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05:不可逆的未来予想図

 肩がぶつかってから10数分後、俺は繁華街から少し離れた雑居ビルの屋上に居る。

 遠くから風に乗って近付いてくるサイレンの音に、俺はビクリとして顔を上げた。


 胸に手を当ててみると、まだドキドキと動悸が治まっていないのが判る。

 まさか中学生を相手に、奴等が俺にどうやっても勝てないと知って刃物や拳銃を持ち出すとは思っても居なかったのだ。


 中学生や高校生を相手にした喧嘩の延長線上で考えていた俺が甘かったのだけれど、あんなに簡単に他人を殺す事の出来る凶器を出してくるなんて思わなかった。

 気が付けば、大量の血だまりの中にヤクザ3人が倒れていた。


 正直言えば、刃物は怖くない。

 それを振るう速度は、どうやっても人間の筋力の限界を超えることが無いからだ。


 だけど銃は違う。

 撃ち出された弾丸は、生身の肉体の筋力で避けられる物では無い。


 眼球すら自由に動かせない程の、スローモーションが急に静止画に切り替わったかのような体の感覚から周囲の時間が止まってしまったのかと思った時、俺は視界の端から俺に向かってゆっくりと近付いてくる弾丸を見つけた。

 避けようとする俺の体も、周囲の風景と同じくピクリとも動かす事が出来ない。


 冷静に考えれば、『身体賦活』を最大レベルで使ったのなら、ギリギリ避けられたのかもしれないとは、後になれば思いつく。

 だけど、生まれて初めて見た弾丸という凶器がゆっくりと自分に向かってくるという圧倒的な恐怖心の中では、俺がそれを思いつくことは無かった。


 自由に動かない体でどうするべきなのかを必死で考えた俺は、迫る弾丸と俺との間に防御用の結界を張る事を思いついた。

 いくつかある結界忍術の中で、この状況で使えそうな物をリストアップする精神的な余裕も無かった。


『陽遁 拒絶結界壱式!』


 俺の目の前1mほどの空間に無色透明な拒絶結界が発動した。

 それは色も無く、術者の俺の目でもハッキリと見る事が出来ない。

 僅かに歪みのあるガラスを通して見る景色のように、少しだけ歪んで見える向こうの様子から、それが俺と弾丸の間に存在していると認識するしか無かった。


 それを何処まで信用して良いのか、俺の心に不安が過ぎる。

 だけど、まともに身動きも取れない俺には、それを信じるしか無かった。

 完全に、俺はパニクっていたんだと思う。


 ゆっくりと進んでくる弾丸が、やがて拒絶結界に到達した。

 おそらく、実時間では数ミリ秒の世界なんだろうけれど、俺にはとてつもなく長い時間に感じる。


 ビシリと弾丸が当たった場所が白く濁り、そこから雪の結晶が成長するように白いヒビのような幾何学模様が瞬時に広がって行った。

 白い模様が結界の端まで広がり切ると、俺の張った拒絶結界の大きさが判る。


 それは直径2m程の多角形をしていた。

 もう当たり前と言えば当たり前なんだけど、それはまさにゲームの中で使っていたものと同じだ。


 凄まじい運動エネルギーの衝撃を受け止めた俺の『拒絶結界壱式』は、再び映像をプレイバックするかのように、ゆっくりと元の無職透明に戻っていった。

 コトリと小さな音を立てて、ひしゃげた弾丸がアスファルトの地面に落ちて少し転がる。


 それを見て、ホッと息を漏らす俺。

 少しだけ、先ほどよりも冷静になった。


 黙ってそのままにしておいても、『拒絶結界壱式』は持続時間が短いスキルだから消えてしまうのだけれど、俺はそれを意図的にキャンセルした。

 この壱式は空間固定設置型で壁のような物だから、直接ダメージが俺に伝わることは無い。


 しかしその絶大なメリットの代わりに、俺は術の設定上の制約として『拒絶結界』の発動している中心部から一定距離以上、離れることが出来ないという、ゲーム設定上の制約を現実世界でも受けてしまうデメリットもあった。

