王子は何を思い、何を考え婚約破棄を行ったのか
美しく飾り付けられたホールに色とりどりのドレスを着た女性と、シワ一つない燕尾服を着た男性が優雅な音楽にのり、華麗にステップを踏む。
今日、この日はハイドレンド王国にある高等学校の卒業パーティーである。このホールでは貴族も平民も分け隔てなく踊っていた。
そもそも学園では、貴族も平民も同じ身分として扱い、貴族は平民の価値観を身につけ、平民は貴族の常識を身につけ、将来的にどんなことがあろうともこの王国内で、生きていける術を身につけているのである。
そのため、貴族も平民も仲が良く、卒業後も変わらず仲の良い者が多かったのだ。
そんな、学園の卒業パーティーである。平民の女子が貴族の男子と踊り、平民の男子が貴族の女子と談笑する。そんな、奇跡の風景が広がっていた。
ちょうど曲が終わる頃、この学園の問題児が現れた。名をイワン・ハイドレンドと言う。姓から分かる通り、この王国の王族に名を連ねる者である。
この国の第一王子であった。
彼は婚約者であるアナスタシア・アバニャートと会場へ入るとすぐにアナスタシアと離れて真っ直ぐにある者の元へと向かう。
エレオノーラと呼ばれる彼女は平民でありながら学園でトップクラスの成績をだし、学園では1、2を争う美少女であった。
そんなエレオノーラを慕う者は多かった。そして、その筆頭にいたのは、イワンであった。
彼は婚約者が要るにもかかわらず、彼女に懸想したのである。
今回のようなパーティーでは婚約者をほったらかし、婚約者にはプレゼントを一切贈らないのに、エレオノーラには毎日のように贈り物を届けた。
更に毎週のようにデートを行い、成績がトップクラスだったイワンの成績は、日をみるごとに下がっていった。
そうして、彼は学園の者達からこう呼ばれるようになる。『色ボケ王子』と。そんな彼等も今日で卒業。貴族の皆はこれからこの者に仕えるのかと顔をしかめ、平民たちは、この人が王で王国は大丈夫かしらと不安な顔をしていた。
そうしているうちに曲が終わる。すると、レオン王子が壇上へと上がる。
「今日、重大発表を行うために色々と準備してきた。その発表を今から行う。
私、イワン・ハイドレンドとアナスタシア・アバニャートの婚約は破棄させて貰う。
それから、私、イワン・ハイドレンドとエレオノーラは本日付で婚約させてもらう。」
その宣言が終わった時、アナスタシアが前へと出てきた。
「イワン様。婚約破棄承りました。」
と、アナスタシアが返答すると同時に会場内に兵士が流れ込む。
そして、その奥からイワンによく似た男が現れる。
「御兄様。まさか貴方がこのような愚かなとこをするとは思っておりませんでした。しかし、証拠も証言も揃っております。」
現れたのは、この国の第二王子であるレオン・ハイドレンドであった。
「イワン・ハイドレンド!貴方はこの国の筆頭貴族であるアバニャート卿の娘をこのような公の場で傷つけた!そのような王族の隅にも置けぬ行動。断じて赦すことは出来ない。よって、継承権を剥奪し貴様の身分を平民とする。以上だ」
と、告げるとレオンはアナスタシアの前へと向かう。アナスタシアの目の前まで来たレオンは膝をつき。
「兄の行動は赦されることではありません。しかし、私に償わせては頂けませんか?アナスタシア嬢。私に、貴女を幸せにする権利を下さいませんか?」
と、告げた。すると、アナスタシアは、ぽろぽろと泣き始める。
「アナスタシア嬢。私がお嫌いですか?」
すると、
「いいえ、いいえ。そんなことはございません。ただ、嬉しかったのです。今まで、そのようなことを言われたことがなかったのです。不束者ですが、私でよければ、喜んで」
そうして彼等は婚約者となり幸せをつかんだのだった。
そして、イワンとエレオノーラは……
次の日の朝。がらがらがらと、悪路を走る一つの馬車に二人は平民が着るような質素な服を着て乗っていた。
「イワン様、何故あのようなことを?」
「あのような事とは?」
「はぁ、分かって言ってるでしょ。イワン様!あのような公の場で婚約破棄した理由ですよ。」
と、エレオノーラはイワンに詰め寄る。
「いや、簡単なことだよ。平民になるためだよ」
「え?」
エレオノーラは一瞬呆ける。がすぐに立ち直り
「つまり、こういうことですか?私と婚約するために公の場でアナスタシア様を傷つけたようみ見せ掛け、弟であるレオン殿下に断罪させたということですか?」
するとイワンは
「そういうことだ」
と、あっさり肯定した。
「そもそも、アナスタシアは私のこと好いているどころか嫌いだった。本当はレオンのことが好きだったんだ。」
「え?そうだったのですか?」
と、驚愕の事実をあっさりと告げた。
「そうだ。アナスタシア……ではいけないなアナスタシア様は直接私に言ってきたのだ。『私は貴方が嫌いです。ただ、私を男から守る盾となって頂きたい』とな。まぁ私もあの頃はアピールしてくる子女たちが鬱陶しくてその申し出を容認したのだ。」
更なる驚愕の事実が告げられ、流石にエレオノーラは二の句が継げない。
「しかも、レオン殿下もアナスタシアを執着と呼べるほど愛していた。多分あのまま私が彼女の婚約者となっていても、レオン殿下に消されていただろう。」
「ですから、自分からこのような真似を?」
と、エレオノーラは問う。
「いいや、それだけではない。エレオノーラ。君のためだ」
「どういうことですか?」
「君は前にこう言っただろう?『小さくても幸せな家庭を持ちたい。贅沢も権力も要らない』と、だから私は君に振り向いて貰いたくて、平民になったんだ。それに、学園であのような真似をしている。愚かな者をもう一度、王族に戻すとは思えない。
このような、金も権力もなく、贅沢なんかさせてやれない男だが私と結婚してくれるか?」
「えぇ。勿論よ。その代わり、幸せにしてよね」
「勿論だ。君を不幸にはしないよ」
そう言って彼等は馬車のなかで影と影が重なった。