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04:段階的拡大傾向

 事の切っ掛けは些細な事で、教室に入って自分の席に向かっていた俺の足を引っかけようとして、いつも俺にちょっかいを出してくる奴等の1人がそっと足を差し出した事にあった。

 瞬時に発動した『見切り』によってそれに気付いていた俺は、踏み出す足の軌道とタイミングを少しだけ変えて、差し出された足の甲を思い切り踵で捻るように踏みつけてやっただけだ。


 何故、その時に避けるだけにしなかったのかは、判らない。

 今の俺に、それを避けることなど造作も無いことだ。


 それでも、今まで奴等にされた事のあれこれを思い返せば、その足を踏みつけてやるだけの正当な理由になるはずだ。

 ―― いや、それがこじつけだという事は自分でも判っている。


 その時に、それをやってしまった理由なんてものは考えるまでも無い。

 俺は、いつも俺をサンドバックにして憂さ晴らしをしている奴らに、力を得た今だからこそ復讐がしたかっただけなのだ。


 だから俺は充分に避ける余裕があるにも関わらず、気が付かない振りをしてその差し出された足を思い切り踏みつけてやった。

 以前の俺ならば関わりあいを恐れて、わざと足が引っかかった振りをしてよろけて見せていたかもしれない。


 だけどそれは一方的に自分が負うであろう、その先の被害を無難に避けられるのと同時に、俺個人のプライドを酷く傷つける行為でもある。

 体が受けるであろう直接的な痛みと間接的に積もって行く心の痛みを比べて見れば、その場では体の痛みの方を反射的に避けてしまいがちだ。


 無理矢理に押さえつけて自分でも見ない振りをしている心の痛みというものは、その一方で知らず知らずのうちに深く、そしてうず高く積もって行くのだろう。

 ほんの僅かでも押さえる理由が無くなってその力が緩めば、積もり積もった分だけ勢いよくそれは吹き出してしまうのだと思う。


 今までの俺は、それを無理矢理考えないようにして押さえつけてきた。


 だけど力を得た今の俺ならば、こんな奴らに負けるわけがないという揺るぎない力の自覚と、それから得られる自信というものが、俺にそれをさせた。

 いや…… そんな面倒なものじゃなくて、俺は単純に自分が得た力を憎い奴ら相手に使ってみたかっただけなのかもしれない。


 その後は、お定まりのB級学園ドラマのような暴言から続く、俺が実は内心で望んでいた通りの乱闘騒ぎになって、今のこの状況がある。

 もっともそうなるように挑発したのは、この俺だったりするけれど…… 


 奴等は、いつもなら床に伏して悔しさを噛みしめている側に居るはずの俺が、上から余裕を持って冷ややかに自分たちを見下ろしている事に理解が追い付いていないのか、あるいはまだ受け入れる事が出来ないのか、立ち上がる事も忘れて呆然と俺を見上げていた。

 それは、今日まで続いて来た彼らの常識からは有り得ない現実を目の前にして、それを認める事を奴らの心がまだ拒否しているかのようだった。


 それを現実に目の当たりにしてみれば、今まで何度も心の中で描いていた空想の世界よりも、頭がクラクラする程に愉快だった。

 そしてモヤモヤと心の中に積もっていた鬱憤がスッキリと晴れて行くような、それは今まで何度も何度も夢にまで見た光景だった。


 俺を見るその目に、自分たちが振るわれた圧倒的な力の差に対する戸惑いと恐怖の色が浮かんでいるのを認めて、ゾクゾクっとした愉悦が尾てい骨から背骨に沿って這い上がるのを感じる。

 だけど、それと共に胸元から下腹にかけて、モヤモヤしたどす黒い何かが降りて行くのも俺は感じていた。


 それは得られた愉悦と快感に比べれば、たいした事の無い不快感だったが、妙に気になる感情でもあった。

 だけど、俺はそれを特に気にする必要がある物とは考えていなかった。


 いつもと違う成り行きを目にして、驚いたように俺と奴等の争いを見ていたクラスの連中は、俺が薄笑いを浮かべながら顔を向けると、慌てて顔を背ける。

 その様子を見て、俺は勝ったと思った。


 ちょっとやり過ぎた感はあるけど、今までずっと俺がされていた事の鬱憤に比べれば、こんな事は他愛のない子供の遊びのようなものだ。

 俺がやられていた事は、こんなもんで済まされる事なんかじゃ無い。


 奴らには、打ち身と鼻血だけで済んだ事を感謝して欲しいくらいだ。

 いや、掃除用具のロッカーにぶつけた奴は骨にダメージを負っているかもしれない。


 だけど俺は、奴らから何度も何度も屈辱的な目にあって腕を折るような大怪我もしたし、階段から突き飛ばされて危うく死にそうになった事だってある。

 それに比べれば、この程度のことは大したことがある筈が無い。


 トイレの便器を舐めろと言い出さないだけ、俺はまだまだ優しいものだと思う。

 中学に入って以来続いてきた屈辱に満ちた日々を、俺は思い返していた。


 その日以降も自分たちが俺に負けたことを理解出来ない程に頭が弱いのか、それとも人数を増やせば俺に勝てるとでも思ったのか、懲りもせずに何度か奴らは数を頼んで仕返しに来た。

