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07:特定能力者狩り

 『見切り』の発動によって周囲の速度が著しく低下してすぐに、矢島の従者二人のうちで、彼の前に出ていた方の男が消えた。

 こいつは短髪で体脂肪の少なそうな、細マッチョとでも言うべき精悍な体型をした、俺より少し年上っぽい方の奴だ。


 背は、俺と同じか少し高いくらいに見える。

 矢島の後方で待機していた俺と同じか、細い髪の毛のふわっとした少し若い方の男は、口元を右手で隠して何事かを呟いているように見えた。


 俺より少し背が高そうなそいつは、同じ場所に立ったままだ。

 その眼前に居る矢島は、ゆっくりと体勢を変えようとしているようだ。


 突然ズン!と言う衝撃と共に、ぐらりと俺の乗っている銀杏の木がメリメリと音を立てて傾きだす。


 矢島の様子に気を取られていた俺が慌てて真下を見れば、消えたと思っていた年上っぽい男が木の根元に居た。

 そいつは、両手にゲームの中である職業が愛用している武器であるジャマハダルっぽい刃物の光を煌めかせて、両腕をクロスさせた姿勢で立っていた。


 何のスキルを使ったのかは判らないけど、あいつはアサシン系の接近職だと判る。

 グラリと急速に傾く銀杏の木の、たちまち不安定になった枝の上で、俺はバランスを取り戻そうとして、眼下の敵からつい視線を外してしまった。


 急激に首筋にゾクッとしたものを感じて、俺は倒れ行く銀杏の枝の上から跳んで移動しようとする。

 足に意識を集中した処で、粘つくような『見切り』の影響とは違う感触の抵抗を感じた。


 足下に視線を送ると、枝の上の空間、俺の足下に不可解な泥沼が生じて俺の動きを阻害しているのが見て取れる。

 その僅かな反応の遅滞の間に、倒れ行く銀杏の根元から二本のジャマハダルを胸の前でクロスさせた姿勢のまま、アサシンが幹を駆け上がって来た。


 逃げようとした俺の足下が、空中に生じた泥沼でズルリと滑る。

 不安定な崩れた体制のままで、俺は掌中にスキルで三本のクナイを生じさせると、アサシンに向かって一本を、そして残りの二本を魔法使い系だと判別された男と矢島に向かって投げつけた。


