駒の価値
俺の話を聞いたバースは頭痛を押さえるように両手で顔を覆った。
その両手の中では「ただの子爵になんちゅう話を聞かせたんや」と言いたげな顔が出ている事だろう。
「おい。その前に、お前は尾行されているんじゃないか?」
「…………そんなことないですよ?」
「何だその間は。おいおい、本当に大丈夫なんだろうな? お前を庇ったからなんて理由で干されたらどうすんだよ?」
俺がわざと空けた間のせいで、バース隊長は焦りの表情を浮かべた。
第二皇子の不興を買ったのであれば、その不興を買った人物と交友のある人間にも被害がおよぶのはこの世界の常だ。
そんな第二皇子との会談後に直行とまでは言わないが、バース邸まで来たのだから相談していると公言しているようなものだ。そして、相手側から見れば相談をするほどの仲だと言う事になる。
「いちおうここへ来るまでの間に歓楽街を通ってきているので、たぶん尾行は撒いていると……」
なお不確定情報なもよう。
ここへ来るまで結構遠回りもしたし、子供一人では襲われる可能性もある歓楽街を通ってきたのだ。
そこで協力者としてミルクちゃんを通し夜の店の中を通り、そのまま二階の屋根伝いに移動し、別の店から出てきた。
ここまですれば、俺の行動がおかしかろうと今回に限り撒けたと思う。たぶん、きっと……。
「なら良いんだがな。それで何だ……ロコ……ロッコ何とか? も断ったのか?」
「いえ、そちらは受けようかな……と思っています」
さきほどとは違う色気のある回答だったからか、バース隊長はやや驚いた顔をした。
新しい軍の創設と言う一大事業に胸を躍らせない若者は居ない。バースは今までの軍隊生活で感じていた事だ。
ただ、感じてはいたがバース自身は保守的な考えの持ち主の為、そういった新しい物事にそれほど魅力を感じたことは無い。
「そうか。頑張れよ」
生徒と言え、一度だけの作戦で一緒になっただけとは言え仲間は仲間だ。バースは戦人として、相手が人である限り義を重んじる種類の人間だ。
だからこそロベールが竜騎士ではなく、ロベリオン第二皇子が興す天駆ける矢へ行くことをとても残念に思った。
「そこで、バース隊長にちょっとお願いがあります」
「あ~……。その、なんだ……俺にできる事はなるべくやってやりたいが、これでも子爵でな。お前の父の様に何でもかんでも思うように動けん。そもそも、何かやりたいならお前の父に頼めばいいだろう」
「うん、それが良い」と、どんな事を頼まれるのか分かった物ではないと言った様子で、俺からの要望を遠回りで断ろうとした。
しかし、今の所ロベールの父親と会う予定も無ければ、会って何かを頼める立場でもないので無理だ。だからバース隊長に会いに来たわけだし。
「バース隊長にしかできない事だと思って、今日はここに来たんです」
「あぁ、俺にできる事ならなるべくしてやりたいが、まあ言うだけ言ってみろ」
「ありがとうございます」
ペコリ、と頭を下げて感謝を示す。
「バース隊長には、ロベリオン第二皇子が考え出した第三軍の天駆ける矢の大将をやってもらいたいんです」
「いや、無理だろ。常識的に考えて」
真顔で即答された。ロベリオン第二皇子の考え興した軍隊ならば大将はロベリオン皇子で決定だ。当たり前だが、その他大勢の貴族の出番ではない。
それは俺もバース隊長も分かっている。
「まぁ、そうですね。では、我々の隊長ではどうでしょうか? 正直な話、私にはまだ人を導くような立場になれるとは思っていないので……」
「そんなこと微塵も思っていないだろ? それに投下作戦の時に、お前はすでに人の上に立って指示をする下地があった。今までそういった感じで指示を出し続けていた事があったんだろ?」
これには俺も苦笑い……ならぬ、マジ焦り。
高い要求から難易度を下げて行き、最終的には自分の求めている要求で飲ませる方法を取ろうと思ったが、バース隊長から思いもよらない事を言われて焦ってしまった。
「そっ、それは、準統治領で培ってきた交渉術で……」
「貴族と平民では勝手が違うだろう? その歳で貴族に反感なく指示が出せるんだ。それが例え作戦に必要な事で、他の奴らが唯々諾々と従っていたとしても、今も不満が聞こえてこないのは素晴らしい事だと私は思う」
「ありがとうございます――」
うん。この人は一筋縄じゃ行かないぞ。
仕方が無いから、反感を買っても無理矢理引っ張っていきたいと思う。
「この際だから言っておきますが――」
「なんだ?」
「確かに、私はロベリオン第二皇子から天駆ける矢へ誘われ、そこで幹部――形だけであろうと部隊を率いる立場になると確約されています」
「それは分かっている。あの新しい物好きな第二皇子がお前を気に入らない訳がない。その幹部と言う話は、形だけであってもお前を引き留めておく為、絶対に用意されている席だ」
「はい。なので、私の傘下など失礼な事は言いません。バース隊長も私と共に天駆ける矢に来てほしいんです」
バース隊長は、漢らしい渋い顔を一気に歪めて俺を見た。
「なぜそこで俺を選んだ?」と声を聞かなくても分かるその顔は、バース隊長も気付かずやっている顔なんだろう。
