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03:最初の一歩

 『兵糧丸作成の術』やら『壁走りの術』『影分身の術』など、他にもいくつか術を試してみて、俺は自分の得た異能の力を確信した。

 思わず、顔がニヤけてしまうのも仕方ないだろう。


 それだけに久しぶりに学校へと向かう俺の足取りは、先ほど迄感じていた重さが嘘のように軽い。

 だけどこの足取りが軽いのは、単なる気持ちの問題だけじゃあない。


 現実世界でも術が使えるのなら、話は早い。

 それならばと、ニンジャ特有の身体強化スキルを使わせて貰っただけでしかなかった。


 長く続くゲームのマンネリ打破の為に後から追加されたニンジャと言う職業には、ネタ的な物も含めて多彩な術が存在している。

 ニンジャと言うのはどちらかと言えば、ゲーム開始当初から存在している剣士や僧侶、そして魔法使いや盗賊や狩人などと言った伝統職のように、他職との連携やゲームバランスを考えてスキルツリーを構築されていない。


 むしろ、近年増えているソロプレイヤーを取り込む為に作られたと言われるだけあって、そのスキルの多彩さは支援してくれる仲間が居なくても充分に遊べるようになっていた。

 当然その全てのスキルを取るには相当の時間をつぎ込む事が必要だけど、俺があえてニンジャを選択したのは、仲間が居なくても初期からソロで遊べるからというのが一番の理由だ。


 仲間が居れば、協力して高レベルダンジョンを制覇するという楽しさはあるだろう。

 だけど、その代償として必要な仲間が集まらなければ充分に遊べなかったり、仲間とレベルを揃えるために苦労したり、取りたくも無い補助スキルに貴重なポイントを費やしたり、誰かが来るのを一人ポツンとアジトで待ったりするのは、正直俺には向いていない。


 好きな時にログオンして、取りたいスキルを自由に取得して、好きな場所へ潜り込んで遊べる方が良いに決まっている。

 だから、俺は仲間とつるまなくても済むニンジャを、敢えて選んだ。


 伝統的な専門職には及ばないが、ニンジャにも身体強化や打撃強化の術がある。

 しかしニンジャの真骨頂は、何と言っても魔法使いの最大攻撃魔法には僅かに威力面で及ばない迄も、ワンマンアーミーとも呼ばれる多彩な種類の忍術と、そして同じく最大殺傷能力は劣るもののアサシンにも匹敵する暗殺術と格闘術にある。


 俺は入院で萎えた体に『身体賦活の術』を掛けて、足取りも軽く歩いていた。

 僧侶系の『身体能力向上Lv.10』には遠く及ばないが、それでも最大でLv.5相当のブーストが掛けられる術で、効果が弱い代わりに持続時間は僧侶系の術に比べれば長い。


