第一の依頼 ペンがいらない日記帳
処女作ですがよろしくお願いします
この世界は、謎に満ちている。
失われた古代文明、魔物の生態、魔道金属。そして、固有魔法。
あらゆる謎が完全に解明されることはないだろう。
だからこそ…鑑定士という職業にはロマンがあるっ……!!
「だからって地位を捨ててまで『鑑定士に成るんだ!!』と家を飛び出したあなたもどうかと思いますよ」
えぇい、うるさい。言われんでもわかるわそのぐらい!
自己紹介がまだだったな、僕はルイン・アスター。生まれはある貴族の三男坊だったんだが、聞いての通り夢を抱いて家を飛び出したんだ。もちろん勘当されている。
……一度だけ戻ろうとしたら魔法で迎撃されたのは、嫌な思い出だ。何も上級の火炎魔法まで使うことはないだろうと思う。冗談抜きで死ぬよ、あれ。
「ルインさまが強行手段で家を出たためにお館様は『あんなヤツもう息子ではない、犯罪者だッ!親不孝者だッ!』とおっしゃってましたよ?」
……なんつーカゲキな話だ。
それはともかく、先程から変な突っ込みをいれている薄紫の髪を持つ女性はテスタという。詳しい歳は言わないが少なくとも僕よりは年下だ。そういう僕は22になる。六年前に専属侍女として僕のもとで働くようになって以来、彼女とはそれなりの信頼関係を結んでいる…はずだ。
こうして追いかけてくれたし、いや、でも時々自信なくすなぁ……
「……とりあえず、私の歳を誤魔化してくれたことには感謝します。ただ、鑑定依頼品で遊ぶのもそれぐらいにした方がよいかと思います」
「ごめん、つい面白くて」
古びた日記帳らしきものから手を離し、魔力供給をやめる。だが、日記帳に写った文字は変わらない。
さっきまでのやり取りで僕の思考だけが綴られている。具体的には『この世界は』のところから『時々自信なくすなぁ……』までだ。どうしてこんなこと書いたのか。
僕は彼女が淹れる紅茶を飲み、ゆっくりと思い返すのであった。
*
発端は今朝、1ヶ月もの間依頼がないので優雅に惰眠をむさぼっていた頃だ。
「ごめんください!!鑑定士さん居ますか!」
寝起きにはきつい大声である。頭に響くなぁ…って!!
「うわわわ!?依頼?依頼!?」
「落ち着きなさい、ルインさま。何せこのあとの対応によっては毎日パン屑を集めて食べる生活から抜け出すことができるかもしれませんよ?」
「そんな絶望的な極貧生活してないよ!!」
失礼なメイドだな、本当に!!
少々憤慨したが、なんとか取り繕ってドア越しに待っててもらうよう伝える。
「すみません、少し待ってて…」
「待ちます!一週間でも1ヶ月でも一年、いや、一生待ちます!」
「いや!すぐだから!すぐいくから!!」
まだ寝間着だったし、大忙しである。
最低限の身支度のあと、自宅兼事務所として使用している借家に訪ねてきた女性を入れる。赤髪のお下げで活発そうな見た目をした少女と言ってもよい年頃の人だ。鑑定依頼品が入っていると思われる手提げのカバンを持っている。
彼女はアマンダと名乗った。
普段は傭兵達が泊まるという宿屋で働いているそうだ。
「それなら、わざわざこんなところに来て鑑定してほしいものなんてないんじゃ?」
「実はある傭兵さんがこれを部屋に置いたまま出てってしまって、でも鑑定士さんならそういう人探しみたいなことしてるんじゃないですか?」
――明らかに業種がちがう
思わずそう言いかけたが、取り出された物に僕の目は釘付けになった。
少々古びているが、手帳のようだ。手にとって眺める。
「革張りの手帳……なんの変哲も無さそうだが……」
「この感じは魔法に近いものが有りますね」
テスタが僕の言葉を引き継ぐ。
いうなれば存在感。あるいは異物感。
魔法というものはどうしてもそういった感覚を呼び起こす。それがこの手帳から感じるということは……
「とても高価なものだと思うんです!だから持ち主が亡くなってたら売却します!」
