友好関係を結ぶために
バキバキバキ、と木々の破砕音を立てながら地面に降りた。
一応ではあるが、体の大きなヴィリアを下ろす為に開けた場所を選んだつもりだったが、それでもヴィリアの体には小さすぎたようだ。
地面に着地すると共に、俺もヴィリアの背中から降り周囲を見渡した。
空から見ていた通り辺りは木々がうっそうと生い茂り、数メートル先へ行ってしまえば人の背中すら見失いそうだった。
そんな感想を抱いていると、ヴィリアより多少小さな破砕音を上げながらアバスとそのドラゴンが降りてきた。
「ここは蛮族の住処だが、周囲には常に気をはっていてくれよ」
ドラゴンから降りたアバスは、左手を鞘に沿えながら俺に言った。
張っていてくれよと言っても、そんな簡単に張れる物ではない。現に、ドラゴンの呼吸音以外全く音らしい音が無く、これで呼吸音すらなくなったら耳鳴りがするんじゃないかと思えるほどの静寂だ。
まずはどの方向に進もうか思案していると、隣に立っていたヴィリアが優しく抱きこんできた。
「数人近づいてくるぞ」
「分かった」
ヴィリアはアバスに声を聞かれないように小さく言った。
「どうした?」
「ヴィリアが何か近づいていると言っている」
「そうか」
「言っている」と言っても、アバスは言葉を話しているとはつゆ知らず、他の人間と同じように比喩として用いているのだろうと思ったのか、特に言及する事は無かった。
それどころか、自らのドラゴンに「お前も頑張らないとな」と優しく撫でた。
近づいているとは言う物の、それがどの方向からか分からない。アバスは周囲に気を配りながら耳を澄ませ、来ると言ったヴィリアも分からないのかそれ以上言葉を発しなかった。
そんな状態で数分経った頃、事態は動き始めた。
静かな森の中で異様な雰囲気を感じたのか、「ヒューイ、ヒューイ」と鳥の様な鳴き声が聞こえ始めた。
「鳥の――鳴き声か……?」
引っかかる物があるのか、アバスは鳥の鳴き声だと思った物を耳にすると首を傾げた。
それに呼応するように、ヴィリアは俺を抱いた状態で再び耳打ちした。
「すまんな、ロベール」
「どうした?」
「すでに囲まれている。この鳴き声を発しているのは人間だ」
「マジかよ……」
草木の擦れる音すら発さずに近づいてきた相手――蛮族に、すでに囲まれているらしい。
耳の良いヴィリアすらも欺く手練れだ。
「今のところ敵意は無いように見えるが……。さて、どうなるかな」
パキパキパキ、と背の高い草や広がっている枝をなぎ倒しながらヴィリアは羽を広げて俺に屋根を作った。
元から暗い森の中でさらに屋根ができた物だから、その暗さは倍以上だ。安全の為とは言え、視界が狭まるのは恐い。
「アバス、絶対に動くなよ」
「どうした? 何か居るのか?」
俺を守るように翼を広げたヴィリアと俺の言葉に、アバスは周囲によりいっそう強く見つめた。
「囲まれているらしい」
「そうか」
えらくあっさりとした感想に少々呆気にとられてしまったが、チラリと横目で見るアバスの表情には諦めと言う感情は出ていなかった。
むしろ、どうやって切り抜けてやろうかと言う考えがにじみ出ている。
「私の名前は、ロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカー! ココへは話が合った来た! 姿を見せてはくれないか!」
アバスが早まるとは思わないが、主の感情にあてられたドラゴンが動いてしまう可能性があるので、その前に呼びかけた。
相手は俺達が自分達の事に気づいているとは全く思っていなかったのか、連絡を取り合う手段と思われる鳥の鳴き声が不自然に止んだ。
鳴き声が止んでから数十秒か、それとも数分なのか分からない時間が流れると共に次第にヴィリアからイライラが伝わり始めた。
固い鱗を持つヴィリアであれば、俺を守りながら周囲の木々と共に蛮族をなぎ倒すことも可能だろうが、その場合隣に居るアバスが大変な事になる。