 まあ、魔力は僧侶系よりも余分に消費するんだけど、一人で遊ぶのに便利な事は間違いない。

 実に俺向きの職業だと、正直言ってそう思う。


 寄り道をして術をあれこれ試していたせいで、遅刻せずに学校へ着くのは難しい時間になっていた。

 俺は狭い路地に入って辺りを見回してから、古びたビルの壁に挟まれた上の空間を見上げた。


 次の瞬間、俺の姿は路地から掻き消すように消えたはずだ。

 地上から跳躍した俺は、ビルの屋上に立っていた。


 印を組まずとも発動する、いわゆるパッシブスキルの『瞬身跳躍の術』も、問題無いようだ。

 俺は学校の近くまで、ビルからビルへと瞬身跳躍して移動する事を繰り返す事にした。


 高速で流れ行く景色が、力の開放と相まって実に気持ち良い。

 どういう原理なのか判らないけれど、ビュービューと体に感じる風は移動を妨げるような強い物では無く、むしろ頬に心地よい程度で収まっていた。


 最後に、俺の通っている中学校の裏手にある雑木林へと大きく跳んで、枯れ葉の積もった地面に音も立てずに着地する。

 これも、隠密系スキルの恩恵だ。


 着地した俺は下を向き、深く腰を落とす。

 片膝を着いてまっすぐ伸ばした右手の平を地面に着け、そして左手を上に向けて伸ばした姿勢のままで、しばらくその場に静止してみた。


 着地の瞬間に、俺の右手から放たれた『風遁 木の葉旋風掌の術』で、地面を覆っていた木の葉が風に巻き上げられて、俺を中心にして一気に吹き上げられて舞い上がる。

 視覚効果も、完璧だ。


 俺の頭の中では、戦隊もののヒーローがやる格好を真似したつもりになっていた。

 その姿を頭の中で想像して、悦に入る。


「かっけぇー! 俺、格好良すぎるだろ」


 誰かに見られたら顔から火が出るように恥ずかしい、小学生のような独り遊びだけど、これをやらずには居られなかった。

 やっぱり、見かけとかスタイルは大事だ。


 実際に何も出来ないくせに格好だけを真剣に真似るのなら、子供じみた中二病の独り遊びと嘲笑われるだろうけれど、今の俺は違う。


 俺は自信満々でスッと立ち上がり、林を出てすぐの小道から見える学校の屋上へと跳んだ。

 高い金網で囲まれた早朝の屋上には誰も居ない。


 屋内へと通じるドアのノブを掴んで捻る。

 屋上のドアは内側から鍵が掛けられていて、校舎の中へと入ることが出来なかった。

 だけど、これは想定内の事だ!


 何年か前にイジメを苦に飛び降り自殺をした生徒が出てから、屋上は高い金網で囲われて、それ以来ずっと立ち入り禁止になっている事くらい、俺だって知っている。

 俺は、先ほど林で拾った一枚の木の葉の根元を、暗い灰色をしたドアの鍵穴に突っ込んだ。


『土遁 草木縛りの術』


 スルスルと生き物のように木の葉の根元が伸びて、鍵穴の中を進んで行くのがイメージできた。

 俺の視覚は、木の葉の根元と同調していた。


 内側の鍵穴から生き物のようにニューッと飛び出した木の葉の根元は、ロックをしていたサムターンに絡みつき、そしてカチャリと言う音と共にそれを開錠する。

 本来は拘束系の術なんだけど、自在に動かせるのならと試しに使ってみたのだった。

 結果は、予想通りだ。


 俺は階段を降りて、自分の教室へと向かった。

 これから起きるだろう事に、胸を弾ませて…… 





 俺の顔面に向けられた渾身の右ストレートを簡単に避けられて、仕掛けた奴の顔が驚愕に歪む。

 この『見切り』がいつでも自動的に発動するのなら、俺に攻撃を当てられる奴なんてこの世の中には居ないだろうと、攻撃を避けながらも俺は湧き上がる笑みを堪えられなかった。


