プレゼント
夕食に出席せよとのお達しを持ってきたフィーノは早々に退室し、残された俺はと言うと着ていく服を考えた。
元居た世界で学生ならば学生服が普通だろう。冠婚葬祭何でもござれ。しかし、当時は学ランだったから葬式関係は良かったけど結婚関係は浮いていたな。
クローゼットを開けて中を覗きこむが、そんなに服を買わない事が祟りまくって学校の制服とロン用のボロしか入っていなかった。服屋に来ていく服はあるけど、良い所に来ていく服が無いでござる。
この世界で貴族が服を買うのは全てオーダーメイドだ。今から発注しても速くて一週間くらいかかる。
ある程度サイズが決まっている既製服もあるが、やはり七五三状態になってしまうので余りよろしくない。
悩みに悩んだ末に、竜騎士育成学校の制服にした。これなら何とか言い訳がたつだろう。
★
昼過ぎ。今後の予定を紙に書きだしていると、ドアをノックされた。
「開いてるよ」
昼食は竜騎士育成学校の食堂で、いつも変わらないポテトサラダからポテト以外抜いたような物を食った。初めの頃はクソ不味い食い物だと思っていたけど、食い続けていると何だか食わないと逆にダメなような気がして食ってしまうのだ。きっと麻薬的な中毒症状を起こす何かが入っているのだろう、と言うのは昔からの生徒の間で噂となっている。
それはそれとして、その昼食時にミシュベルが後で俺の部屋に行くと言っていたので、たぶんミシュベルが来たのだろうとぞんざいな声をかけた。
「失礼する」
しかし入ってきたのは、しっかりとした軍服に身を包んだ女性だった。
何と言うか弛緩した空気の流れる俺の部屋を、軍服は有無を言わせず張りつめた空気にした気がする。いや、完全に言いがかりだけどさ。
その軍服は部屋着の俺を見ると片眉を上げ、何かを察したように眉を八の字にした。
「体調が悪いのか?」
「いえ、別に」
今着ているのは麻で編まれた緩々の部屋着だ。
絹を好む貴族にとって、麻と言う素材は平民が着る物としての印象が強く、貴族で着るとすれば鎧の下に着るくらいだ。もしくは病気などで服を汚しやすい場面だろう。
着やすさ重視で買い求めた麻製の部屋着は俺のお気に入りで、だいたい部屋に帰ってきたらこれを着ている。ちなみに靴は便所下駄だ。関係ないけど。
「君はストライカー家の長男だと聞いていたが、なぜそんな服を着ているのか聞いても良いか?」
「別に大層な理由はないですよ? ただ着やすいから。それだけです」
あぁ、あと着るとしたら貴族でも困窮している貴族だろう。ブロッサム先生の姉弟は制服の下に麻の服を着ていたはずだ。ミシュベルが昔馬鹿にしていたから覚えてる。
「そうなのか? まぁ、確かに鎧の下に着るにはちょうどいい素材ではあるからな。しかし、今の時期は寒くないか?」
「ずっと部屋に居るから、別に寒くは無いですよ?」
「体調は崩していないんだよな?」
「いえ、別に」
この軍服はあれだ。休日は外に出かけないと死んじゃう生き物だ。
部屋でゴロゴロと怠惰に過ごす事を良しとせず、出かけない人は架空の存在と思ってしまうほどお出かけが大好きな生き物なんだ。
いや、そもそも――。
「どちら様ですか?」
俺の麻の服のせいで出会い頭事故と言えなくもない脱線事故を引き起こし、話題が本線に戻りそうにも無かったので相手の素性を問いただした。
その質問に軍服は自らが俺の部屋を訪れた理由を思い出したのか、喉を鳴らして服を整えると仕切り直しと言った感じで胸を張って言った。
「失礼しました。私は騎馬騎士本部大将補佐のグラニエ・ポートルです。我が大将閣下よりロベール氏にプレゼントを渡すよう命を受けてきました」
昨日の今日ならぬ、さっきの今で今夜会う予定の騎馬騎士本部の大将から、先手を打つようにプレゼントが届いたようだ。
頑張った小僧にお褒めのプレゼントと言ったところだろうか。
「こちらを」
そう言ってグラニエは脇に抱えていた白色の箱を渡してきた。
「ありがとうございます」
「…………」
受け取りお礼を言うが、グラニエは俺の事を凝視したまま帰ろうとしない。
「――何か?」
「我が大将より、プレゼントを気に入ってもらえたか最後まで見てくるようにと言われているので」
「あぁ、なるほど」
ちゃんと開けたかどうか見て来いって事ね。グラニエさんも大変だな。
「失礼します」と一声かけて、渡されたプレゼントを開けた。
「もしよろしければ、今夜の会食はこの服を着てくれると嬉しいと、我が大将は仰っていました」
「なるほど」
嫌な予感しかしねぇ……。これを着たら、その新しい騎馬騎士本部の大将よりの人間になるんじゃないのだろうか?
