11:最後の希望
隠密行動と暗殺を得意とする俺とアサシン兄弟、そしてオッサンの四人で、目的地の農家を監視している役人や能力者を一人ずつ片付けて行く。
既に俺は、自分に敵対する相手を殺す事に、何の感傷も無い。
あれから敵監視部隊を迎え撃って殲滅させた俺たちは、スキルを駆使した戦闘の影響で廃墟となった町で敵本体を撃波した。
敵部隊のスキル攻撃に対して、高威力なスキルを連発して魔力を早々に使い果たした俺たちを救ったのは、俺の蓄えていた兵糧丸だ。
基本ソロ活動向きに設定されたニンジャマスターのスキルの中には、兵糧丸作成の術がある。
これは、支援職との連携に向かない神出鬼没なニンジャに対する魔力補給と体力補給を兼ねた『兵糧丸』という、魔力を大量に蓄積した特殊な丸薬を作成するスキルの事だ。
俺は、暇があれば余剰な魔力を使って、こまめに兵糧丸を作って溜めていた。
それを、戦闘開始前に仲間全員に配っておいたのだ。
世間では今頃、昨日東京都心で起きた国会議事堂を初めとする政府及び国会周辺での連続爆発テロ事件で大騒ぎになっている事だろう。
極力人の居ない時間帯を見計らい、警備員は眠らせて運び出して実行した作戦だったけど、それでも無関係の人が巻き添えを喰らって居ないとは言わない。
人体実験を行っていた研究所へ向かった、前衛、魔法、そして支援職で組んだ正統派チームも、相当派手にやらかしたらしい。
桶川の研究所は、地下深くにある施設ごと跡形無く地上から消えてしまったそうだ。
権力を嵩に着て俺たちを付け狙った事がどれ程の犠牲を払うべき事だったのか、一連の黒幕たちは、今頃思い知っている事だろう。
オッサンの調査を元にして、黒幕と思われる人物たちは隠密行動が得意な俺とアサシン兄弟とオッサンで、首を掻き切って暗殺してやった。
運良くターゲットから外れた関係者たちも、俺たちの反撃の狼煙を見て次は自分かも知れないと、今頃は小便を漏らしながら恐怖している事だろう。
もっとも、これから行く先での結果次第だが、この先俺たちの逃げ場が無くなるのであれば、そいつらも生かしておくつもりは無い。
国という後ろ盾を前面に立てた絶対強者の位置に居て、ちっぽけな個人の意思など虫けらほどにも尊重しようなどと思っていないだろう権力者と役人たちに、俺たちは一泡吹かせたはずだ。
今頃は小さな蟷螂の斧だと過小評価していた俺たちが、その気になれば奴等にも迫り得る死神の大鎌にもなる事も有るのだと、恐怖に震えながらも気付いているだろう。
もう遠いあの日、クラスで俺の足を引っかけようと差し出してきた奴の足を、踏みつけようか避けようかと躊躇した事が嘘のようだ。
それが正しいかどうかという後付けの理由よりも、繰り返されるその行為に人は慣れて行く物だなんだと、今の俺は断言出来る。
ゲームの中で使っていたスキルを現実に手に入れたからでは無く、あの日踏み出した最初の一歩から、何の感慨も無く他人の命を奪うことのできる今日の俺は始まっていたのだろう。
あの日の俺に、もし忠告と言う物が出来るのなら、もう一度よく考えて最初の一歩を踏み出せと言うしか無い。
多少の小競り合いはあったけど、首都での大騒ぎの影響で政府側監視部隊の注意が逸れていたせいもあり、俺たちは真の目的地への潜入に成功した。
俺たち暗殺部隊は、僅かな時間の間に政府の監視部隊を殲滅させて、目的の農家へと到達した。
最後の一人を片付けた俺は、予め示し合わせてあった集合場所へと戻る。
すでに、そこにはレジスタンスの全員が揃っていた。
その見かけは、みんな見る影も無くボロボロだけど、表情は明るい。
果たして噂通りに、あの高校生の父親の実家だという農家には、何かの秘密が隠されているのだろうか?
