第三軍 ロッコ・ソプラノ
右手には風呂敷で包んだ梨の様な果物。左手には投下作戦時にミシュベル酒造からガメて――借りた蒸留酒の入った瓶を持って、今は立派な屋敷の前に居る。
会食後に行われたロベリオン第二皇子との会談が終わっても、時刻はまだドラマが始まるくらいの時間帯なので健康的な生活が送れていると思う。
まぁ、電気の無い世界だから夜は薪かオイルランプでお金がかかるので皆寝るのが早いだけなんだけどね。
そしてここ。俺が立っているのはバース隊長の屋敷だ。良い所に住んでるな。
「止まってください。この様な時間帯にどういったご用件でしょうか?」
正面から胸を張って入ろうとしたが、このバース邸を守る門兵に先を塞がれてしまった。
言葉づかいが綺麗なのはバース隊長がキチンと教育しているからか、それとも俺の身なりがしっかりしているから貴族と思ってくれたのか。
「あぁ、お疲れさまです。お夜食にこちらをどうぞ」
豚ばら肉をハーブ炒めした物をクレープで巻いた食べ物を門兵に渡した。
ココへくる途中の居酒屋で買ってきたから、クレープは熱々でマシュー製の包み紙から取り出した瞬間から良い匂いを放っている。
「あっ、ありがとうございます」
「いやいや。頑張ってね」
と、良い人を演じつつ敷地内へと入ろうとしたが、再び門兵に止められた。
「おぉっ、お待ちください! 要件をうかがい、中で確認を取ってからでないと誰も入れさせることはできません」
ホカホカクレープを片手に必死に止める兵士は愉快だ。
「そうなの? じゃあ、ロベールが火急の件で話したい事がありますって、バース隊長に伝えてもらえる?」
「ハッ! 少々お待ちください!」
バース邸の兵士が働き者じゃなかった時の為に買ったクレープだったけど、別に要らなかったようだ。
兵士はすぐに取り次いでくれたらしく、昼間と同じようにキッチリとした身なりの執事が飛び出してきた。
「これは、ロベール様。主は今、ロベール様に会うために準備をしておりますので私が部屋まで案内させていただきます」
「よろしくお願いします」
執事にお願いするのとは別に門兵にもお礼を言うと、門兵はクレープを持ったまま敬礼をした。愉快すぎんぜ。
★
「こんな時間にどうしたんだ?」
シルク特有のテカった感じが印象的な部屋着を着たバース隊長は、応接間でくつろいでいる俺に向かってそう言った。
日本で言えばまだ早い時間だが、この世界ではすでに寝る時間だ。夜分遅くにと言っても差し支えない時間帯の訪問自体、あまり良くないのは分かっている。
「夜分遅くに申し訳ありません。こちらはお土産です」
「おぉ、すまんな。それで、ロベリオン第二皇子から貰ったお土産を渡す為に来たわけじゃないだろう?」
「その通りです。バース隊長もご存じの通り、あの会食のあと私はロベリオン第二皇子に食後のお茶に誘われました」
俺が持ってきたお土産はロベリオン第二皇子に持たされた物だと勘違いしたみたいだけど、ミシュベル酒造は生産量が安定していないしミシュベルに迷惑が掛っても申し訳ないからあえて否定しない事にした。
時が来れば、あの酒造は有名になるからだ。
「そこで、ロベリオン第二皇子から新生騎馬騎士本部へ幹部として来ないかと打診がありました」
学生を新生とはいえ騎馬騎士本部に迎えると言う在り得ない事態に、バース隊長は目を丸くした。
驚くバース隊長であったが、内心では「やはりな」と言う考えもあった。
作戦を共にするロベールと言う子供が本当に使える人間なのかを調べていたので、今迄の功績は知っている。そして、それらがロベリオン第二皇子にとってどれほど魅力的に映るのかもわかっているつもりだ。
「なるほど。大出世だな」
「ありがとうございます」
竜騎士育成学校のの一年と言えば、年齢で言うと13歳だ。まだ成人もしていない年齢で、形だけとは言え自力で幹部になれる事はそれだけで計り知れない箔となる。
その分、面白く思わない貴族が横やりを入れてくると思うが、その力を発揮している限りロベリオン第二皇子が守るだろう、と言うのがバース隊長の考えだった。
「まぁ、断ったんですけどね」
