09:特定能力三法
「俺は吉村和人、ロードナイトだ」
「俺は石切琢磨 ウルティマ・パラディンだ」
「俺は、ビショップマスターの名取慎治」
「あたしは、ウィザードマスターの五島杏華よ」
「ハイプリの新藤玲奈よ」
「ダークロードナイトの鈴森涼真です」
「アサシンマスターの三森修一、こいつは弟の修二」
「同じくアサシンマスターの修二です」
「僕は山形健成、バトルアルケミストだ」
「そして、俺が一応リーダーの中島、中島文明だ」
俺を取り囲んでいた奴等が、それぞれ聞いても居ないのに自己紹介を始めた。
驚いたことに、俺に声を掛けてきたオッサンを除けば、全員がほぼ俺と同じくらいの年齢だった。
中でも、女の子が二人も居たのには驚いた。
だって、こんな逃げ回るだけの生活をしているイメージが似合わない、かなり可愛い子たちだったからだ。
「君は、国家安全対策基本法って知ってるかい?」
中島と名乗ったグランドローグのオッサンは、いきなりそんな事を俺に聞いてきた。
それはあの矢島という奴が、俺を殺す根拠として口にした言葉だった。
自己紹介を終えた中島というオッサンの仲間は、それぞれ好きな場所に座って俺と中島のオッサンを見ていた。
監視されているという、そんな雰囲気は感じられない。
俺は、オッサンの質問に、素直に答える事にした。
自己申告してきた職業レベルが本当なら、これだけの連中に囲まれた状況で逃げるという選択肢を選ぶのは、どう考えても簡単な事では無いからだ。
「いや、その名前だけは前に聞いた事は有るけど、どんなものかは知らないな」
そもそも中学二年で不登校になって以来ろくに学校にも行っていない俺が、そんな事を知っている訳が無い。
いや、真面目に学校に通っていたとしても、高校生が法律に詳しいとか無いと思う。
「2年前と言えば、きみと同じく俺たちがゲームから解放された翌年なんだが、その時に成立した法律でね、その中に特定能力三法と俗に呼ばれている法律が含まれているんだ」
「特定能力者って、たぶん俺たちの事だよな?」
俺は、最初に俺を狙って来た矢島という男が、俺の事を『特定能力者』と読んでいた事を思いだしていた。
回りくどく、特定能力とか言っていたけど、早い話が現実世界でもゲーム世界の魔法とか忍術を使う奴の事なんだろう。
「ああ、そうだ。 知っているなら話は早い。 正式には特定機密保護法と諜報及び破壊活動防止法、それに特定難民保護特例法、この三つの事を政府は裏で特定能力三法と呼んでいる」
「ん? 裏でって事は、表では違うって事だよな?」
「ああ、一つ目は以前からあった特定秘密保護法の範囲を拡大して国家機密に関する事柄に対して、罰則規定の強化と取締りの強化を図ったものだ。 一般に知られている事例では、今までよりも報道の自由を著しく制限する内容が含まれている」
「全然解らないんだけど、それがどう俺に関係するんだよ」
言っている事が難しすぎて、正直俺が狙われている事にどう繋がるのか、まったく想像が出来ない。
そんな俺の疑問を余所に、中島というオッサンは話を続けていた。
「二つ目が諜報及び破壊活動防止法。 俗にスパイ防止法と呼ばれているもので、長年待ち望まれていた法律でもあるし、君も聞いた事があるだろ? そして最後の特定難民保護法は、近年増えている難民の中でも、特に国家に役立つ技能や能力を持つ者を選別し保護し日本人として再教育をする事を目的とした物だ」
「あー、スパイ防止法は知ってる。 日本はスパイ天国だから、早く作るべきだって意見には同意だったから、成立したときはネットでも祭になったな」
スパイ防止法はネットの掲示板でも、日本にそういう法律が無いからスパイ天国で、外国に情報を盗まれ放題なんだと言われ、その成立が待ち望まれていたはずだった。