俺はビショップマスターの慎治が魔力切れだと言うので、まだ僅かに余力のあるハイプリーストの玲奈を横抱きに抱えて、その農家へと瞬身跳躍を使って跳んだ。
もう、兵糧丸は使い果たして残っていない。
目的の農家へ到達して、横抱きにしていた玲奈を解放した。
すかさず、玲奈が残りの魔力を使ってワープポイントの登録を済ませる。
玲奈の合図を待って、俺はみんなの元へと跳んだ。
敵が体勢を取り戻すまでに、事を済ませておきたかった。
ここが無駄足に終わる可能性も相当に有るから、時間を無駄にして増援部隊に包囲されてしまう事は避けなければならない。
残りの魔力を振り絞って玲奈の出したワープポータルに、全員が間を置かず飛び乗った。
俺たちが出現したのは、その農家の大きなガレージの裏にある庭だった。
大きなガレージにはモータースの看板も出ているから、ここは農機などを扱っている半農半業の農家なんだろう。
出現した俺たちは、洗濯物をカゴに入れて勝手口から出てきたお婆さんと鉢合わせした。
騒がれるまえに口封じをするかと色めき立つ修二を、オッサンが慌てて止めた。
修二は、まだ少し余裕がなさ過ぎるようだ。
兄の修一が、そんな修二を諫めていた。
俺たち全員が、少しばかりピリピリし過ぎているようだ。
そんな俺たちを見ても、お婆さんは少しも驚いていないようで、何だか意外に思えた。
普通は、魔法で突然出現した俺たちを見れば、悲鳴の一つだって上げても不思議じゃ無いはずだ。
もしかしたら、このお婆さんはワープポータルの魔法を見た事があるのでは無いかと、俺の頭にそんな荒唐無稽な予想がチラと過ぎる。
「あんたたちは?」
小柄なお婆さんが、そう訊ねてきた。
やはり、怯えている様子も見えない。
「失礼ですが、我々が出現したのを見て驚かないんですね。 もしかして、同じ物を見た事があるのでは?」
オッサンも、俺と同じ疑問を抱いていたようだ。
ゆっくりと優しい口調で、俺たちの前に居る品の良さそうなお婆さんにそう訊ねた。
「あんた方も、和也のお友達ですか? どう見ても、お国の役人さんには見えませんね」
「和也くんと言うのは、その…… 三年前に行方不明になった高校生ですよね?」
オッサンが、お婆さんの言った言葉に反応して、すぐにそう訊ねた。
俺はその時初めて、その高校生の名を知った。
お婆さんは、オッサンの質問にコクリと小さく頷いた。
思わず色めき立つ俺たちを、オッサンが制する。
まだ、目的の家が間違っていなかったという事が判明しただけで、それ以上でもそれ以下でも無い。
この段階で喜ぶのは、気持ちは判るけど、まだ早いのだ。
「あんた方も、と言いましたよね。 我々の他にも誰かが、その…… 六人組ほどのグループも訪れたんじゃありませんか、ここを」
「あらまあ、やっぱりお友達でしたか。 たしか七人連れだったわね、ねえ修蔵さん」
お婆さんが、俺たちの後ろに向かって声を掛けると、物陰から彫りの深い顔をしたお爺さんが現れた。
見れば、だらりと下げた両腕には、一本ずつ大きな山刀が握られていた。
「ああ、確か七人だったな。 少し前の事だから、よく覚えているよ」
七人だと答える山刀を持ったお爺さんの言葉を聞いて、オッサンが首を傾げながら訝しげに呟く。
どうやらオッサンの想定していた人数よりも、一人多いようだ。
「おかしいな、たしか彼が組んでいたパーティの残りは六人のはずだったが…… 」
そんなオッサンをチラリと横目で見ながら、お爺さんは二本の山刀を腰に仕舞う。
そして、俺たちの脇を通ってお婆さんの横に並んで立った。
それはいくぶんお婆さんよりも前に出て、どこか俺たちからお婆さんを庇うような、とても自然な位置取りだった。
ほら見ろとばかりに、修一が修二の頭を軽く小突く。
だって…… と、不満そうな修二の声が小さく聞こえた。