「んな″ぁ!? ここっ、断ったのか!?」
「はい。現在の騎馬騎士本部のイメージは最悪過ぎるので、それを払しょくする為に私が利用されるのは勘弁願う所ですので」
「利用されるとは……。またずいぶん大きく出たな」
口から心臓が出るほど驚いたバース隊長だったが、俺の言葉で直ぐに冷静になった。
それはバース隊長がロベールの事を調べたと言っても、それは学校での品行のみのことで、準統治領で何をしていたかまでは調べていなかったからである。
したがって、バース隊長はロベールが別人であるとは知らないので、今のロベールは物資投下作戦を発案し、それに付いて行き作戦成功までを果たしたと言うだけの戦果で広報活動に利用されると言っている学生程度にしか映っていなかった。
「しかし、断ったのであれば別にこれからはどうも無いだろう。言っておくが、私はただの子爵だから何かあっても庇う事はできんぞ」
ちなみにバース隊長は子爵位持ちで、家督はすでに受け継いでいる。しかし、良き女性と出会っていないようで子供はまだ居ない。
男色家としての話しも聞かないので、たぶん本当に出会いが無いだけだろう。
「いえ、これにはまだ続きがございまして」
「これ以上なにがあるというのか……」
「どうせロベリオン第二皇子が激怒したんだろう」と言った感想が見え隠れするバース隊長に、その当時の事を話しはじめた。
★
「君を騎馬騎士本部へと迎え入れたいと思う。もちろん幹部としてだ」
本当に、とんでも無い事を言いだした。
新生騎馬騎士本部の大将ロベリオン第二皇子からのお誘いだが、絶対に罠だろコレ……。
「あの、ちょっとそれは……」
入りたくないけど入らないと後々とんでもない事になりそうだ。
まぁ、ヤバくなったら逃げれば良い話だしな。
「幹部では不満かね?」
「いえ、幹部では不満云々ではなく、私は竜騎士になりたいってのもあって竜騎士育成学校に入ることを選んだわけでして」
「それはストライカー侯爵の意向ではないのか?」
「自分の意志でもあります。ただパトロンが欲しいのであれば、竜騎士育成学校に入学予定の子供と入れ替わる必要もないわけで」
んなもん嘘だけどな。
奴隷の時に世話をしていたドラゴンに乗っていて、貴族しか乗れないドラゴンに奴隷の俺が乗っていると周りの貴族を馬鹿にしたかったのもあったし、ドラゴンに乗るのが楽しかったと言うのもあった。
騎馬騎士は騎馬騎士で格好いいが、それでも竜騎士には劣る。
俺がなぜ竜騎士にこだわるのかを知ったロベリオン第二皇子は「うむ」と頷いて、好青年らしい笑顔を出した。
「ならば安心してくれ。君の竜騎士としての位置は変えることは無い」
「しかし、騎馬騎士本部へ異動となれば、それは騎馬騎士になると言う事では……?」
率直な疑問をぶつけると、今度はロベリオン第二皇子に代わりにルーディーが答えた。
「これは前々から軍内で問題として取り上げられて事を発端とするんだが、騎馬騎士と竜騎士を統括する部署が分かれている為に情報のやり取りが遅れると言うのは分かるか?」
「えぇ、はい」
旧日本軍の陸軍と海軍の様に、この世界での竜騎士本部と騎馬騎士本部は仲が悪い。
末端では戦友としてそんな事はほとんどないが、平時や戦時であっても落ち着いている時はそういった事が顕著になる。
そのために、竜騎士が持ってきた情報を騎馬騎士へ伝える場合は、情報を持ってきた竜騎士が後方の竜騎士本部へ報告し、報告を受け取った竜騎士本部が騎馬騎士本部へ伝え、そこからやっと前線で戦う騎馬騎士へ伝えられるのだ。
情報とは水物で鮮度が命だ。通信手段が伝令しかないこの世界でこの様なやり取りは致命傷と言って良い。
ただ両軍ともそれは理解をしていても、末端の兵士が両軍内で情報をツーカーしてもらうのもプライドが邪魔してできない。
そこで昔でた話では竜騎士本部傘下の騎馬騎士を作るというのと、騎馬騎士本部傘下の竜騎士を作ると言うものだ。
現在それらが存在しない時点で失敗と言うのが見て取れるが、内容がバカバカし過ぎて笑えたがそれはまたの機会の方が良いだろう。
そんな事をまたぞろ考えているのか?