だから持ち主が死んでいるかどうかを知りたいんです!と続けるアマンダに思わず頬がひきつるのを感じる。
ともかく僕はこの手帳の鑑定となぜか持ち主探しをする事になったのだ。
*
「結局わかったのはこれが日記帳ってことと持ち主はこれだけじゃわからないということ。そして……」
再び魔力を供給し、適当に絵を思い浮かべる。子供の落書きのような絵が手帳に浮かび上がった。
魔力を通すと共に思い浮かべたものが紙面に現れるようだ。そして、同じように書いたものを消すイメージを浮かべると落書きは消えた。
「なかなか便利ですね。これは誰でも使えるみたいですし、何より人に見られたくなかったらすぐ証拠を隠滅できます。」
「物騒な使い方だな、オイ」
経理の裏帳簿として使われる様子を想像する。
……世の中、普及させてはならない物というのもあるみたいだ。
さて、鑑定と一言で言ってもその種類は当然ひとつではない。通常なら年代鑑定、美術鑑定、魔道鑑定など方法や対象がさまざまで、それらを組み合わせて鑑定するのだがそれぞれの鑑定方法ごとに専門家がいることが多い。つまり――
「通常、鑑定が多岐にわたる場合、非常にお金がかかる訳ですね」
「だが、僕の固有魔法なら一括で調べることができる!」
固有魔法とは人が持つ魔力が一定の方向性を持って変質して発生する、文字通りその人固有の魔法だ。体系化されている構文魔法ではできないような不可思議な事象を起こすことができる。
僕がこの魔法を覚醒させたのは18歳の時だ。昔から好奇心が人一倍強いと自負していた僕は、アスター家の家系図を見てその真偽を確かめようとした。そのとき、魔法の使い方が頭に流れ込んだんだ。固有魔法はその使い方を所有者に伝えるという不思議な特長がある。そうしてできるようになったのが鑑定眼だ。対象を見るとその物の情報領域の情報を読み取り、――え、意味がわからない?
とにかく、見るだけでその対象がどんなものかが正確にわかるというわけだ。魔法を使う上で必要となるのは知識と魔力であり魔力が万物に宿るとされるものである以上、知識さえあればだれでも使えるのだ。
「ルインさまは構文魔法が基本、貴族が独占している技術であることを忘れたのですか?乳幼児からやり直した方がいいですね」
「だからなんでいちいちきついのかな、お前の突っ込み!!」
「ルインさまはイジリ易いので」
ほんともうやだ、このメイド!
貴族たちが独占する理由が『支配体制の強化』なんだぞ!これでも元貴族、さすがに知ってるわ!
「それに貴族の三男と言えばどちらかというと騎士になることがほとんどだというのにルインさまといったら……はぁ」
「そのあからさまに落胆しましたというようなため息やめて!」
僕の専属メイドは毒舌過ぎる!!話が進まないじゃないか!
仕事場からテスタを追い出す。ドアを出る際『私はもういらない女なのですね……』とか言っていたがどうせ演技なので無視だ。
やっと集中できるようになったのでさっさと鑑定してしまおう。むしろ、鑑定後の方が忙しそうだ。
――僕の固有魔法は対象に触れ、自分の目に魔力を込めることで発動条件を満たす。魔力を込めたことで発動した鑑定眼によって物理領域とは異なる視界が現れる。それは文字と数字で表現されていた。現実世界に存在するあらゆるものを情報として記した世界、それこそが情報領域である。
(そして重要なのが、この二つは密接に関係しているということ)
情報領域で変化があれば物理領域でも変化が起こる。その性質を使ったのが構文魔法――一般的に貴族や騎士のほか、一部の知識人のみが使うことが許され、行使するために必要なルーン言語の習得や研究などを特権として与えられている。つまり構文魔法が使えないのは教育を受けていない一般庶民ということになり、この時点で貴族は領民に対する武器を持っていることになる。相手が手ぶらに見えても迂闊にケンカしてはいけないよ?