修二が馬鹿な事をしでかしていたら、すべてはぶち壊しになっていたかもしれないのだ。
俺は、結果として何事も無かったことに、内心でホッと胸を撫で下ろしていた。
オッサンが、お爺さんの警戒心を解くように、ゆっくりと口を開く。
ここまで来て何も情報を得られないのでは、すべてが無駄になってしまう。
「すみません、恐らくご存じかと思いますが、我々も政府に追われていまして、些か時間が無い物ですから、率直にお伺いします」
「はて、何でしょう?」
オッサンが馬鹿丁寧に、お爺さんの警戒心を解こうと苦心しているのが判る。
たしかに、回りくどく無駄な時間を使うよりも、率直に聞いてしまった方が早いかもしれないと、俺も思った。
「その…… 我々も彼らと同じように、この世界から脱出したいと考えています」
「無理だな」
即答だった。
オッサンの問いかけは、そして俺たちの唯一の希望は即座に否定されてしまった。
「えっ!?」
予想外の展開に、流石のオッサンも二の句が継げずに絶句した。
なまじ最後の期待をしていただけに、その否定しかない答えを聞いて、俺を含めた全員に落胆の色が広がる。
「でも、知らないって返事じゃなくて、無理って言うのは何故なんだ?」
俺は、ふと覚えた違和感について、念のために訊ねてみた。
何という事も無いニュアンスの問題だけど、ここまで来て後でああしておけば良かったという悔いだけは、どうしても残したく無かったのだ。
「あれを…… 」
お爺さんは、お婆さんに向けた顔を僅かに動かして、何かを持ってくるように合図をしたようだった。
ほんのちょっとした合図なのに、お婆さんは何かを察したようで、建物の中へと戻っていった。
お爺さんは俺たちの方へと向き直ると、残念そうな表情を見せた。
そして、一つの事実を俺たちに告げたのだった。
「異世界へ行く方法は確かにあった。 だが、その魔力を秘めた球は和也の友達が異世界へと持っていったんだよ。 ここに残っているのは、異世界から逃げてきた女の子が持って来た球の残骸なんだ」
「残骸って、どういう事なんですか?」
オッサンも俺と同じ疑問を抱いたのだろう、そう聞き返す。
少しでも何か現状を打開する希望が欲しかったのは、俺たち全員も同じだ。
「うちの孫がな、魔力を込めすぎて壊してしまったんだよ。 今、婆さんがそれを持ってくる。 現物を見なければ諦められないだろうからな、持って来るように言ったんだ」
その言葉に合わせるかのように、風呂敷に包まれた何かを、お婆さんが持って戻ってきた。
風呂敷は、全体が土で汚れていた。
「いずれ家宅捜索が入る事は判っていたからな、裏の畑の土の中に埋めておいたんだ」
お爺さんは、そう言うとお婆さんに風呂敷を開いて中を見せるように促した。
お婆さんはコクリと頷くと、土で汚れた風呂敷に手を掛ける。
「うちに残っているのは、これだけなの」
俺たちの前で、その風呂敷はゆっくりと開かれた。
その中から現れたのは陶器の壺だ。
その蓋を開けて中身を取り出すと、大きなガラス玉が割れたような、キラキラと輝く透明な破片が、大事そうに油紙に何重にも包まれて出てきた。
それを見るだけで、球が使い物にならない事は俺にも判る。
「アウトかぁー」
「異世界って、本当だったんだな」
「ここまで来てダメとは…… 」
仲間の悲痛な声が、次々と俺の耳に届く。
俺も本気で期待をしていた訳じゃ無いけど、異世界へ行く方法が現実にあった事実を聞いてしまった後では、何ともガクリと力が抜けた気分になる。
お爺さんとお婆さんも、申し訳無さそうな顔をしていた。
そんな雰囲気をぶち壊したのは、バトルアルケミストの健成だ。
「俺のスキルで、それを直せるかも…… 」
その発言を聞いた、全員が色めき立つ。
