幕間 『騎馬騎士本部に巣食う影』
騎馬騎士本部に居る3人の大将の内の一人、髭の生えていない男――ディルマン・ポレット・ドゥ・スカークマンは涼しい部屋に居るにも関わらず顔面から多量の汗を流している。
なぜだ? どうしてだ? どこで間違えたんだ?
彼の胸中を渦巻くのは、そんな言葉と焦りの感情だった。
「さて……。、君は私のお願いを聞いてくれなかったようだが、それについて何か弁解はあるかね?」
自室の窓側に居るディルマンの他に、部屋の出入口付近には別の男が居る。
薄暗い部屋で容姿は分からないが、まだ若い男の声だ。静かな衣擦れの音は、その男が着る服が良い物だと言う事を知らせた。
「ちっ、違います! 私はきちんと言われた通り、貴方様の利になるように動きました!」
ディルマンは気色の悪いくらい顔に汗を浮かべながら弁解するが、男は何も答える事は無く頭を振るだけだった。
「残念だよ。スパイを受け入れるという危険を冒してまで竜騎士本部の力を削ぐ絶好の機会だったと言うのに、君はそれほどお膳立てをしてもらいながら失敗してしまった」
「そんな! 私は、キチンと動きました! あの子供が間違えなければ!」
失敗するのは当たり前だ! そう叫んでやりたいディルマンだったが、今の状況からそんなこと言えるはずがは無かった。
今回の失敗は予定されていたと言っても過言ではない。
スパイが入っていると分かっている組織からの命令なんて聞くだけ無駄だ。絶対に何か仕掛けられていると考え、普通であればその道筋に乗らないように、またはそうならないように何か保険をかける。
この男は相手を子供の御使いと軽く考え、敵が罠をはる場所へ呼び寄せようとしたようだが、ロベールは通達のあった日程を早める事で難を逃れている。
「子供? あぁ、あの侯爵家のクズの事か。そんな子供も禄に扱えないんじゃ、君は全くもって無能なんだなぁ」
馬鹿にしたように笑う男に、ディルマンは下唇を噛みその恥辱に耐えた。
初めは些細なミスの隠ぺいだった。そこを指摘され、隠している事が芋づる式に明るみに出て、気付けばこんな若造に良いように動かされる人間になってしまった。
本来であれば、若造にあるのは後ろの威光だけなのに……。
「まぁ、そうは言っても私は君を高く評価しているつもりだ」
「はっ、はい! ありがとうございます!」
「失敗を挽回するチャンスをやろう」
「かっ、必ず! 次は、必ず貴方様のご命令通り!」
ディルマンは今を生き残るために、目の前の若造が一番望むであろう言葉を全力で唱えた。
その必死さに気をよくしたのか、若造は大仰に頷くとディルマンに言った。
「この先どうなるか分からんからな。君には私の別荘を建ててきてもらいたいんだ」
「別荘……ですか?」
今までとは全く毛色の違う話にディルマンは鼻白んだ。そもそも、この若造が使う事の出来る別荘など国内にいくつか存在しているはずだ。
「そうだ。この先、私が行くであろう世界に行き、そこで別荘を建てておいてもらいたいんだ」
「はっ、はぁ……。その場所とはどこですか?」
と、問うた瞬間口をふさがれ、胸を強く打つ衝撃があった。
「そこは天の使いが御座す場所だ。私が天の国へ行った際、そこで住む場所が無ければ大変であろう?」
「うごぉぉぉぉおおおお!! オオッ!! オオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
ディルマンの胸を打ったのは大きなナイフだった。胸に深々を突き刺さったナイフを持つ手は自身の背後から伸びていた。そもそも、この部屋に居るのは自分と若造だけだったはずだ。
ナイフが胸から引き抜かれる。初めの衝撃の割に痛みは無く、代わりに体から体温が外へ流れ出ていくたびに倦怠感の様な物が体を包み始めた。
逃げようにも、ナイフを刺した誰かに羽交い絞めにされて身動きが取れない。叫ぼうにも口を手でふさがれており、声は全てくぐもっていしまっていた。
そしてすぐにディルマンの瞳から光が消え、膝から崩れ落ちるように倒れた。
「あぁっ! ディルマン! 騎馬騎士本部へスパイの侵入を許してしまった事の責任を取り、自ら命を絶ってしまうとは!」
「嘆かわしい、嘆かわしい」と若造はワザとらしく言うと、そのまま部屋を出て行った。
あとに残されたのは、自らの胸にナイフを突き立てた様にこと切れているディルマンの死体と、ディルマンが愛用していた机の上に置かれた皇帝陛下宛てとなった手紙だけである。
「まぁ、私と君とでは行く世界は違うとおもうけどね」
そんな独り言が血なま臭く暗い部屋に流れた。
ディルマンは、騎馬騎士本部のおっさんズ(アゴ髭・カイゼル)の中の一人です。
初めて名前が出たと言うのに、死んでしまうとは情けない……。
そして、この若造とはいったい誰なのか……。
11月7日 誤字・脱字を修正しました。