僕は鑑定を進めるため手元の手帳に意識を集中させる。手帳がどんな使われ方をされてきたのか、どんな素材で出来ているか……種々雑多な情報を集め、解読し、まとめる。その結果を鑑定書という形にすれば鑑定士としての本来の仕事は終了だ。
(さて、と……)
部屋から出てテスタを探す。
――首にマフラーのようなものを巻き、自殺しようとしていた。
「ちょっと待てやぁぁぁぁああ!!」
「私なんてなんの価値もないんです。だからお願いします、ルインさま。死なせてくださいぃぃ!!」
「落ち着けこのヒステリックメイドぉ!」
まさかさっきのやり取りが冗談じゃなかったなど誰が予測できようか……こいつの頭の中はどうなっているのか、六年一緒でもまったくわからん!
*
あのあと、なんとかテスタを宥めすかしておちつかせ、少し遅い昼食と洒落込んだ。魔法を使うと腹が減る。魔力は情報領域における力である。よって魔力を消費すると体は空腹を訴えるのだと言われている。情報領域の上では魔力は文字列を追加するペンのような役割をしている。だが情報領域で表されている文字列は魔力でできているわけではない。ペンはあくまでペンであり、インクではないのだ。物理領域のエネルギーのやり取りまで記されている情報領域の上でその収支が釣り合わないことになる。
「まさしく謎だらけだな。本当に世界は面白いよ。ただ生きているだけなのにこんなにたくさん発見がある」
「よかったですね。しかし、持ち主探しは大丈夫でしょうか?」
「無理そうならそのままあの鑑定書だけ手帳と一緒に渡せばいいさ。本来の仕事は終わったからね」
先程も言ったが、探偵ではないのだ。もとの持ち主がどんな人か鑑定する事は十分可能だと思うがプライバシーを主張されると弱い。
僕らなんてこの業界に入って一年どころか三ヶ月も経っていないのだ。依頼達成の実績はほぼゼロ、間違いなく潰される。
鑑定士を目指す時、家を出る前のこと。
鑑定士に必要な資格を手に入れるための勉強をしていた。僕の認識違いでなければその資格を剥奪される条件を満たす可能性が高い。
「しかし気になりませんか、あの手帳の持ち主」
「気にはなるが危ない橋はわたれないよ」
「……ルインさまの意気地無し」
「またか!もういい加減に……」
「――いつからあなたは臆病になったのですか?」
「――?」
テスタの雰囲気が変わる。僕の目をまっすぐ見つめる彼女はその美貌が一番よく似合う真剣味を帯びた表情をしていた。
「いいですか、あなたがここで諦めるということは大好きな謎を一つ放置するということです」
「――!?」
衝撃だった。何て簡単なことに気付かなかったんだ!!
立場がある今、あまり勝手なことをすると路頭に迷うだろうと考えていたが、それはあまりにもったいない。
「テスタ、ありがとう。そしてすまない。今から僕は犯罪一歩手前のギリギリのラインを綱渡りしてくるよ」
「わかりました。お気を付けて」
僕と彼女との会話はそれだけでよかった。あとはひたすら突き進むのみだ!
――相変わらず騙しやすいですね。
そんな台詞が聞こえた気がしたが、一瞬で小さかったので多分気のせいだろう。
*
再び仕事場、 手帳に触れ、魔力を両目に込めた。青白い光の文字の海のなか、手帳に意識を向ける。
この魔法はその気になれば物がおかれた状況を遡って確認することができる。さっき鑑定したときは、数千年単位で一気にさかのぼり、誕生の経緯や材質を確かめて鑑定書に書き写した。
つまり、もとの持ち主の情報はまったく見ていない。依頼者の持ち物でないなら勝手に観ると信用を失うと考えたのだ。
しかも、人が深く関わる事柄はその場にいるような実感と共に追体験することになる。時間はかかるし魔力消費も段違いだ。
(またテスタに迷惑かけるな、これは)
魔力の消費が多いということは、腹が減るのもはやくなるし、よくて気絶、最悪死亡という事態もあり得る。さすがにそこまでする気はないが、魔法を使いすぎて餓死したという事故は社交界――といっても数回しか夜会に出ていないが、とにかく貴族の間でもよく耳にする話だ。
やがて、それらしき記述――ルーン言語で記された文字列の一部を見つけ、解読する。目の前の光景が歪み――
*
「待ってくれ!どうしてこんなことするんだ!?」
「仕方ないじゃないですか……私たち、このままじゃ幸せになれません」
「だから殺すのか?そのナイフを下ろせ、アマンダ」
*
……ちょっ、え?