その意見には俺も同意だし、決まった時は喜んだ記憶もある。
「表向きは、まあ必要悪的な法律さ、三つともすべてね。 だから国民も自由の制限には細かい問題があるとは知っていても、運用で注意すると言う条件を付ける事で成立には賛成だったはずだ。 でもな、この法律には違う意味と裏があるんだよ」
「要点は、さっさと言ってくれよ。 俺は学が無いんだから、難しい事が判る訳ないだろ」
中島というオッサンは俺の言葉に苦笑いを返しながら、どう話したものかと考えているように、少し天を仰いだ。
その様子を見て、俺は少し馬鹿にされたような気になる。
「特定機密保護法は、特定能力者の規定とそれに関する国家機密の保護に関する法律で、特定能力者に関する情報漏洩防止、およびそれに類する報道の禁止が主目的なんだ」
「解りやすく言うと、俺たちに関する事を一般に報道するなって事か?」
俺は少し意地になって、自分なりの見解を答えてみた。
そして、それは概ね合っていたようだ。
「ああ、そして諜報及び破壊活動防止法は、スパイ防止法の皮を被っているけれど、特定能力者による諜報及び破壊活動の防止、特定能力者に対する諜報活動の防止及び破壊活動の防止、国外勢力及び、非公的組織による特定能力者への関与の防止、最後に反社会的特定能力者の排除が規定されているんだ」
「マジか…… 俺たちの能力による活動を防止して排除する法律って言う方が、しっくり来るな」
特定能力者という曖昧な言葉は一般人が持たない能力を持つ者という意味で、スパイ教育やテロ教育を受けた破壊工作者から、俺たちのような本当の特殊な能力を持つ者までが含まれる、玉虫色の言葉だった。
つまり、一般大衆にはスパイやテロ組織に対する法律ですよと言いながら、裏では解釈次第で俺たちをも取締りの対象に含めることの出来る法律だったのだ。
「そういう事だ。 そして特定難民保護特例法、これは特定能力者の保護監督及び更正教育に関する法律でな、特定能力者の保護と更正義務教育の実施が規定されている」
「なんだよ、俺たちを排除する法律と矛盾してるじゃないか」
取り締まって排除する法律を作っておきながら、別の法律では保護して教育するとは矛盾している。
取り締まりたいのか、それとも保護したいのか、いったいどっちなんだ。
そんな疑問が心に浮かぶ。
「簡単に言えば、国のために働くなら再教育という名の洗脳を受けて国のスパイになれという事だ。 しかし断ればテロ組織やスパイとして裁判無しで殺しても良いって法律でもあるんだ」
「それで、俺が狙われたのか。 だけど3年前に出来た法律なら、なんで今になって急に取締りを始めたんだよ。 つか、何で国が俺たちを捕まえたり殺したりしようとするんだよ」
3年前にそんなことを考えていたのなら、何故今まで放置していたのかが解らない。
俺だってそんな規制がある事を知っていれば、もっと自重していたかもしれないのに……
今更どうにもならない事だけど、こんな状況になった理由を俺は、俺自身じゃなくて他に欲しかった。
「俺は元々、フリーのライターをやっていてな、ある巨大宗教団体を追っていたんだ。 で、そこが3年前に本部施設の爆発事故で教祖を含む幹部が死んだり行方不明になったんだ」
「3年前と言えば、俺たちがゲームから解放された頃か…… 」
その頃と言えば、まだ俺も学校でちょっと力試しをしていた頃だ。
あの頃は、まさか自分が国から追われる犯罪者になってしまうとは思っても居なかった。
ひょんな事から降って湧いたような、自分が得た他人と違う能力を使うことの優越感と万能感に浸っているうちに、俺はあの頃とは程遠い場所に自分がいる事を思い知った。
最初に、クラスメイトの足を踏みつけずに避けていたなら、俺はここに居なかったのだろうか?
それとも、どちらにしても結果は同じだったのだろうか?