アルケミストのスキルの一つに、壊れたアイテムを再構成する物があると言うのだ。
そして俺は、鼻を突く青臭い匂いで目を覚ました。
上半身を起こして周囲の状況を把握しようとして、自分が見た事の無い木々の生い茂った深い森の中に居ることに気付いた。
一緒に居たはずの仲間の姿は、何処にも無かった。
俺たちは、健成が修復した未知の転移アイテムで、異世界へと転移したはずだった。
どれくらいの魔力を込めれば良いのか、魔力を込めるとはどうすれば良いのかも判らないまま、俺たちは全員で再構成された転移アイテムに残りの魔力をイメージして込めてみた。
その甲斐があったのか、ほんのりと球の色が変わりだした。
すぐさま、俺たちは爺さんたちの案内で魔法陣が残されている裏庭へ移動し、魔力を込める事を意識して気持ちを球に集中させた。
慎治が僅かに回復した魔力で、MP回復力向上スキルを発動させる。
俺たちは魔力の回復を優先して、慎治と玲奈に交代でMP回復力向上スキルを発動してもらった。
徐々に、ゆっくりと球は色を濃くして行くが、なかなかお爺さんの言っていたような濃い色にはならない。
転移のキーとなる呪文の詠唱は、異世界へ和也という高校生と一緒に転移したイオナとか言う人の指示で、お爺さんがICレコーダーで録音しておいたらしい。
そしてそれは、俺たちの前に七人組が転移した時に試した結果、確実に使えると言う事だった。
その七人組も、最初の高校生が転移した時のような濃い色には少し足りなかったようだけど、ICレコーダーの詠唱で転移は成功したそうだ。
だから何処へ跳ぶのか判らないけど、俺たちも転移だけは出来そうだった。
そこへ聞こえてきたのは、静かな田舎には不似合いなヘリコプターの爆音だ。
しかも、それは一つだけじゃ無かった。
どうやら、俺たちに残された時間はもう無いらしかった。
そこで、オッサンの判断でICレコーダーの詠唱を開始させて、俺たちは光り始めた転移の魔法陣に飛び乗った。
そう、まるでワープポータルに乗るような感じだ。
そして、事故はその時に起きた。
白い光に全身を包まれて軽く意識が飛びそうになった時に、転移アイテムの球がパリンと音を立てて弾けて割れたのを俺は見た。
胸を覆い尽くす絶望感と共に、俺の意識はその時に消し飛んだ…… 。
森で目覚めた俺は、状況把握が出来ずにキョロキョロと辺りを見回すが、見渡す限りの範囲に仲間は誰も居なかった。
もしかして置いて行かれたのかとも思ったけれど、ここでそうする理由も思いつかない。
そんな時、突然悲痛な悲鳴が聞こえてきた。
俺は反射的に飛び起きると、声の聞こえた方へと駆けだした。
何が起きているのか、仲間がどうなったのかを知るためにも、独りで居るよりも誰でも良いから人間に会いたかった。
力が漲るような、転移前とは違う感覚に違和感を覚えながらも、木々の間を走り抜けて声の聞こえた方へと駆けつける。
そこには襤褸切れと言って良いような、みすぼらしい格好をした10歳くらいの一人の女の子が居た。
その女の子は両の手を口元に当てて、漏れ出てくる小さな悲鳴を必死で押さえつけながら、ペタリと地面に座り込んでいた。
腰を抜かしたんだと思われる彼女の前には、仲間か親族と思われる同じようなボロボロの衣服を着た男性が血だらけで倒れて居た。
そして、その男性の上には巨大な蜘蛛が、赤い体毛に覆われた大蜘蛛が覆い被さっていた。
俺はすかさず、心の中で印を結ぶ。
『土遁、地突石針の術!』
間髪を入れず、地面から突き出した巨大な石の突起が左右から大蜘蛛の腹を突き破って、その場で磔にした。
俺の想定を超えた大きな石の突起に腹を突き破られた大蜘蛛は、緑色の体液を撒き散らして、やがて息絶えた。
俺は確信した、ここは今まで居た21世紀の日本じゃないと。
ここは間違い無く、俺の知らない異世界だった。