いやいや待ってくれ、おかしいな。そんなことってあるの?
たしかにちょっとおかしな娘だと思ってたけど、これの持ち主殺して僕に死んだかどうか鑑定させる?
……続き観るとわかんのかな
*
「あなたは私をこの宿から解放すると言ってました。嬉しかったんです、借金が返せなくなって体で払うことになった私にこんなに優しくしてくれる人がいるって知って」
「だったら、どうして!こんなことするんだ!とにかく、椅子に縛り付けるのをやめろ!」
「――支配人と取引しましたね」
「――!」
「お金をあげる代わりに私を引き取るのをやめるように……そんな内容でしたね」
「あぁ、でもそれは」
「受け取らなかった。そうすると私への風当たりが強くなりました」
「……」
「商品を失うつもりはない。当然商品価値を下げたくないのでいじめは精神的なものばかりでしたよ。でも、あなたが私を実際に引き取ることになると話は変わってくる」
「それで心中するのか?それとも俺を殺すように店が指示を?」
「いえ、あなたは私を乱暴に扱おうとした。だから私は抵抗してあなたに重傷を負わせる」
「……?」
「客に怪我をさせたのは私の責任、私はこの店を出る」
*
ははぁん、だいたい読めてきた。
アマンダさんは売春宿の娼婦でこの若い男性と恋仲になった。だが、借金から逃げられない彼女は最終手段として店をクビにされる口実を作ろうとしたと。
彼女がここに来た以上、何らかの形でそれは成功したのだろうが正直信じられない。彼女の計画は明らかに穴だらけの不完全なものだ。
もっと観ないとわからない。だが、この時点でかなりの魔力を消費している。
(明日以降だな。これ以上は命に関わるかもしれん)
意識を戻し、両目への魔力供給をやめる。もとの視界に戻った瞬間、猛烈な空腹感。というか立てない。意識がもうろうと――
(しまった……これ尋常じゃない)
どこか遠くから誰かの声が聞こえた気がしたが、返事もできないまま情けなくも気を失った。
*
テスタから涙目で説教を受けてしまい、結局この依頼は通常の鑑定依頼として処理することにした。代わりに伝を頼って探偵を紹介することにした。事前にもらった連絡先を確認して依頼完遂の手紙を書き、手帳と鑑定書の写し、探偵への紹介状を同封して送りつける。
今思うと、アマンダさんはこのまちから逃げるために資金を欲していただろう。余裕がないはずなのになぜ、あの日記帳を鑑定させたのか。持ち主と――ひいては恋人とはぐれてしまったのか、それとも別の理由があったのか。
「うぅん、謎だ……気になるぞ」
「あれ以上していたら死んでましたよ。命あっての物種です」
「僕を煽ったのはどこの誰だと思ってるんだ」
憎まれ口こそ叩いてはいるが、テスタが本当に心配していたことも、僕を焚き付けたことを後悔していることも知っている。まさしく仕事かできるといった感じだが、嘘や隠し事が苦手なことは六年も一緒ならさすがにわかる。
「依頼料は前払いでしかも全額もらってたからな……やっぱり急いでたんだろう」
「いずれにしても、無事に依頼がすんだんですからしばらくはゆっくりして再びパン屑を集めて食べる生活に戻ることにしましょう」
「だから何でそんなに我が家の財政基準を下げようとするんだよ!」
春の穏やかな日差しのもと、僕の怒号が響き渡る。
二人だけの家で、今日も今日とて依頼を待つ。
こんな世界にしてほしいなどご意見感想よろしくお願いします