 間髪入れずに、俺は奴にとっての一瞬でそいつの真後ろに回り込んだ。

 俺的には普通に歩いて移動しただけでも、すべてはスローモーションの世界での事だから相手にしてみれば、気が付いたら俺が後ろに居たという感じになるはずだ。


 がら空きの間抜けな背中を、余裕を演出する為に敢えてポケットに両手の親指だけを突っ込んだままの俺は、右足で前に押し出すように軽く蹴り飛ばす。

 奴の黒い学生服の背中に、俺の足跡がスタンプのように残っていた。


 実に滑稽だ、そして何とも痛快じゃないか。

 俺は、脳が痺れるような強者の快感というものを初めて体験していた。


 見事に上体と下肢のバランスを崩し、頭から目の前にある机に突っ込んで無様に顔を押さえて転がる奴を見て、俺は喉から漏れてくる嗤いが堪えられない。

 左隣からタックルを仕掛けてくる奴をかわして足を引っかけてやると、そいつは顔から床にダイブして真っ赤な鼻血を吹き出した。


 鮮やかな赤に染まった鼻に両手を当てて、目を見開き呆然としているそいつの信じられないと言う顔が、俺には何よりも心地良い。

 まさか、いつも無抵抗で奴等のサンドバッグになっていた俺に反撃されるなんて事は、ほんの少しも考えてもいなかったはずだ。


 そうか、奴等は今までこんな愉悦を味わっていたのかと、あらためて納得した。

 人を思うままに動かし、そして完膚なきまでに痛めつけることから得られるドス黒い愉悦は、俺が今まで経験した事の無いものだった。


「そりゃあ、やめられない訳だよな…… 」


 思わず、そんな言葉が口を突いて出てしまう。

 毎日毎日、飽きもせずに俺に手を出してくる理由は、この快感を得るためだったのかと納得した。


 力で相手をねじ伏せて言う事を聞かせる快感と万能感は、まるで麻薬のようだ。

 いや、麻薬なんてのは言葉の綾で実際にやった事なんて無いけれど、ちっぽけな自分が、まるでその時だけは大きな存在になったかのような気持ちになれるのは間違い無い。


 奴らを翻弄しているうちに俺の中に残っていた暴力への抵抗感は、一方的に暴力を振るう事で得られる快感に負けて、徐々に減って行くのが判った。

 だけどクラス中が見ている中でやり過ぎてしまえば、今までの経緯はどうあれ俺が不利になるのは間違いない。


 俺はそんな計算もして、そこから加えようとしていた追撃は止めておく事にした。

 たとえ複数に売られた喧嘩とは言え、やりすぎて過剰防衛になれば被害者であるはずの俺が非難を受けかねない。


 しかし、まだ諦めずに後ろから抱きついて来た奴が居た。

 その腹に、振り向きざまの膝蹴りを叩き込む。


「いい加減に諦めろよ、クソが!」


 あまりに一方的過ぎる力の行使によって多大なる快感を得ているはずなのに、何故か心の底から湧き上がる不可解な苛つきが俺の中に生じていた。

 力を思うままに振るう事に対する愉悦の裏側に、何が隠れていると言うのだろう…… 


 腹立ち紛れに俺はポケットに突っ込んでいた手を抜いて、そいつが腹を押さえて俯いた姿勢なのを良いことに、目の前にある茶髪を右手で無造作に掴んで大きくグルリと俺の周りを一回転させるように振り回した。

 その勢いのまま放り出し、俺の右側で事の意外な成り行きに戸惑っている最後の1人に、そいつを思い切りぶつけてやる。


 掃除用具を入れてあるスチールのロッカーに2人まとめてぶち当たり、激しい音と共にロッカーの扉がベッコリと大きく凹んだ。

 扉が歪んだせいで中途半端に開いたロッカーのドアが、反動でキイキイと音を立てて揺れていた。


 せっかく得る事が出来た力というものを振るう機会を得て、それをセーブする事は本当に難しいと感じる。

 やり過ぎてしまえば簡単に相手に怪我をさせてしまうし、俺が加害者になって罪に問われてしまうような事はデメリットしか無い。

 それでも、力を振るう事で得られる快感への渇望を、理性やその後に想定される損得勘定で抑えるのは難しかった。


 パッシブスキルの『見切り』と組み合わせることで、今まで体術を習った事の無い俺でも相手の動きが確実に読めるし、フェイントにだって余裕で対応が出来る。

 マンガやアニメのスーパーヒーローのような、余裕をぶっこいた対応が俺にも出来るんだから、これは堪らないし、それをやらない理由も無い。


 何よりも、相手の動きを充分に見極めた後から動き出しても、確実に相手より先に攻撃を当てることも出来るんだ。

 そんな事は物語の中の超絶ヒーローだけに許された事だった筈なのに、今は俺がそれを手にしている。


 俺自身が、その超絶ヒーローになったという事自体に、とても満足していた。

 しかし、どう自分の行為を正当化しようとしても、不思議と何故か釈然としない気持ちが心の底の方に残っていたのは、嘘では無い。


 そしてそのモヤモヤが何なのか判らないまま、超絶ヒーローになった筈の俺を妙に苛立たせる。

 俺はもっともっと快感を味わえば、それが消えると思っていた。


 そして俺が想定していた方向とは違う意味で、それは正解だったようだ。


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