10:置き土産
「テロ組織ってのは、つまり俺たちの事だ」
俺の投げかけた問いかけに対して、オッサンがそれは俺たちの事だと答えた。
ロードナイトの吉村和人が、投げやりな口調でオッサンの言葉を補足してみせた。
「マスコミ向けの警察発表では、そう言う事になっているな」
俺は、その強引な理由付けを聞いて、湧き上がる憤りを隠せなかった。
自分たちの方から俺たちを追い詰めておいて、手に負えなくなったらテロ組織呼ばわりとは非道過ぎる。
「なんだよテロ組織って。 そりゃあ追っ手を撃退するために建物や車を壊したこともあるけど、あれは奴等が先に見境無くスキル攻撃を仕掛けてきたからで…… 」
「つまり、そういう事だ。 国民の目から見たら、俺たちは町を破壊して市民生活を脅かすテロ組織って事らしい」
「追っ手がやった事も、俺たちのせいになってるしな」
今度は、オッサンの答えにダークロードナイトの鈴森涼真が、被せるように補足を入れた。
このオッサンとレジスタンスを名乗る奴等は、それなりの信頼関係があるようだ。
俺は、このまま悪者にされてしまう事が、どうしても許せなかった。
だって俺たちは、自分から国を相手にして、喧嘩を売ったわけじゃないはずだ。
「マスコミに訴えて、真実を明らかにしたらどうなんだ? 放送中のテレビ局に忍び込むことくらい、俺たちなら簡単に出来るだろ?」
「例えばお前がだ、何も知らない一市民だとして、魔法とかスキルと突然言われて信じるのか?」
オッサンは、俺の意見を直ぐに否定した。
言われてみれば、確かにその通りだ。
「テレビ画面を通して見れば、良く出来たCGの特殊効果との違いを判らせるのは、難しいだろうな…… 」
俺は、ポツリと呟いた。
このまま、テロ組織として悪者のままやられる事だけは、なんとか避けたいものだ。
「人は真実がどうなのかよりも、自分が信じたい事しか信じないし、自分の知識に無い事や理解の範疇を超えた話は、まず嘘だと思うものさ」
オッサンが悟ったように、諦め半分な口調でそう言う。
すると、周りで話を聞いていたレジスタンスの奴等が、口々に話し出した。
「ネットでもちょっと過激な体験談に対して、すぐに釣りだって言い出す奴居るよな」
「いるいる、嘘だろうが何だろうが、面白ければ良いじゃんって思うけどな」
「そいつの世界は、きっと良い人ばかりで平和に満ちているんだろうさ」
「まあ、居ても小悪党レベルなんだろ」
人が自分の信じたい事のみを信じようとするというのは、俺も薄々感じていた事だ。
感じてはいたけれど、それを具体的な言葉として整理したことは無かった。
自分の築き上げた価値観や平和な生活をぶち壊すような事柄は、例えそれが事実だとしても、受け入れるのは容易では無いのだろう。
例えば、平和で幸せな日常を築き上げて過ごしている人に、今まさに核ミサイルがここに向かっていて人類は絶滅するのだと説いても、信じてなどくれないだろう。
「なるほど、俺たちの話も普通は信じられないって事だな、普通の生活を送っていればいる程」
それがオッサンの答えに対する俺の感想だった。
オッサンは俺の目を見ながら小さく頷いて、言葉を続けた。
「それに俺たちの事は特定秘密に属する事だから、マスコミもうかつに取り上げて大事な生活の種でもある放送免許を取り上げられたり、ましてや高給を得られる仕事を失う危険を冒してまで、逮捕されるような馬鹿な事はしないよ」
なるほど、俺はマスコミというものに対して、過大な期待をしていたようだ。
彼らが豊かであれば有る程、その世界で儲けていれば儲けているほどに、それらを放棄してまで真実を報道する義務も無いと言うことなのだろう。
「つまり、国を相手にあれこれ批判出来るのは国と法律がそれを許しているからって事であって、批判する側が強者って訳でもないんだな」
俺は諦め半分で、そう結論づけた。
オッサンは、それを肯定するように話を続けた。
「ああ、だから報道の自由を脅かすような動きには、自分たちが罰されないという保障が有る限りマスコミは過敏に反応するだろ」
なるほど、今まで俺は国を敵に回すなんて事を、本気で想像したことも無かった。
それに、国が本気で俺を潰しに来るなんて、あの時までは思っても居なかった事を思い出す。
