天駆ける矢
「ハハッ。いやいや、そう身構えないでくれ。ルーディーから聞いて、君の雇い主はそうせざるを得ないと言うのは分かっているつもりだ」
張りつめた空気を振り払うようにロベリオン第二皇子は笑いながら言った。
「私はロベールと言う奴を知っている。そしてその蛮行も。竜騎士育成学校に奴が入ると知った時どうなるか心配だったが、ストライカー侯爵は素晴らしい人材を見つけたようだな」
続いてルーディーもそんな事を言った。
「いつかは上の方から何かしらあると思っていましたが、それが第二皇子様からだとは夢にも思っていませんでした」
今すぐどうこうなる訳じゃなさそうだ。だが今は良くてもここは山の頂上と同じでいつ天候が悪くなるか分からない。
とりあえず平静を装いつつ逃げる算段は放棄しないようにしなければ。
「正直、君の話を聞いたときストライカー侯爵も思い切った事をしたと思ったんだ。髪の色は違うし、そもそも顔つきがこの国の人間とやや異なるからね」
「どうして侯爵はそんな思い切った事をしたんだと思う?」と問うてきたが、その侯爵に一度も会った事が無いのでそんなもん知らない。
困ったな。下手な事を言って今の俺の状況が露見するのもよろしくない。だが、ここで答えに窮する事はもっと避けたい。
「私はストライカー侯爵様の息子であるロベール様に会った事はありません。ストライカー侯爵様から「息子の代わりに竜騎士育成学校へ行き、そこで高評価を得た状態で卒業するように」と言われただけですので」
「しかし、そうであればなおさら容姿を近づけるようにするのではないのか?」
ルーディーは俺の矛盾した言葉に、頭痛を押さえるように指でコメカミを押さえながら聞いてきた。
「言い渡されたのが1月過ぎです」
「あぁ、それは……」
「なるほど、だからか」
二者二様と言えば良いのか、俺の返答にロベリオン第二皇子とルーディーはそれぞれ違った印象を受けたようだ。
「君は竜騎士育成学校へ入学する前に事故に合ったと聞いていたが、それは急の替え玉に対応するためか?」
「はい。本来であれば入学式に間に合わせる手はずでしたが、私は貴族ではないのでその知識を身に着けるのと同時にドラゴンにも慣れる時間が必要でした。ですが侯爵様であってもドラゴンを融通するのは難儀したようで。最終的には学校から貰う形となってしまいましたが」
「なるほど、それならば辻褄が合うな」といちおう整合性がとれるように話を作ったので、ルーディーは信じてくれたようだ。
「では、君の親――いや、ストライカー侯爵は容姿が似ている事よりも、頭の良さで君を選んだと言う事か?」
「それは分かりませんが、侯爵様は私の新しい事に挑戦したいと言う意思をくみ取っていただけたものだと思っています」
俺の答えにロベリオン第二皇子の口角がやや吊り上るのが見えた。
「新しい物好き同士会話を弾ませようじゃないか」と言葉の端に乗せたのに気付いてくれたようだ。
「なる――」
「それは、君が準統治領で行っている政策と関係しているのか?」
ロベリオン第二皇子が口を開こうとしたのに被せるようにルーディーは口を開いた。
先行しそうなロベリオン第二皇子の御目付け役と言うか、新しい物好きをこれ以上拗らせないようにするストッパーの様な存在だな。
「そうですね。自分で言うのもなんですが、私は新しい物事が大好きです。なので毎日色々なことに思いをはせ、それが可能かどうか考えるのが大好きです。しかし、それらを行うには様々な物を必要とします」
「優秀なロベールを演じる代わりに、君は侯爵にパトロンとなってもらったと言う事か」
「そう受け取ってもらっても大丈夫だと思います」
俺とルーディーの会話を聞いていたロベリオン第二皇子は、冷めてしまった紅茶を一気に呷り再び問うた。
「率直に聞く。君の知識はどこから学んだ物だ? 新しい農法や産業を君が新しく見つけたとは私は思わない。そうでなければ、盗用される可能性もある学校での報告会に、同じく準統治領へ行った仲間とは言え話すことは無いはずだ」
自分の価値を下げないために、それらをできるのは自分だけの方が良い。それは技術を持っている人間のほとんどが抱いている考えだ。
そういった考えはこの世界では顕著になる。自己の価値を高めるためだから仕方のない話だが、この世界の住人であるロベリオン第二皇子にとっては俺の情報開示が不気味に見えるんだろう。
「確かに。全部が全部、私が考えた物ではありませんが、学校で発表した物はどれも真似されても問題ないと判断した為です」