「本部同士の傘下に相手側の部隊を付けると言うのは昔行われ失敗した」
「はい。学校でも習いました」
「新生騎馬騎士本部として発足――いや、まだ発足していないと言っても良い状況だが、ロベリオン第二皇子はさらに新しい軍隊――騎馬騎士本部でもなく、竜騎士本部でもない第三軍天駆ける矢を考えている」
そこで一旦口を止めて呼吸する。相手に自分の話に興味を持たせ次を知りたいと思わせる時間を取る手法だが、俺からしてみれば自分が興奮を落ち着かせるような時間に見える。その可能性は否定できんけど。
「それは軍の一元化だ。今ある両本部を解体し、それを一本に絞る」
「……その役割は皇帝陛下では?」
両本部とも管理している大将が居るが、その大将を管理しているのが皇帝陛下だからそれぞれがバラバラにやっている訳ではない。バラバラにやっていれば、そんなもん国軍でもなんでもない。
「その皇帝陛下の手前で指示を出さねばいけないんだ。国家全体の舵取りは皇帝陛下が行うのは当たり前だが、そこに軍隊まで絡んでは舵取りも複雑となり過ぎ陛下の心労が増えてしまう。そして、両軍の心情を反撥させないための一元化だ」
おぉ……言っている事は素晴らしいが、一歩間違えば軍隊が掌握されて国軍ではなく私兵に成り下がる可能性があるぞ。
確かに、皇位を継ぐ長男ではなく次男である第二皇子が軍を管理し、そして兄を支えていくと言うんであれば大義名分も立つが、第一皇子派からすれば危険極まりないし、第二皇子派からすれば良い力だろう。
「もちろん、今すぐに決めてほしいのは山々だが、私は今までの様な無理矢理な本部のような事はしたくない。だから、ゆっくりとまでは言えないが考えてほしい」
ロベリオン第二皇子は真剣な眼差しで俺を見つめて言った。
俺が見た目相応の学生だったら先ほどのルーディーの話しの時点か、今の圧迫で頷いているだろうが、そこはストレス社会を生き抜いた俺には効かない。
「分かりました。お言葉に甘えて寮へ帰ってからゆっくりと考えさせていただきます」
「そうか。それは良かった」
嫌な顔をされると思ったけど、全然そんな事は無かった。その反応が不気味な感じがするが、確かに新しい組織にするために今迄通りの動きをしたくないと思っての行動なら素晴らしい話だ。
「あと勘違いしないで欲しいのだが、両本部を即時解体とは私も考えていない。騎馬騎士本部と竜騎士本部。そして第三軍で帝国を守り、その中で第三軍の素晴らしさを国民だけではなく両本部へ知らしめ、そしてゆっくりと同化していきたいと考えている」
「軋轢の少ない素晴らしい考えだと思います」
こうして俺の正体がバレてからの新軍創設の話しという、当初全く考えていなかった話し合いが終了した。
あとはロベリオン第二皇子からお土産に麩菓子を貰い、グラニエが操車する馬車に揺られて竜騎士育成学校へ帰ってきた。
そして、寮の部屋でお土産を持ちかえてバース邸へ向かった。
★
俺の話を聞いたバースは頭痛を押さえるように両手で顔を覆った。
その両手の中では「ただの子爵になんちゅう話を聞かせたんや」と言いたげな顔が出ている事だろう。
私兵化フラグビンビンじゃないですかヤダー。
今回は早朝に予約しており感想返しができません。申し訳ないです。
11月17日 ルビを修正しました。