 最後の方は他校の連中まで巻き込んで仕返しに来た奴等を、何度も何度でも完膚なきまでに叩きのめして、俺はクラスの…… いや、学校の誰からも見下されることは無くなった。


 そもそもが、これは人数の問題じゃあ無いというのに、どうしても俺が奴らよりも上の存在だと言う事を理解したくないらしい。

 今までずっと立場が俺よりも上だと勘違いをしてただけに、傍から客観的に見れば馬鹿みたいだけど、みんなそこが根底から変わったと言う事を認めたくないんだろう。


 だけど、力関係が真逆に変わったというのに、何故か以前と同じように俺は孤独だった。


 俺を恐れた奴等から腫れ物に触るような扱いをされる事は、無視されるのとは別の意味で俺を孤独にさせる。

 いや、辛さのベクトルが示す方向が確実に違う事は間違い無いけれど、孤独という言葉その物の意味では俺の置かれた状況は同じなのかもしれなかった。


 存在が無い物のように無視をされるのも辛いが、存在を充分に意識した上で露骨に避けられるのも、やられて見ると想像以上にストレスが溜まる。

 結局のところ、学校に俺の居場所なんてものは元から無かったという意味では、どちらも同じだ。


 誰も口に出したり態度に示したりはしないけれど、学校中が俺を拒絶している事を如実に感じる。

 そんな毎日が続いて、俺は結局のところ学校には行かなくなった。


 せっかく、半年以上も休んでいた俺を2年に進級させてくれたというのに、俺は不登校を選んだ。

 どうせ義務教育なんだから、黙っていても卒業は出来るだろうと考えて…… 




 それからしばらくして、俺はカツアゲを何度か喰らって以来行くのを止めていたゲームセンターへと向かった。

 痩せ型で身長が170cmに少し足りない小柄な俺は、弱い物イジメの好きな奴等の小遣い稼ぎには良いターゲットだったようだ。


 ゲームセンターに入り、対戦型カードバトルゲームの筐体の前に座る俺。

 しばらくすると、俺の周りにタバコ臭い人間の気配が集まって来るのを感じた。


 俺はモニターを眺める振りをして、下を向いたままニヤリと嗤いを漏らす。

 やっぱりここなら、暴力で他人を言いなりにしようと考えている馬鹿な連中が入れ喰いだ。


「おい! お前中坊だろ、悪りぃーけど金貸してくんね?」


 ガン!と俺の座っていたシートが蹴りを入れられて揺れる。

 俺は下を向いたままスッと立ち上がって、満面の笑みでそいつらの方を振り向いた。


 恐らく予想していなかった俺の態度を見て、一瞬奴らが動揺を見せたのが判る。

 そりゃあそうだろう。

 こんな一対多の状況で笑っていられる人間なんて、マンガとかドラマの世界だけにしか存在する訳が無い。


 しばらくした後、俺にタコ殴りされてゲーセン裏の駐車場で苦しそうな呻き声を漏らしてうずくまる他校の不良共を放置して、俺は別のゲームセンターへと向かった。

 こんな程度の事では、俺の底で渦巻く訳の判らない黒いものが収まる気配は無い。


 学校へ行かなくなって尚更、俺の腹の底で渦巻く訳の判らない苛つきは消えるどころか増していた。

 だけど、それは力を思うままに振るっているときだけは気が紛れて忘れていられるから、俺は少しだけ以前よりも歯止めが効かなくなっていたのかもしれない。


 力で他者を捻じ伏せ、そして圧倒する快感は間違いなく癖になる。

 自分がとてつもなく強者であるという実感と、それに伴う脳が痺れるようなクラクラとする快感は、何度味わっても味わい尽くせない程に良いものだ。


 元々自分の力の無さと言うものを嫌というほど実感していただけに、得られた力の行使による快感を求めて、少しずつ俺の行動はエスカレートして行った。

 一人で居る事に理由もなく苛つけば、それを解消するために叩きのめして良いと思える相手を探すという負の連鎖に、どうやら俺は陥っていたようだった。


 その日から俺は、自制心の足りないバカ共を相手に日頃の鬱憤を発散させる事を繰り返した。


 ちょっと繁華街に出れば、そういう相手を探すのに手間は掛からない。

 見るからにバカそうで悪そうな奴等が相手であればある程、俺の良心って奴もさほど痛まなくなっていたから、俺は次第に悪党狩りという新しいゲームにハマって行った。




 町中の悪党どもを痛めつけて手近なターゲットを無くした俺は、近隣の町へも出向くようになった。

 そして今では、俺の姿を見ると町の悪どもがコソコソと逃げ隠れするように迄なっている。


 もっともそれだけじゃあなくて、俺の事を知っている近隣の中学生や高校生までが俺の姿を見ると露骨に避けるようになったのは、ご愛嬌だ。

 怪我をした奴らの親が怒鳴り込んできた事もあるけれど、あえて目撃者の居る場所を選び、しかも奴らから手を出してくるまで俺は手を出さないから、今のところ警察に訴えられる事も無かった。