 攻撃の来る方向が想定出来ているという前提で考えるならば、完璧に攻撃を相殺する事が可能な絶対障壁として使うのが、ゲームでは無い現実世界でも正当な使い方だろう。


 けれど、完璧に見えるこの術にも一つだけ不確定な要素が、ゲームでは付け加えられていた。

 それは俺の意図しないパッシブスキルが勝手に発動してしまった場合には、術がキャンセルされてしまうという事だ。


 逃げる為に使うのには少し不便で、かと言って自らが動いて攻撃を仕掛けるのなら空間固定型では無い結界の方が便利だろう。

 防御をしながら移動するのなら、任意の場所に付着させて発動する事が出来る『拒絶結界弐式』か、自分を中心とした球形の結界である『参式』を使えば良かったのだが、その時の俺にはそこまで考える余裕は無かった。


 そして俺は、そこで自分の犯した大きな間違いに、ようやく気付いた。

 拒絶結界を解いたというのに、静止に近いスローモーション状態がまだ解除されていなかったのだ。


「しまった、一発じゃ無かったのか!」


 ドクン!と俺の心臓が一つ大きく鼓動して、胸を不快な感覚の何かが下向きに通り過ぎる。

 ほぼ静止に近い『見切り』の発動が続いているという事は、それだけ高速で危険な何かが俺に迫っている事を意味する。


 ほぼ眼球が動かせない状態なので、俺は限られた視界内を必死で探した。

 後から冷静に考えれば、そんな事をするよりも拒絶結界をもう一度張るか瞬身跳躍で逃げれば良いのだが、それすらも焦った俺は失念していた。


 突然、俺は自分の視界の外側、つまり動かせない眼球では捕らえることの出来ない腹部に小さな圧力を感じていた。

 最初は触れるか触れないかというくらいに小さかった圧力が、次第に俺の腹の肉をメリメリと押し分ける強引な物に変わって行き、何かが強引に俺の中に押し入ろうとしているのが判る。


 次第に強くなるその圧力が痛みに変わる瞬間、俺は奴等の後ろに意図せず転移していた。

 パッシブスキルの『変わり身の術』が発動したのだと気付いたのは、場違いにも小さな穴が一つ空いた水色の大きなゴミバケツが先程まで俺の居た場所にあるのを見てからだった


 絶体絶命のピンチになったときに自動発動する『変わり身の術』は、その代償としてゲームの場合は大量のMPを消費するはずだったが、まだ俺にその感覚は無い。

 そしてそれは身近に存在する、無生物を優先的かつランダムに選択し、瞬時に俺とその場所を入れ替える起死回生のスキルだ。


 それだけ絶大な効果のあるスキルだけど、魔法使いの広範囲魔法に匹敵するMPを消費するという設定もされていて、必然的に術が勝手に発動するようなピンチが連続すればMPもすぐに枯渇するというマイナス設定もゲームではしっかりとされていた。

 しかし、MPインジケータの存在しない現実世界リアルでは、自分のMPがどうなっているのかは判らない。


 つまり、俺は奴等の後ろにあった生ごみの詰まったゴミバケツと、その位置を自動的に入れ替えていたという事だ。

 一瞬だけ何が起きたのかを俺自身が把握できず、ほんの少しだけ思考停止をしてしまった。


 俺の前には俺を撃った奴を含む三人の男達の背中があって、そいつ等は突然俺の姿を見失って動揺しているらしく、キョロキョロと左右を間抜けな様子で見回しているのが見えた。