 もちろん、すでに印を組んで身体能力のブーストアップは済んでいる。

 低下した周囲の速度の中で、一際速く三本のクナイがそれぞれの敵に向かって飛んでいた。


 もちろん、相手が俺と同じゲームで能力を手に入れたと仮定すればだけど、その場合は『見切り』が発動しているはずだから、そんな物で片が付くとは思ってはいない。

 今はとにかく、体勢を立て直す時間が少しでも欲しかった。


 幹を駆け上がってくるアサシンの口元が、何事かを呟いている。

 次の瞬間、胸の前でクロスされた両手が下に向かって振り下ろされた。


 二本のジャハマダルから放たれたものは、十字形をした閃光だ。

 それが俺の放ったクナイを綺麗に弾いて、そのまま俺の方に向かって飛んでくる。


 左手に拒絶結界弐式を纏わせて、盾のように防ごうとする俺。

 間髪入れずに轟という音がして、後ろから強烈な突風が襲ってきた。


 ほぼ同時に二つの金属音が聞こえて、俺の放ったクナイが矢島と魔法使いの前に落ちた事を悟った。

 予想はしていたが、恐らくは魔法使いの奴に結界を張られたんだろう。


 バランスを崩したままの俺は、そのまま前に倒れそうになる。

 反射的に拒絶結界弐式を纏わせた左手を下方向に向けて、無意識に体を庇おうとしてしまうが、これは最悪手だった。


 急いで体勢を崩したまま左手を引き上げて、十字形の閃光を辛うじて受け止める。

 左腕ごと後ろへ吹っ飛ばされそうな、強烈な衝撃が来た。


 身体強化の術を発動していなければ、肩の関節が外れるか、あるいは腕が折れていたかもしれない程の衝撃だった。

 突風に後ろから押されて体勢を崩したところへ前からの衝撃を喰らって、俺の足は完全に宙に浮いていた。


 そこへ、走り寄ってきたアサシンの高速ジャマハダル連打が襲う。

 ズタボロに切り裂かれた俺は、襤褸切れのように倒れ行く銀杏の木と共に地面に激突した。


 銀杏の木と同じように、二度三度地面でバウンドする俺の体。

 地響きの中、ぐったりと動かない俺の体に宙空から発せられた氷の槍が三本連続で突き刺さる。


「ふっ、偉そうな口をきく割に、あっけなかったな」


 矢島が、俺の死体に歩み寄ろうと足を踏み出す。

 その肩を掴んで、引き止める魔法使い。

 無言で、首を振る


「あれは、おそらくダミーです」

「何っ?!」


 戻ってきたアサシンが、矢島にそう告げた。

 流石はアサシン、察しが良い。


 慌てて、矢島が踏み出そうとした足を止める。

 サラサラと砂が崩れ落ちるように、俺の分身がバラバラになって消えた。


 アサシンの男は、ゲームの中でニンジャと戦った経験もあるのだろう。

 矢島を二人が前後から挟み込むようにして、周囲に注意を払っている。


 跡に残っていた氷の槍も、スキルの効果時間が過ぎて消えて行く。

 俺は影分身を枝の上に残して、別の場所に転移していた。

 これが、朧影分身の術だ。


 隠遁の術を発動している俺は、アサシンのハイドと同様に気配感知に引っかかることは無い。

 俺は、離れた場所から三人を観察していた。


『サーチライト!』


 何やら呟いていた魔法使いの男が、突然顔を上げてそう叫んだ。

 ボンッ!と音を立てて出現した眩しい光球が二つ、魔法使いの前後半径5m程の空間に出現して、時計回りに小走りほどの速さで回転を始める。


 たちまち、その光が届く範囲に居た俺の姿が隠れていた覆いを取り外されたかのように、白日の下にさらされた。

 しゃがんでいた体勢のまま、魔法使いの男と目が合う。


「ちっ!」


 既に、俺の目の前にはアサシンの男が迫っていた。

 しかし、双方に『見切り』が発動している以上、お互いに正攻法で決定的な技を仕掛けるのは難しい。


『蜘蛛糸縛りの術!』


 俺は、右手で何かを投げつけるように、アサシンに向けて腕を振った。

 俺の右手の平から放たれた真っ白い糸状の物が、大きな網のように視界いっぱいに広がってアサシンの進路を塞ぐ。


 急停止の後に急旋回をしたアサシンが、糸の網をくぐりぬけて再び俺に迫る。

 鋭い目つきで、俺をロックオンしているのが判る。


 魔法使いは、つい先ほど迄矢島が座っていた木製ベンチの前で、口元を隠すように何かを呟いていた。

 恐らく何か、次の魔法を仕込んでいるのだろう。


 間近に迫るアサシンに対して、俺は焦っている風に慌ててバックステップして下がろうという姿勢を見せた。

 アサシンの左の口角が僅かに上がったように見えた。


 そう、単純に真後ろに下がるのは、戦う上では愚の骨頂だ。

 スキル無しで比べれば、体勢的に後退速度よりも前進速度のほうが数段上なのだから。


 俺の体が後退を始める前に、アサシンのジャハマダルの攻撃距離に入ってしまった。

 何か武技も使ったのだろう、元々攻撃速度の速いアサシンだけに、俺はろくに動けない。


 一瞬アサシンの男が、少しだけ訝しげな表情を見せた。

 しかし、躊躇無く俺の体を切り裂く二本のジャハマダル。


 サラサラと砂のように崩れ落ちる俺の分身。

 初めから予想していたかのように、その場で辺りを見回すアサシンの男。


「サーチライトを頼む、久住!」


 アサシンが、魔法使いに向けて叫ぶ。