 しかし、俺の感じる孤独感は一向に癒やされるどころか、ひりつくほどの焦燥感と共に余計に俺の心を責め付けていた。

 苛つけば苛つくほど、喉の乾きを癒やすために当てもなく彷徨う砂漠の遭難者のように、俺は暴力による一時だけの癒やしと快感を求めて彷徨った。


 朝早く家を抜け出して、隣接する市の繁華街へと向かう。

 近隣の町まで出張っても俺に手を出す者が居なくなったので、俺は今回のターゲットを今までとは大きく変える事にしていた。


 もはや非力でバカなDQNどもを傷めつけても、当たり前すぎて暴力から得られる快感が無くなっていたのが理由だった。

 俺は更に大きな暴力と、力で相手をねじ伏せる事によって得られるより強い快感を求めていた。


 つまり俺にふさわしい相手は、今までよりもより強く、そしてより悪く無ければならないと言うことだ。

 心の底に少しずつ溜まって行く訳の判らない苛つきは消えないけれど、何時の間にか相手を痛めつける事で理由もなく心が痛むことは無くなっていた。

 俺のちっぽけな倫理観という物は、その頃にはすっかり麻痺していたのかもしれない。


 早朝の繁華街の裏路地には、各所に生ゴミを詰めたゴミ袋が置かれていて、吐瀉物特有の酸っぱい臭いも漂っていた。

 俺はその路地を当てもなく歩く、次のターゲットを探して。


 路地の向こう側から、朝帰りらしい黒っぽい上着に派手な柄のシャツを身につけた、どうみても素人とは思えない3人組が歩いてくるのを見つけた。

 厳つい風体だけではなく、遠くからも判る独特の粗暴なオーラを身に付けている。


 遠くからも判る、その暴力を生業としている者特有のオーラが半端ない。

 俺はこれから起きる事に備えて、一つの術を唱えた。


『隠遁 面相(めんそう)変化(へんげ)の術!』


 自分からは、直接その効果の程を確認出来ないが、夕べ部屋の中で何度も試したから間違いは無いはずだ。

 近くにあるショーウィンドウのガラスをチラリと覗くと、いつも見慣れている俺の顔とは似ても似つかない、厳つい角刈りでコミカルな丸い口ひげの男がそこに居た。


 イベントで手に入れただけの、ゲーム内での戦闘にはまったく役に立たないスキルだけど、まさかこんな場面で役に立つとはゲーム運営会社の誰も思っていないだろう。


 まあ、变化へんげできる顔はイベントで取得出来るだけあって、どこかネタ臭い。

 それは、例えているならば歌舞伎役者風だったり、髭剃り跡の青々としてのホモのおっさん風だったり、コントに出てくる丸い口ひげのオッサンだったりして、普段使いにはまったく役に立たないものだった。


 だけど、なにしろ今回のターゲットは、息を吸うように暴力を生業としている方々だ。

 今日だって命を取る訳じゃ無いから、俺の顔を知られて良い事は一つも無いくらいの判断は出来る。


 後難を避けるなら、ひと思いに殺してしまうか、或いは目撃証言をされないように目をえぐり取って失明だけでもさせるかと、対策そのものはアイデアとしてなら思いつく。

 だけどそれを実行してしまうのは、流石にまだ俺にはハードルが高過ぎた。


 俺が露骨に奴等を避けようとしない事に戸惑っているのか、全員が訝しげな目で角刈りに丸い口ひげを黒々と生やした泥棒コント風の俺の顔を睨んでいた。

 流石に術が使えるんだから負けるわけが無いと判っていても、暴力のオーラを全開にしているプロ相手だと、どうしても踏み出す足が小刻みに震えているのが判る。


 俺は奴等と擦れ違う際に一切道を譲らず、奴等もそれを意識してか俺に照射される暴力の視線とオーラが、大幅に増幅されていた。

 行為からもたらされるリスクが高ければ高いほど、その行為から得られる高揚感は増して行くものだ。


 やがて、双方がみちを譲らなかった事の必然的な結果として、俺の肩が奴等の中で俺に一番近い左端の一人とぶつかった。


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