ヴィリアを落ち着けようと、その体に触れようとしたとき目の前の藪から緑色の何かが現れた。
その姿を見て驚いた。なんせ、風体が蛮族を探している時に皆が言っていた全身が緑色なのだから。
それは今まで物語に出てくるようなエルフっぽい緑に染色した服を着ている部族なのだと思っていたが、目の前に居る蛮族が来ている服は前世で言う所の偽装服だったからだ。
確かに、その存在を知らない人間からしてみれば全身緑色と捉えられる服装だが、こと森の中に限っては今の様に最大限の効果が得られる。
その上、顔にはドーランが塗られており、武器が弓矢なのを除けば前世でも十分通用するいでたちだった。
「蛮族が、我々に何の用だ?」
「蛮族?」と蛮族の放った一言に引っかかりを覚えたが、早めに話を終える為に続きを言った。
「皆様と友好を結んでおきたいと思いまして、贈り物を持ってきました」
ヴィリアに取り付けてあった荷物をアバスと共に下ろすと、蛮族達は中身に興味があるのか少しずつではあるが木々の間からチラチラと姿を見せていた。
その様子に危機感を覚えたのか、一番初めに声をかけてきた蛮族な大声を張り上げた。
「蛮族と慣れ合うつもりは無い!」
「これから冬になると次第に食料が減ってくるので、保存食としての塩増し増しのベーコンやら保存食と小麦。後は、貴金属と言った着飾ることもできるし、売って換金もできるアクセサリー類を持ってきました」
その怒声を完全に無視して、俺は持ってきた贈り物の説明を始めた。
山に住んだ事が無いので塩事情が分からないが、どちらにせよ保存には塩が必要なので、万が一この蛮族が岩塩鉱を持っていなかった場合の為に塩を多めにまぶしたベーコンを持ってきた。
あとは小型ではあるが酒の入った樽のコンボで完璧だろう。
現に、後ろに立っている蛮族の仲間達はジリジリとではあるがこちらに近づいてきている。まるでゾンビだ。
「ねぇねぇ! 仲良くなるだけで、それ全部貰えんの?」
頭上から能天気な声が降り注ぎ、ヴィリアの屋根から少しだけ顔を出して見ると、そこには木の幹に横方向にしゃがんでいる蛮族が居た。
足に接着剤でも付いているのかと思わせるしゃがみ方に驚き、某グラップラー漫画に出てくる囚人を想像してしまった。
「ねぇってば! それって、仲良くすればくれるの!?」
俺が驚いているのを無視しているとでも思ったのか、その蛮族の女は甲高い声で聞いてきた。
「えぇ! 我々と仲良くしていただけるのであれば、これらは全て差し上げます! 我々は、貴方達と継続的な友好を願っています!」
まずは、子爵と事をかまえている間はこちらに手を出さないようにして貰えればそれでいい。
「マジで!? やったぁーー!!」
ひらり、とかなりの高さから蛮族の女は飛び降りると、猿以上の身軽さで跳ねながらこちらへやってきた。
「うっお、すっげぇぇぇ!! これ、蛮族の貴族とか言う奴らが身に着けてる奴じゃん! カッケー! 山羊何頭分になんだろー!」
「おいミーシャ! 迂闊に近づくんじゃない!!」
今まで話してい蛮族が呼んだ、飛び跳ねてきた蛮族の女の名前を聞いて驚いた。その名前はつい先ほどまで俺が思い出していた、川で沐浴していた女の子の名前だったからだ。
「ミーシャって、川で水浴びしてた奴かお前?」
「えっ?」
顔に塗られたドーランのせいで顔つきが分からなかったが、このアホ丸出しな喋り方はあの日会ったワイバーンに乗った女の子とよく似ている。
「…………あっ!? あんた、あの時河原で覗いていたロッ、ロー、ドレイル? じゃねぇか!!」
初めに口にしていた『ロ』はどこに行ったと突っ込みを入れたかったが、後ろのミーシャの仲間達が「ドレイル?」「ミーシャの知り合いか?」と話し合い始めたので、名前の間違い程度は大目に見てやろう。
「でも、何であんたが蛮族の鎧何か着てんだよ! ってか、あんた蛮族だったのかよ!」
「いや、それはこっちの台詞だ。こっちからしてみれば、お前らが――」