「意味が分からん。俺は古い人間だ。懐古主義とまでは言わんが、騎馬騎士本部は騎馬騎士本部。竜騎士本部は竜騎士本部で今迄上手くやって来たし、このままでも大丈夫だと思っている。それに新しい軍隊が作られようと俺は別に胸は躍らんし、そもそも俺がそのロッコとやらに行っても邪魔になる様な人間でしかない。それに、そう言った新軍に合っているのはキースだ。あいつならお前の考えにもある程度合わせられるだろうし、何より好戦的だ」
「キース隊長も一応考えました。ですがダメです」
キース隊長について調べる能力が俺には無いので、彼の能力や背後関係は知らない。しかし、物資投下作戦の原案を考えつき、そして俺の作戦をよく理解しノリが良かったのはキース隊長だった。
それでも彼はダメだ。バース隊長は、キース隊長であればある程度俺の考えに合わせられると言ったが、あれは本当だと思う。だが、キース隊長は男爵家の5男で失う物は何もないと思っている節がある。
それは俺の勝手な思い込みかも知れないが、それでも新生軍で俺の身内になる人間に無茶な奴をまだ置きたくないのは本音だ。
「私がバース隊長にお願いに来たのは、貴方が今言った古い人間だからです」
「新しい考え方で動く軍で吊し上げにでもする気か?」
バース隊長は、カッカッカッ、と自分でも全く思っていない話で愉快そうに笑った。
「私に貴方を吊し上げる力は無いですし、そんな事をしている暇はありません。私があなたにお願いしているのは、その堅実な考え方と兵士の運用能力です。山岳警備隊として兵を率い、越境してくる敵兵だけではなく大型の獣も退ける任務に就いていました。騎馬騎士本部の新大将として来たロベリオン第二皇子が作る新軍は、表面上はそうでも無いかもしれませんが騎馬騎士が強くなると考えています。そして竜騎士は今の所私が一番に白羽の矢が立ったらしく、他にどの様な竜騎士が来るか分かりません。もしかしたら、騎馬騎士本部が用意していた竜騎士擬きが来るかもしれません」
それは過去に合った互いの部隊を傘下に加えると言う話が出た時代まで遡るが、その当時から「ウチはこれだけ上手く運用する」と公言する為に騎馬騎士本部もドラゴンを運用していた時がある。
数こそ少ないが、それは今も存在している。万が一それらが竜騎士として俺の近くに――俺の部隊に加わるのであれば、俺にとって都合の良い人間が居なくなってしまうからだ。
「そこで俺を?」
「はい。無理を承知でお願いします。私を助けてください」
深く深く、テーブルに頭を擦りつけるように頭を下げた。そして、簡単には上げない。
それを見たバース隊長から小さな呻き声が上がった。頭を下げているので顔は見えないが、苦渋の表情をしているのが手に取るように分かる。
そこからたっぷりと30秒くらいだろうか?
折れたと言わんばかりに、バース隊長から長い、長い溜息が漏れた。
「少し……考えさせてくれ」
「あっ……」
バッ、と勢いよく顔を上げバース隊長と顔を合わせた。
俺の目には涙が浮かんでいる。下を向いている間、ずっと目を開けていたからだ。鼻毛を抜いたほうがもっと出るが、くしゃみが出る可能性も高いので今は止めた。
「ありがとうございます!!」
そして再び頭を下げた。
「考えさせてくれ」と言うのはあまり良い返事ではないような気もするが、その後に小さく聞こえた「後任は誰にするか」と言う呟きから、山岳警備隊の隊長を誰にするか考えてくれているのだろう。
これで何とかロベリオン第二皇子の駒として過ごさなくても良くなりそうだ。
★
――次の日。
前日、寝るのが遅かったので普段なら起きている時間であっても、俺はベッドで夢と現実の境目を行ったり来たりしていた。
そして、デジャヴの様にドアがノックされた。
「はい……?」
丁度目が覚め始めた時だったの、ノックにも直ぐに反応できた。
「我が主から言伝を預かって来た。入ってもいいか??」
その話し方で、ドアの向こうに居るのがグラニエだと分かった。
「あぁ~……どうぞ。不躾な格好で申し訳ないですが」
「失礼する」
俺から返事を受け取ったグラニエは少しも間も持たせずに入室した。
「……具合でも悪いのか?」
「いや、もうそのやり取りはいいんで……」
休みの日はゆっくりするのが俺のジャスティス。しかし、目の前のお外大好きなグラニエには理解不能なんだろう。
「そうか。我が主からの伝言だが『私は騎馬騎士本部の大将だが、天駆ける矢だけではなく、君の事もきちんと考えている事を証明しよう』だそうだ」
「どういう意味ですか?」
「見世物広場に行けば分かる。恥さらしをああするのは、私も大賛成だ」
「では伝えたぞ」と伝えるだけ伝えてグラニエは出て行った。
寝起きのぼやけた頭では意味まで分からなかったが、とりあえず見世物広場へ行けば分かるのだろう。
そして、見世物広場でおっさんズの首つり処刑の話へつながります。
なるべく自分の身内となる人間を集めようとする主人公ですが、あとはどんな人を集めるのか……。
12月11日 誤字・脱字を修正しました。
11月18日 タイトルを変更しました。