何処かに国は、例え犯罪者の人権でも守る姿勢を見せる。
そして、それが法治国家のあるべき姿だ。
しかし一旦国が本気になれば、俺たちの人権なんてものは何の意味も持たないのだろう。
俺たちは、そういう意味では犯罪者レベル以下の存在だと言う事なのか……
国家レベルが本気で個人を潰しにかかれば、どんなに俺たちが普通じゃ無い力を持っていたとしても、国のシステム全体から拒否された俺たちが日本で生きて行く事は難しいと言うよりも、不可能に思える。
そして一般人の理解を超えた、俺たち国に属さない特定能力者の存在が、重大な犯罪者よりも国家的な驚異だという事なんだろう。
人は自分が理解できない存在に出会った時、畏怖して遠ざけるか、恐怖して全力を挙げて否定しに掛かるか、どちらか一つを選択するという話をどこかで聞いたことがある。
俺たちは、存在そのものを恐怖されてしまったのかもしれない。
そんな俺の思考を遮るように、オッサンの話は俺を現実に引き戻す。
そう、俺たちはテロ組織という一般人にも判りやすいレッテルを貼られて、公に排除すべき存在としてマーキングされてしまっているのだった。
「そしてテロ組織、これは俺たちの事だってのは判ったと思うが、そいつらは核爆弾を持っていて、この町で核テロを起こすって犯行予告があったらしいぞ」
「なんだよ、その核テロってのは…… 」
もちろん、犯行予告はでっち上げなんだろう。
だけど、今更そんな事を言ってみても、本気になった相手に対しては無駄な事にも思える。
「つまり、俺たちは裁判抜きで射殺されても文句を言えない存在に、祭り上げられちゃったって事だ」
俺は、ようやく自分たちの置かれた立ち位置というものを認識した。
考え無しに日々戦って逃げているうちに、残されていたはずの逃げ場さえも徐々に塞がれて、ついに王手を掛けられる程に追い詰められていたと言う事だ。
「もちろん、俺たちはそんな事をしていないけどな」
オッサンはそう言って見せるけれど、それが現実に対して何の意味も無いことは、今は良く判る。
俺たちは、いつの間にか逃げ場の無い将棋盤の隅に追い詰められていたのだ。
「君があの橋の下でひっそりと隠れているうちに、町中に緊急避難命令が出されていたんだ。 だから、もうこの町に居るのは俺たちと敵と、そして逃げ遅れたホームレスくらいなものなんだ」
「別に、逃げられるだろ俺たちの力があれば」
冷静に現状を告げるだけのオッサンの言葉に、俺は何故か素直になれず、不貞腐れたように答える。
今までだって自分の力で切り抜けてきたのだから、これからだって自分の力で切り抜けるしか無い。
だけど俺にも判っていた。
その切り抜けて逃げる先が、もう日本の中には無いのだと言うことに。
「なんか面倒くさくなっちまってな、逃げるばかりの生活にさ」
「ああ、国のやってる事を世間に隠せないくらい、派手に暴れてやろうかと思ってるんだ」
レジスタンスのビショップマスターでもある名取慎治と、ウルティマパラディンの石切琢磨が、なかば投げやりにそう言った。
それを否定する言葉も、他のメンバーから出て来ない。
最後の最後は、それも良いかなと俺も思う。
だけど、まだ終わりだという気持ちになれない俺は、一つの提案をしてみた。
「だけど、その前に行方不明になった高校生の実家へ行ってみたらどうなんだ? なんか手がかりでも掴めればラッキーだろ。 派手に暴れて目立つのは何処でも出来る訳だし」
「すでに国の監視下にあると思うがな、そこは」
即座に、俺の意見はオッサンから否定された。
確かに、俺なんかが怪しいと考えるくらいなんだから、そこが監視対象になっているのは間違い無いだろう。
だけど、俺だってそれくらいの事は承知している。
それもで尚、他に道が無いのなら、尚更に其処へ行く価値だってあるはずなのだ。
「いいんじゃね? どうせ俺たちは国にも親にも化け物扱いされて捨てられたんだし、死に場所はここじゃ無くても良いだろ」
「そうだな、俺も無駄死にするよりは、なんか確率は低くても起死回生の希望があるかもしれないって、そんな目的が有った方が良いな」
アサシンマスターの三森修一・修二の兄弟から、俺の意見に同意する言葉が出た。
女性メンバーの二人は、まだ黙ったままだ。