 その中の1人が何かの拍子に大きく後ろを振り向き、さもギョッとした風に目を見開いた。


 一人だけ拳銃を持っていて俺を撃った男が、その動作に釣られて振り返る素振りを見せた。

 俺の脳裏に蘇ったのは、メリメリと強引に押し入ってくる弾丸の不気味な圧力の記憶だ。


 たちまち冷や汗の浮き出るような死の恐怖に駆られた俺は、奴等を完璧に倒す事を優先して思いついた術を、よく考える間もなく反射的に放ってしまった。

 それは、渦巻く風と乱舞する氷片で巻き込んだ者を完膚なきまでに破壊する忍術で、ゲーム内ではフィニッシュに多様していたものだった。


『風遁 竜巻氷乱の術!』


 四方八方から一気に一点に向かって押し寄せる、猛烈な突風。

 人だけで無く車でも簡単に吹き飛ばせる程の強風が、局地的に発生して奴等をあっという間に巻き込んで、その場で激しく空間を歪める程の強烈な渦を巻いた。

 その中に混じる、人間の頭程もある白い氷片が高速で舞い踊り、激突を繰り返す。


 僅かな時間で術の発動時間が過ぎると自然消滅し、先ほどまでの狂乱が嘘のように局地的な竜巻が霧散した。

 その場所には、周囲に飛び散ってもなお余りある程の大量の血だまりの中に倒れて居る、さっきまで人を威嚇するのに充分な暴力のオーラを撒き散らしていた、3人の男の残骸が残っていた。


 手足は有り得ない方向にねじ曲がり、そしてねじ切れて、血の池に伏した顔すらも既に人の原型を留めていなかった。

 唐突に、胃を突き上げるような鋭い痛みと激しい吐き気が俺を襲う。


「うっぷ!…… 」


 喉元まで出掛かった吐瀉物を、口元に左手を当てて必死で押さえ込む。

 鼻の奥がツーンと痛んで、押さえた指の間から僅かに胃の内容物が漏れた。


 必死で口の中に溢れそうになっている酸っぱくて苦い味のそれを必死で飲み込むと、反射的に涙が滲んで視界が曇る。

 押さえても尚、押さえようのない強い吐き気が波のように俺を襲ってきた。


 自分が一線を越えてしまった事に対するとてつもない後悔がこみ上げてくるのと同時に、ヤクザを相手にして完膚なきまでに叩きのめした自分の事を、嬉しく思っている不可解な自分も居た。

 それはどちらかと言えば、ついに自分に課していた禁断の一線を踏み越えてやってしまった事への、後悔の方が大きかった気がする。




 そのまま家に帰った俺は、それからしばらくの間だけ部屋に閉じこもった。

 自分は悪くないと、俺は必死で自分に言い聞かせる必要があったからだ。


 やつらが銃を出しさえしなければ、あんな事にはならなかったのは間違いが無い。

 ナイフだけならば、何人を相手にしても対処をする自信はあった。

 だからこそ、その行為に悪党狩りと名付けて続けてきたのだ。


 気が付けば出席もしていないのに、俺は当初の想定通りに中学を卒業する事になっていた。

 言い方を変えれば、体よく追い出されたと言えるのかも知れない。


 親や教師が段取りを整えてくれ、俺は願書だけ出せば誰でも進学出来るような底辺高校に入学することになった。

 親も教師も、あんなに俺の事に無関心だったくせに、ずいぶんと勝手なものだと俺は思った。


 入学早々、俺は周辺の中学校から集まって来たクズ共を叩きのめして、再び学校へ行くのをやめた。

 恐れられ、そして避けられる中学校の時と同じ繰り返しになる未来が、どう考えても避けられないと思ったからだ。


 そんな俺を訊ねてきた人が居ると、家に帰った俺に母親が伝言してきた。

 それを聞いて一番先に思いついたのは、まさか警察が俺を逮捕に来たのかという恐れだったけど『変化の術』で顔を変えているし、歩いて帰ってきた訳でもない。

 だから、それは有り得なかった。


 そう考えてみれば、ぼっちな俺を訊ねてくる人物なんて、思い当たる節はまったく無い。

 それに何よりも俺は、相手が誰であれ見知らぬ他人と会いたいと思えるような心境ではなかった。



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