そんな後悔にも似た疑問が、心を離れない。
海の向こうで起きた見知らぬ蝶の一つの羽ばたきが、巡り巡ってゆくうちに大きな影響を別の場所に与えてしまうという、バタフライエフェクトという言葉があるけれど、俺の踏み出した小さな最初の一歩は、俺を遠い場所に追い込んでしまう大きな一歩目だったのかもしれない。
そんな事を、いつもと大きな違いの無い踏み出す一歩目に予想が出来る訳はないけれど、追われる身となった今では常に心に引っかかっている疑問だ。
中島というオッサンじゃないけど最初に吸うタバコの1本目だったり、誰かをからかって笑いものにした最初の行為だとか、好奇心で試してみた危険ドラッグの一服だったりする物がそうだ。
その一歩目を自分に許すことで次第に行為がより多くの刺激を求めてエスカレートして行くものなのだとは解らないんだろう。
どんなに過激な事でも、いつもやっている事の延長線上にあって、昨日と比較するから違いが判らないし当たり前な日常だと勘違いしてしまうのだろう。
だけどそれは、何もしなかった時と比べてみなければその違いの大きさに気付くことも無い、心を麻痺させる麻薬のような物じゃないだろうか。
俺は、俺を追っている者達について聞かされながら、心の隅でそんな事を考えていた。
そんなうちに、中島というオッサンの話す内容は3年前に起きたある事件の事に変わっていた。
「ああ、その事件に特定能力者の少年が関わっていると言う噂があってね、それを追っているうちに色々知ったんだよ、自分の得た能力と、あのデスゲームの内側をね」
「デスゲームって、俺たちの意識が閉じ込められた、あのゲームの事なのか?」
「ああ、あのゲームはな、ある宗教団体が特定能力者を造り出すために、デスゲームに仕立て上げたとしたら、どう思う?」
「いまの俺の追い込まれた状況を考えたら、そんなふざけた真似をした奴は、全員ぶっ殺してやるよ」
「そうだ! 事実、ゲーム会社と宗教団体の幹部は全員殺されてる。 それも俺たちと同じ特定能力者と思われる高校生の手によってな」
「マジか! そいつは今どうしてるんだ? 仲間に居るのか? それとも捕まって洗脳されちまったのか? もしかして、殺られちまったのか?」
「残念ながら、行方不明だ…… 何処へ逃げたにしても、国が全力を挙げて行方を追っているのに、消息が一切不明だ。 もう死んでいるか、あるいは国外勢力に拉致されたか。 あんまりにも情報がなさ過ぎて、異世界へ逃亡したなんて荒唐無稽なネットの噂もあるくらいだよ」
「そいつの事件が原因なのか? 俺たちを目標にした法律が出来たのは」
「そうだとも言えるし、違うとも言えるな。 切っ掛けになったのは間違いが無いが、遅かれ早かれ誰かが事件を起こしていただろうさ。 それは、君自身が良く判ってるんじゃ無いか?」
「――ああ、確かに力を手に入れて有頂天になっていたからな。 最初にやった些細な事から、どんどんエスカレートして行く自分の行動を止められなかったのは、事実だもんな」
「そうだな、それは君だけじゃ無い。 ほんの少しの誘惑に、昨日よりもちょっと刺激的な今日の誘惑に勝てる者は、中々居るもんじゃないさ。 俺たちは、そうして追われるようになった仲間のようなものだ」
「ゲームに捕らわれた全員が特定能力者になって追われたのか? 俺を襲った奴らも能力者だったけど、奴等は協力する事を選んだ奴等って事なんだな?」
「事件の全部を俺が知っている訳じゃ無いけど、全員じゃ無いみたいだな。 国のマークはさっきの行方不明になった高校生の事件を切っ掛けにして、ゲーム内監禁事件の被害者全員に付いたらしいけど、能力に目覚めたと認められない者も居るらしいよ」
「国に協力した能力者は、どれくらい居るんだ?」
「正確には判らないけど、俺が調べたところでは能力が強い者ほど国に逆らう傾向があるみたいだな。 俺や、きみや、ここに居るレジスタンスの仲間のように、ゲームの中で特定職の最高位まで登り詰めた者ほど、強引な手法で首輪を付けられる事を嫌う傾向があるのかもしれないな」
「自分の得た能力に自信が無いから、国家の後ろ盾って言うか、長い物に巻かれたがるって言いたいのか?」
「それは極端な意見だな。 そっちの方が得だからと冷静に判断して国の洗脳教育に参加した高位の能力者も少なくは無いはずさ。 どう考えても、国に逆らってまでこっちに参加するのは馬鹿のやることだしな」
「で、こっちの仲間は何人居るんだ? ここに居るのが全員なのか?」
俺は、ここで改めて周囲を見回した。
俺と中島のオッサンを取り囲むように、9人の特定能力者が自由なスタイルで座って、こちらを黙って見て居た。
「ああ、これで全員だ。 数は少ないけれど、全員が何らかの職業のマスターやらロードの最高位まで登り詰めた強力な能力者だよ」
「で、敵の人数は、どのくらいなんだ?」
これまで、俺が何とか倒してきた敵の数は10人を軽く超えている。
ゲームに拉致された人数は、たしか100人ほどだったんじゃないだろうか?