と、そこまで口にしてふと気づいた。今ここで相手を蛮族と――見下す様なつもりは無くとも言ってしまっては心証を悪くしかねない。
ここは聞こえなかった振りで行くか。
「俺が蛮族なワケないだろ。もし蛮族だったら、こんなお土産を持ってくるわけないだろ」
すると、ミーシャは半口を開けたまま虚空を見つめすぐに――
「そっか! それもそうだよな!」
間抜けな顔を晒しながら全力で言った。
「あぁ、その通りだ」
この会話で、前の蛮族探しの時のミーシャとの会話の齟齬の理由が分かった。
俺はミーシャ達を蛮族として探しており、ミーシャは侮蔑の為だろうがユスベル帝国のことを蛮族と呼んでいた。
だから俺がミーシャ達の事を探して西へ来ても、蛮族と聞いたミーシャはユスベル帝国の事を思い出し東と言ったのだ。
蛮族蛮族と罵り合ってはいるが、直接的何されたと言った話を帝都では聞かなかったし、学校の授業でも聞かなかったのでかなり昔に戦争かなんかしてその時の互いの蛮行だけが伝わっているのだろう。
ならば誤解――いや誤解では無くても、そう言った物を取り除いて友好関係を築き、今回の戦いの最中背後を討たないようにお願いするのと同時に、天駆ける矢ではなく俺と何か協定が結ぶことが出来れば、と思う。
「なぁなぁ、この首輪ってもらって良いの?」
この中で一番派手なネックレスを手に取ったミーシャは広げながら俺に見せた。
価値的にはそれほど高くない品物だが、細工がどうの石がどうのと言うよりこれからは派手さで選んできた方が良いだろうか?
「あぁ、良いぞ。これはお土産で、あげる為に持ってきた奴だからな」
「ヤッター!!」
俺から許可が下りると、ミーシャは喜びながら直ぐに首に巻き始めた
壊れている物を持ってくるわけないので、こいつは留め金と言う仕組みを知らずに首の後ろで結んでいるんだろう。カリカリとチェーンの擦れる音が聞こえる。
「なぁなぁ、似合う!?」
「う~ん……ちょっと見えないかな~」
ミーシャの首に付けられたネックレスはギリースーツの中に潜り込み、似合うかと言われてもそのネックレスが見えないので何とも言えなかった。
「そうなの? んじゃ、いいや。あとねー、あとねー、コレも良いなぁ!」
一人一点とは言っていないので、ミーシャはネックレス以外にもガサゴソと土産を入れた箱を探り始めた。
ミーシャの欲しがったネックレスの豪華さにあてられたのか、その仲間達もどんどんと近づいてきている。ここいらで最後の発破をかけるのも良いだろう。
「皆さん、どうぞ見て行ってください。自身を着飾る為ではなく、プレゼントにも最適ですよ。奥様への愛情の表れとして、好きな人への告白の品物としても使える品物もたくさんあります!」
ミーシャが混ざっていた事から、この蛮族は男も女も関係なしに戦場に立つのかもしれない。
しかし、今近づいてきている者たちを見る限り、どちらかと言えば男の方が多そうなのでこういった。目論見は成功らしく、言うとすぐに駆け寄ってきてミーシャと同じように俺が持ってきた土産を漁り始めた。
「アバス!」
後ろを振り返り、共にやってきたアバスに声をかけた。
アバスはこの蛮族の行動に醜さと感じたのか顔をしかめていたが、俺の呼びかけに直ぐに顔つきを戻した。
「どうした?」
「ここはもう大丈夫だ。一旦、空へ上がって待っている仲間に言ってくれ」
「分かった。俺はすぐにここへ戻ってくればいいな?」
「あぁ、頼む」
土産に気を取られているため、俺へ直接何かする可能性は少ないと判断したアバスは俺の命令を素直に受け、ドラゴンに跨ると空へ舞いあがった。
蛮族達はアバスがドラゴンへ乗るさいにチラリと一瞥したが、脅威度が少なくまた目の前のお土産選びを優先したかったのか、直ぐにお土産選びを再開した。
やっと蛮族を登場させることができた……。
あわせて、緑色の服の正体もさらすことができたぜ。
岩塩鉱を持っているのか。外部とのつながりがあるのかなどはおいおい明らかになっていきます。……たぶん。
12月11日 誤字修正しました。