 魔法使いの名前なんかに興味は無いけど、それに呼応した久住という男は、詠唱中の術をキャンセルして『サーチライト』を、再び唱える。


「なっ!」


 突然、俺を探していたアサシンの身長が急激に縮んだ ――ように見えた。

 地中から突如突き出した俺の両手が、ガッチリとアサシンの両足を掴んで地面に引き釣り込んでいたのだった。


 下半身を地中に埋めたままで、アサシンが両手のジャハマダルを足下の地面に深く何度も高速で突っ込む。

 強烈な閃光が、僅かに盛り上がった土の隙間から漏れた。


 たまらずに地面から飛び出した俺を、魔法使いの放ったアイスボルトが一発だけ襲う。

 たぶん、それが久住という男にとって一番詠唱時間の短い術なのだろう。


 氷の矢に直撃されて、俺の分身が地面に転がる。

 俺には、魔法使いの焦りが見えたような気がした。


 矢島は、慌てて魔法使いの後ろに隠れようとしている。

 自分を盾にしようとする矢島の行為に、少しだけ魔法使いの意識が俺から逸れた。


「後ろだ! 久住!!」


 アサシンが、必死の形相で叫ぶ。

 先程まで俺が居たはずの場所には、氷の矢に射貫かれた破壊された木製のベンチが転がっていた。


 そう、周囲に適当な無生物が存在しない事を把握した上で、敢えて相手の攻撃を受けて『変わり身の術』を意図的に発動させたのだ。

 俺は目の前に居る矢島には目もくれず、その前にいた魔法使いの久住という男の喉元に、術で造り出したクナイを突きつけた。


 しかし魔法使いは、そんな状況なのに焦った様子も無い。


 地面に埋まって動けないアサシンも、何かホッとしているような様子に見えた。

 矢島が慌てて腰を抜かし、スーツの尻を地面に擦るようにして、俺から後ずさって離れる。


 魔法使いが焦っていない理由は、おそらく何らかの防御結界を張っているからなのだろう。

 物理攻撃や、魔法攻撃を防ぐ防御結界を張られていれば、そう簡単には突破出来ない。


 しかし防御結界の効果時間を考えると、戦う直前に張っていたとしても、すでに切れているはずだった。

 だから、その自信から察するに、効果時間が長い代わりにMPを防御の度に一定率で消費する、魔法使い特有の絶対防御スキル『エナジーコーティング』を使っているのだと判断した。


 攻略サイトの他職情報は、誰でもそれなりに頭に入っているものだろう。

 人気職の魔法使いは、俺もニンジャに決める前は候補に挙げていた職業の一つだから、それくらいは把握している。


 この『エナジーコーティング』は、絶対防御の代わりにダメージ軽減一回につき一定%のMPを消費する事になっていた。

 そう、例え1,000のダメージでも10万のダメージでも、一回当たりに相殺されるMPの%は一定だ。


 それは言い換えれば、1のダメージでも10万のダメージでも同じだけMPを消費する事を意味している。

 そして、MPがスキルで使用する最低値を下回ったときに、防御力は消失するのだ。


 俺はクナイの先で、小刻みに久住という男の喉元を高速で突き続ける。

 カカカカカカカ…… 俺のクナイが、ダメージは極小の代わりに超高速でこいつのコーティングを削り続けた。


「や、やめろおぉぉぉ、止めてくれぇ!」


 久住と言う男の叫びを無視して、何十回目かになるクナイの刃先が、僅か数秒で奴のMPを削り取った。

 首から吹き出す真っ赤な血しぶきが、黒っぽいシャツの色を赤黒く染め上げて行く。


 地面に尻を突いたまま呆然と俺を見上げている矢島を無視して、俺は心の中で印を結んだ。

 ゆっくりと視線をアサシンに向けると、何かを察したのか見苦しく必死で脱出しようと足掻き始めた。


『土遁、地爆葬の術』


 ドン!と、耳をつんざく轟音、そして噴き上がる火柱と共に、アサシンの体が吹っ飛んだ。

 ボトリと、尻餅をついた姿勢の矢島の、開いた両足の間にアサシンの千切れた右腕が落ちる。


「ひぃぃぃぃぃ!」


 俺は充分に恐怖を感じるだけの時間を掛けて、矢島に向き直った。

 本来はアサシンだって魔法使いだって、こんなに雑魚な訳じゃ無い。


 俺は相手の能力が予想したよりも数段低かったことを、感謝した。

 もちろんその相手は、実際に居るのか居ないのかも判らないような、神様なんかじゃない。


「で、オッサンは俺をどう排除するのかな?」


 ここまでだと悟った者の最後のプライドなのか、それとも最後の悪あがきなのか、矢島は一つ深呼吸をすると強気な態度に戻った。

 そして、俺の目を見据えて言った。


「君を狙っているのは、我々だけでは無いという事を知らないんだろう。 うちにスカウトされれば良かったと悔やまないように良く考えた方が良いぞ」


「まるで、俺をスカウトする気があったような、都合の良い言い方だな」


「まて! 悪いようにはしないから、うちに協力してくれないか? 君たち特定能力者を人類に危害を加える存在だとして、排除するような外圧もあるんだ。 うちは、協力的な特定能力者を取り込んで戦力とすべきだと…… 」


「見苦しいから、さっさと死ねよ!」


 俺は心の中で、矢島に引導を渡すべく、印を結んだ。

 こいつの下に入るのは、まっぴらゴメンだ。


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