暗く閉塞的な雰囲気を打破するために、俺は少し話を変えてみた。
俺にそんな事をする義理も義務も無いのは判っているが、ただ重苦しい場の空気を変えたかっただけの、あまり深い意味の無い問いかけだ。
「ところで、あんたたちはどうやって知り合ったんだ? そもそも現実世界では接点が無いだろ俺たち」
俺は中島というオッサンに、そう尋ねた。
衝撃的な事を突然告げられて、一も二も無く話を聞いてしまったけれど、まだこの連中が俺を追っている奴等の仲間では無いという、そんな確証だって無い。
だから迂闊にレジスタンスと名乗る連中の話術に嵌まって、仲間でも無い俺が抵抗することを諦める筋合いも無いのだ。
俺が抵抗することを諦めた瞬間に、俺の首に二度と逃げられない鎖が巻き付けられないという保障も無いのだから、まだ全面的に信用するには早いと思い直した。
それぞれがどこの誰なのかを、何処からでも接続が出来るオンラインゲームで、普通なら知り得るわけが無いのだ。
何故こいつらが、どうやって連絡を取り合い仲間になったのか、俺はまだこいつらの話を完全に信じた訳では無かった。
「俺と修二は兄弟だから、知り合いというより腐れ縁だよな」
「ああ、兄貴に誘われて同じゲームを始めたのが運の尽きだったな」
「俺(和人)と慎治と杏華は、同じ高校のクラスメイトだ」
「たしか最初にVRネトゲに嵌まったのは、慎治よね」
「おいおい、言っておくけどこうなったのは俺のせいじゃないからな」
「判ってるよ、こうなったのは俺たち中の誰のせいでもないさ」
なるほど、まあゲームの中にはあり得る話ではある。
そいう意味で、こいつらが顔見知りなのは理解ができた。
後は、オッサンとどうやって知り合ったのかが聞きたかった。
実は年齢も一回り上なオッサンが、俺にとって一番胡散臭い存在でもあるのだ。
「俺たちは追われているのをオッサンに助けられてから、一緒に行動をしている」
和人が、彼らのグループを代表して、そう答えた。
今回の俺のように、オッサンが特定能力者を追っている奴等の情報を掴んで接触してきたんだろうと、俺は考えた。
「俺たちもだ」
修一と修二のアサシン兄弟が、そう言った。
どうやら俺たちよりも一回り上の年齢だけじゃ無くて、そういう助けた、或いは助けられたと言う経緯もあって、オッサンがリーダー的な役割をしているのだろう。
「俺(涼真)と玲奈と琢磨と健成は現実世界での接点は無かったけど、捕まって研究サンプルとして人体解剖される処を、こいつらに助けられたんだ」
最後に、衝撃的な言葉が返ってきた。
俺は聞き間違いかと思って、思わず聞き直した。
「なんだよ、人体実験って? 捕まったら洗脳されて仲間にされちゃうだけじゃないのか?」
思わず大きな声を出しそうになった俺は、すぐに小声に戻した。
人体実験って、どういう事なんだろう?
「どういう基準なのか、そもそも基準が存在するのかすら判らないけど、協力を申し出た特定能力者すら、何人かは国が予算を出している独立行政法人の研究所送りになってるよ」
和人が、素っ気なく当たり前のように、そう告げる。
その淡々と事実だけを告げているという態度が、逆にその話に真実味を加えていた。
「俺が偶然盗み見た資料で、能力者のリストに桶川行きという赤文字の注釈が入っていたのを見つけたのが切っ掛けでな、そこへ潜入して調べていたら見つけたんだ。 薬で眠らされているこいつらをな」
「なんでも、俺たちが能力を使える身体的な理由を調べているみたいだぜ。 同じデスゲームに捕らわれた奴等の中でも、能力が発現した者と発現しなかった者が居るらしいからな」
「ああ、普通の人間とDNAの比較だけじゃなくて、胎内に特別な器官や能力の元になる物質が存在しないかって疑いを持ってる奴が、厚生労働省や文部科学省の役人の中に居るらしいな」
俺の頭の中に、研究室のガラス張りの実験室の中で眠らされて倒れている玲奈の姿が、何故かセクシーなイメージと共に再生された。
そんな妄想を打ち消すように、そして若干の後ろめたい想いを否定する意図もあって、俺は語気も強めに言う。
「無茶苦茶だな、マスコミが何よりも声高に叫ぶ人権とかは、俺たちの場合どうなってんだよ」
「だからこそ、秘密を守る特例法が必要になるんだよ」