絶対そんな感じで着せるきだろコレ……。
って言うか、この服……。出してみて分かるが、生地は滅茶苦茶良い。縫製も人間が行ったとは思えないほど間隔が一定で緻密と言って差し支えない。
たぶん帝国随一と呼ばれる職人がこさえた物だろう。そこまでは良い。
ベッドの上に広げてみると、七五三どころではないピアノのコンサートに着るような燕尾と言うか背中が長く、中に着るブラウスも鳩胸+胸のヒラヒラもあいまって相当おかしい。
しかも、ズボンが灰と黒の縦じまだ。俺は野球に興味が無いから、こんな服を貰っても嬉しくない。しかも、ステッキって紳士かっ! てな。ってか、これって絶対に喧嘩売ってるよね? ねっ?
「素敵な衣装ですね。我が大将も、忙しい仕事の合間を縫って職人に指示を出し、二日で仕上げさせた衣装です」
止めて! 職人死んじゃう!
恐ろしい。何が恐ろしいかって、職人を酷使する騎馬騎士本部の新しい大将とやらが恐ろしいし、こんな気味悪い服を素敵と本気で言ってのけるグラニエが恐ろしい。
「気に入っていただけましたか?」
俺が「気に入りません」と思っているとは微塵も思っていないんだろう。グラニエはニコニコと笑顔を浮かべている。
ここは嘘でもいいから適当な事を言わないとこの人は帰らないだろう。会食には制服を着て、先方には「着るのがもったいなさ過ぎて」とか言えば何とかならないだろうか?
皇族だから家宝にするとかなんとか言って。
「お気に……召しませんでしたか?」
「(この様な素晴らしい品を頂き恐縮です。今すぐにでもお会いしてお礼を言いたいです)いや、マジダサ過ぎて勘弁ですわ……」
「えっ?」
「えっ?」
あれっ? 俺、何かおかしなことを言ったか? お礼の言葉を言ったはずだぞ?
「あの、聞き間違えかもしれないが、これをダサ――」
「この様な素晴らしい物を頂き、感謝感激です。この気持ちは千の言葉を用いても表しきれません」
ヤッベー。つい建前じゃなくて本音がこぼれ出したようだ。服が余りにも気色悪過ぎて意識が混濁してきたかもしれん。
「気に入っていただけたようで何よりです」
「はい。ご用はこれだけでしょうか?」
とりあえず穏便に帰っていただき、家宝の体で会食に参加しよう。
「場所が少し離れているので馬車を用意しています。時間になったら呼びに来るので、それまでゆっくりしていてください。もし何かあれば、こちらの学校の食堂に居るのでいつでも声をかけてください」
「あっ、はい……」
退路を断たれた瞬間だった。
主「ところで、このプレゼントを見てくれ。こいつをどう思う?」
ミ「すごく……ダサいです……」
主「それ皇族の前でも言えんの?」
ミ「えっ?」
主「これ、皇族からのプレゼント」
ミ「箱を開けた瞬間に空気が張りつめたと思わせるほど美しい色合いの生地に、この縫製。初めはただ単に細かな縫い目と思いましたが、この特殊な縫い止めは有名な縫製店の仕事ですわね。なにより、ただ生地を縫い合わせるだけではなく裏地に堅い布を使うことで型崩れを防いでいる。これは長く使ってほしいと考えた、これをプレゼントしてくれた方の思いがこもった素晴らしい逸品ですわ」
主「手のひら返しにもほどがある」
1月17日 ラフィス→フィーノに変更しました。