町づくりゲームみたいで面白かったから、なんて口が裂けても言えないね。
それに、真似されると言うかめちゃくちゃ聞きに来てる奴もいるし。特にブロッサム先生とか。
それに、真似をする人が多くなれば食糧事情も改善され、末端で飢えて死ぬ人も少なくなるからだ。ひもじいのは本当に辛い。暑さ寒さに堪えて満足に動けなくなるんだ。
「でっ、では、君に知識を教えたのは賢者と言う事か?」
画期的な農法ですら真似されても問題ないと言いのけた俺に、ロベリオン第二皇子は水野監督顔負けな程ワナワナしながら問うた。
「賢者……かどうかは分かりませんが、知識を受けた相手は居ます」
「それは誰だ? これほどの知識を君に与えられるのだから、よほど高名な賢者に違いない」
「すぐに探す準備を」とルーディーに耳打ちするロベリオン第二皇子に、俺はなるべく申し訳なさそうな顔をした。
「彼は自らの事を賢者『ヒポポタマス』と名乗っていました」
ヒポポタマスは日本語で言った。今の所、カバと言う生き物を見たことも聞いたことも無かったけど、とりあえず用心としてだ。
当たり前だが、そんな賢者の名前に心当たりのない二人は、あーでもないこーでもないと読み方や二つ名から近い物を探しだした。
「君の師には、他の二つ名や有名な言葉を持っていなかったか?」
「二つ名や言葉ですか……」
カバの二つ名は何だったかなぁ。妖精かなぁ……。
「二つ名は知りませんが、ヒポがよく言っていた言葉があります」
「それは何だ?」
「もし私を探す奴が居るとするならば、私はそいつの前で逆さ立ちをしてやろう。と」
さすがにこれは馬鹿にし過ぎかなと思わないでもない。カバだけに。
しかし、言葉の意味が分からない二人は、俺の言った賢者の言葉から近しい賢者を探しているのか、再びあーでもないこーでもないと
「その賢者は今どこにいるか分かるか? できたらでいいのだが、この国へと呼び出いのだが」
二人で相談しても結果が出なかったらしく、今度は直で俺に聞いてい来た。最早、見境なさ過ぎな気がしないでもない。
「あ~……。それは無理ですね。もう死んじゃったんで」
「だからこそ私が里に下りてきたわけで」と伝えると、二人はバツが悪そうに顔をしかめて俯いた。
俺の知識の元である架空の賢者ヒポポタマスを呼び寄せて、食客として迎え入れようとはしゃぎ過ぎたと恥じたようだ。
「すまない。確かに、その歳で知識の泉である賢者から離れると言うのは、自らの意志だけではないのだな」
「私も少しはしゃぎすぎてしまった。許してほしい」
二人が揃って頭を下げた。ルーディーはともかく、第二皇子が頭を下げるって相当な事じゃないか?
前の騎馬騎士本部の大将がアレのせいってのあるけど、第二皇子が騎馬騎士本部の大将になってくれて未来は明るいだろう。
「いえいえ、別に構いませんよ。人はいずれ死ぬものです。遅いか早いかの違いだけで」
「そう言ってもらえると助かる」
俺が気にした風も無かったからか、一瞬部屋を重い空気が包んだがすぐに霧散した。
さらに仕切り直しと言わんばかりに言葉を切ると、ロベリオン第二皇子は「ここからが本題だ」と言わんばかりに真剣な眼差しで俺を見た。
「先ほどの話の延長になってしまって申し訳ないが、君は賢者ヒポポタマス氏からどのような知識を受け取った?」
「質問が漠然とし過ぎていてお答えのしようがありませんが……」
「そうか。では、これまで学校で発表した知識は、賢者から受け取った知識を麦袋いっぱいの麦としてどの程度の割合だ?」
知識量のパーセンテージの話か。これも漠然としすぎているけど、まぁ適当でいいだろう。
「一掴みも無いんじゃないでしょうか?」
必要に迫られて、ふとした拍子に思い出す事もあるだろう。でも基本的にはうろ覚えの知識だからなぁ。
「あれで一掴みだと!? 凄まじいな……」
役に立たん知識も含めてだけどな。すまんね。
しかし、ロベリオン第二皇子は俺の答えに満足したのか、笑顔でこんな事をのたまった。
「君を騎馬騎士本部へと迎え入れたいと思う。もちろん幹部としてだ」
本当に、とんでも無い事を言いだした。
ヒポポタマス=カバ
逆立ち=カバ→バカ
主人公遊びすぎぃぃぃぃ!!
評判の悪くなってしまった騎馬騎士本部のイメージアップ要員として主人公が勧誘されました。
しかも幹部です。このまま入隊すれば大出世ですw
11月14日 誤字修正しました。