俺の投げかけた言葉は、オッサンの特例法という言葉に帰結していた。
なるほど、だからこその特例法なのだと、俺はようやく遅ればせながらに得心する。
「ずいぶんと用意周到なんだな」
「某宗教団体をぶっ潰して、ゲーム運営会社の幹部をぶっ殺した高校生の時は、法整備だってされていないし、表だって国として動けなかったらしいからな。 着々と準備を進めていたんだろうさ」
「それで、ゲームから解放された三年後なのか」
「そう言うことだ」
一時の沈黙が、俺たちを覆った。
なるほど、ようやく色々と辻褄が合ってきた。
すべては、あのデスゲームが終わった時に始まっていたのだ。
いや、あのゲームにログオンした時から、全ては始まっていたのかもしれない。
「その研究所ってのは、許せないな。 元々俺たち能力者は人間扱いされてないけど、人体実験のモルモット代わりに解剖されるくらいなら、派手に戦って死んだ方がマシだぜ」
「俺も同意見だ」
俺は半ば八つ当たりじみた気持ちもあったけど、やはり生身の人間を研究材料として切り刻むという神経が理解出来ないし、許せない気持ちもあった。
どんなに常人とは異なる力を得たと言っても、俺たちは曲がりなりにも人として生まれて生きてきた、紛れも無い人間なのだ。
俺たちが人間である事まで否定されるのなら、俺たちを研究材料として見ている奴等も俺たちの生存を脅かす敵である事に違いが無い。
国の強大な力を背景に、人を実験動物扱いするような奴等なんて、反撃を喰らって然るべきだ。
「どうすんだ? 置き土産でそこをぶっ潰すなら、協力するぜ」
俺は、その場に居る全員をグルリと見回して、そう言った。
みんなが考えていることは俺と同じだったようで、口々に同意の言葉が返ってきた。
「ああ、ぶっ潰すのはそこだけじゃなくて、政府も同罪だ」
「やんのか? 国会議事堂を?」
「ああ、出来るなら首相官邸もな」
「クールだね、それでこそテロリストだ」
「どうせテロリストの汚名を着せられるなら、その呼び名を着けた事を後悔させてやらないとな」
「だったら、役人も同罪だろ」
「ああ、当然霞ヶ関の官庁街もぶっ潰す」
「オーケイ! 乗ったぜ」
俺はニヤリと笑って、みんなの前に右手を差し出した。
こういうノリも、悪くない。
全員が手を出しだして円陣を組んだ処で、杏華が警告の言葉を放った。
「その前に、お迎えが来たみたいよ」
しかし、全員が同じ感知能力をデスゲームで手に入れているから、動揺する者は居ない。
「ああ、俺も感知してる」
「当然、奴等も感知しているだろうな、俺たちの事を」
口々に、同様な言葉が告げられていた。
みんな一様に場数を踏んでいるのか、妙に冷静だ。
「そこでだ、俺は武器を作ってきたぞ」
バトルアルケミストの山形健成が、満を持したというタイミングで、みんなを見回して自慢気に言った。
その言葉に、冷静なはずだった一同が一斉にどよめく。
「マジか! ついに出来たのか? もう鉄パイプでスキルを発動させなくても良いのか?」
「ああ、鍛冶屋のレベルはそこそこだから、成功率が低くて苦労したけど、人数分の防具と武器は揃えたぞ」
「よっしゃ、俺の最大奥義で国会議事堂は真っ二つだ」
「じゃあ、俺は霞ヶ関を更地に変えてやるぜ」
「その前に、魔力切れだけは勘弁してくれよな」
「MP回復は、俺たちに任せておけ」
「そうよ、任せておきなさい」
戦意高揚とは、こんな状況を言うのだろうか?
健成が錬金スキルで作った素材を鍛冶スキルで加工した武器の登場で、一気に場が盛り上がった。
「まずは、お客さんを迎え撃ってからの話だぜ」
「ああ、みんな死ぬなよ」
「任せろ、支援職の名にかけて一人も死なせるもんか」
「そうよ、みんな私たちのヒールが届く範囲で戦ってよね」
「前衛は、熱くなって突っ込みすぎるなよ」
「盾さえあれば、俺の防御スキルで鉄壁の守りを見せてやんよ」
「みんな熱いねー」
そんな盛り上がりを眺めて、オッサンが一言呟く。
もちろん、オッサンも興奮の色は隠せない。
そんな自分の高揚を静めるために、敢えて冷やかすような事を言ったのだろうと、俺は思った。
俺は俺で、レジスタンスの仲間に加わったという意思表示も込めて、決意を述べる。
「俺は、ニンジャらしく密かに忍んで、一人ずつ確殺してくぜ」