「俺たちや君が倒した数を除けば、残りはせいぜいが15名から20名くらいじゃないかな」
「それが、ゲームに拉致された能力者の全員なのか?」
ここに居る奴等と協力するのなら、俺を入れて全部で11名だ。
残っている能力者の数が多過ぎなければ、まだ俺たちが勝てるかも知れない。
「俺たちの誘いにも乗らず、国の誘いにも乗っていないグループ1組だけあってな、色々とあちこちで事件を起こしているらしいが、そいつらも今は行方不明だ。 だから、これが全員だよ」
「なんだよ、行方不明って。 まさか、そいつらも異世界へ逃げたとか馬鹿な事を言うんじゃ無いだろうな」
実際に現実と戦っている俺にとって、異世界とか言うふざけた話は、馬鹿にされているようでムカついた。
現実逃避をしてどうになかるのなら、とっくに俺もこんな世界を捨てて、異世界とやらへ脱出しているだろう。
「なんでも、最初に行方不明なった高校生が最後に確認されたのが、和歌山の山奥にある父親の実家でな、そのグループもご多分に漏れずずっと監視されていたそうで、年に一回はそこに集まっていた事が調査資料に載っている」
「そこに、何か行方不明の原因でもあるのか…… って、まさかな」
一瞬、本当なのかという想いが心を過ぎるが、すぐさまそれを自分自身の理性が否定する。
現実世界には現実世界なりの、説明がつく理屈や理由があるはずなのだ。
「実は、これは俺の仕入れた特定機密に属する情報なんだが…… その実家に国の捜査員が入った時に、裏庭に描かれた魔法陣が見つかったという噂がある」
「なんだよ、魔法陣とか一気に嘘くさくなって来たな。 その特定秘密を知ってるオッサンは、いったい何者なんだよ」
そう言い切った俺に、オッサンは呆れた顔で言い放った。
どうやらオッサンは、真面目に魔法陣とか馬鹿げたことを言っているらしい。
「現実に魔法や忍術を使えるくせに、魔法陣を嘘くさいとか言うのかい? 俺はただのフリーのジャーナリストに過ぎないけど、特定能力者になって以来、政府が秘密としている情報に接するのは、ずいぶんと楽になったがな」
「ふん、で、どうすんだ? このまま国を相手に戦うのか? それとも手を挙げて投降するのか?」
俺は、話半分でそれを聞き流す。
そんな事よりも、今後をどうするのかを俺は先に聞きたかった。
「洗脳されて国のために生きるのは、悪いがまっぴらゴメンでな。 ここに居る仲間も、みんな同意見だ。 だが、このまま国を相手にするには、俺たちが小さすぎるのも事実だ。」
「全員、倒しちまえば良いんじゃねーの?」
全員を倒してしまえば、すべてが解決すると本音で思っていた訳じゃないけど、そういう期待が無かった訳でも無い。
あまりに、長く続く戦闘と逃亡の繰り返しから、解放されたかったという気持ちから出た言葉だ。
「国が相手だと、それで終わる訳じゃ無い。 これからもずっと、日本にいる限りは犯罪者として追われ続ける事になるぞ。 例え国の側に付いている能力者を全員倒しても、俺たちが表で買い物すらできない事に変わりは無いし、歳を取って死ぬまで追われ続ける人生でも良いのか?」
「行方不明になった奴等は、何処に逃げたんだよ? まさか、国外とかなのか?」
「それは可能性がゼロじゃないが、どうかな? 失踪した最初の高校生の父親の実家付近で、それらしきグループを見たという噂も無い訳じゃ無い。 現地の山の中で大きな爆発音を聞いた者も居るらしいし、まんざら根も葉もない嘘とは言い切れないかもしれないな」
「俺たちも、其処へ行ってみたらどうなんだ? 何か手がかりが掴めるんじゃないかな」
そこまで俺が言った時に、今まで黙って聞いていた中島と言うオッサンの仲間たちが、一斉にしゃべり出した。
中島というオッサンは俺の質問には答えず、咥えたままのタバコに火を付けて、仲間の連中が自由に話すのを黙って聞いているようだった。
「行方不明なのは、とっくに捕まってるか、あるいはもう殺られて全員が死んでるって線もあるけどな」
「ああ、姿を見たって噂も、俺たちを誘い込む罠じゃ無いとは言い切れないぜ」
「だけど、封鎖されたこの街に居ても、じり貧だろ」
「いよいよ軍が出てくるって話もあるんじゃないか?」
「そうよね、テロ組織に占拠された街だもんね、ここは」
「そうそう、核テロとか言いたい放題だよな」
「マスコミも味方じゃなさそうだし、どうすんのさ」
「ちょっと待て、テロ組織って何だよ? 核テロってどういう事なんだ?」
俺は、思わず聞き返してしまった。
俺には、そいつらが当たり前のように話している言葉の、その意味するところがまったく解らなかったからだ。