじさんとおばさんの方が慌てちゃってさ。
話聞いたらやっぱりアイツが飛び出したんだって。
なんか友達に本借りる約束してたっぽかったからな。
結構ギリギリな時間が聞こえたからやめとけって言ったのに。
きっと急ぎまくってて飛び出したんだと思う。
ほんと、やめとけって言ったのに。
お葬式は思ったより小さく行われた。
招待制にしてウチも呼んでくれた。
でも、正直実感なんて沸かなくて、今にもひょいっと顔を出してきそうだな、なんて思ってた。
あれからもう十年か。
長いような、短いような、そんな十年だったな。
俺とアイツの夢だった小説家。
アイツがストーリーを書き出して、俺が文を紡いでいくって言ってたよな。
結局、全部俺に押し付けていきやがったけれど。
でもアイツと最後に話したストーリーを題材にした最初の作品が当たったから、やっぱりアイツのおかげかな。
元気にしてるかな。向こうでも物語書いてんのかな。
8月16日
いつも通り彼女は帰っていった。
最初は親が心配してるだとか、初めはそんなことを言っていたけど今はもう何も言っていない。
そして俺は俺で墓参りの準備をする。
花にお線香、水桶、柄杓。
掃除用のたわしやスポンジや箒なんかも入れる。
そしてこの前出した新しい本とお盆前に書いた短編集。
車に全て放り込んで、俺は墓へと走り出す。
車で走ること20分、ここにアイツは眠っている。
元気か? 俺の本、面白いか?
まだそっちへはいけないから、暇潰しに短編集でも入れておいたから
まだ未発表の新作だぞ、すごいだろ?
だから、まだ俺を見ていてくれよ
俺はまだ、お前よりいい作品を書けてないんだから
お前を超えてはいないから
彼女の墓の前で、彼は思いを呟いた。
じりじりと照りつけた太陽。
あの日、走り回った時に感じた日差しに似ていて、あの日と今日が僅かに重なる。
不意にスッと零れた一筋の涙。
指で拭うと、彼は無理して笑顔を作った。
―――大丈夫、元気だよ
―――面白いけど、やっぱ私が書いてたストーリーの最初のやつのが面白いわね
―――短編集かぁ。新しいね。楽しみにするよ
―――大丈夫、来年のお盆にもまた会いに行くからさ
そんな彼女の呟きが彼に届く日が来るのだろうか?
答えはまだまだ誰も知らない。
でも一つ言えるのは、そんなすれ違いをしていても彼らはきっと幸せになれるという事だろう。
当人達には分からない、小さく幸せな夏の1ページ。
それはきっと、想いが届くまで続くだろう。
願わくは二人に幸多からんことを。