幕間 『カタン砦の夜』
妙な胸騒ぎを感じて、砦の責任者となったエクルースは空を見上げた。
「どうかしたんですか、大将?」
いち騎馬兵から騎馬兵長となったグレムスが、エクルースと同じように空を見上げながら聞いた。
「いやな……。何か良くない事が起きる様な予感がして」
「嫌な予感……ですか?」
「あぁ、いや、気にしないでくれ」
こんな事を言って士気に障ってしまっては目も当てられない、と言った様子で前言を撤回したエクルースだが、それでもなお気になるのか空を気にしている。
「そうだ、大将。ウチのヤツが川から魚を獲ってきたんです。食べませんか?」
「魚……? 獲って来たってどこで?」
「表の川に昨日の夜からワナを仕掛けていて、暗くなってから回収しに行ったそうで」
表と言えば敵国の子爵側を流れている川だろう。守るべき帝国を背にしているので、平原が裏の方だ。
あちらの川は大きく深いので簡単に敵兵はわたって来れないだろうが、それでも魚を獲りに行くことが危険なのには変わりない。
そう注意をしようとして止めた。そんな事は誰もが分かっている。それでも獲りに行かなければならないほど、この砦の食糧は心もとなくなっているのだ。
本当に大将と言う地位は考えることが多すぎて堪らない。小言が多い人間を多く見てきたが、自分がその立場になって同じような人間になっている事に辟易としてしまう。
「上手い具合に焼けた物を用意しています。さっ、どうぞ」
「すまないな」
渡された川魚は先ほどまで炙られていたもので、目の前に差し出されただけで美味しそうな匂いが漂ってきた。
この川は山から離れているので水温はまだ高く、魚も食欲が戻っていないのか脂身は少なそうだが、焼きたての匂いと空腹はそれらを無視して美味しくする調味料となるだろう。
「では頂くとしよう」
とエクルースが魚を頬張ろうと大口を開けたところで、視界の端に黒い巨大な影を捉えた。
「ドラゴン! 奇襲だ、避けろぉぉぉぉおお!!」
空から飛来する影はドラゴンしか居ない。それに、この砦にドラゴンは存在しないので、恐らくは敵のドラゴンだろう。
エクルースが叫ぶと、それまで弛緩した空気が流れていた砦に激震が走ったように兵士が動き出した。
しかし、黒い影――ドラゴンは自分達の頭上をすり抜けると、そのまま空へ上がってしまった。その代わりに布が取り付けられた箱が目の前に落ちてきた。
「何だ、何だ?」
奇襲だと思ったら箱だけを落として逃げて行った。拍子抜けするような事態に、砦を南北に切る大通りに居た兵士達が箱に近づこうとしたが――。
「その箱から離れろ!! もっと落ちてくるぞ! 全員、この通りから逃げろ!!!!」
エクルースが叫ぶが早いか、空から似たような箱が連続して落下してきた。
重量がかなりあるのか、箱は地面を大きく削りながら進み、そして力尽きたように重なり合いながら止まった。
それに続いて空から樽が降ってきた。
樽は地面に落ち転がりながら地崩れの様な音を響かせ、初めに落ちてきた箱に衝突していった。
「大将! これは新手の攻撃ですか!」
樽の出す音に負けじと隣に居るグレムスが叫んだ。それについてエクルースは頭を振った。
「違う! これはキース隊長が落とした物だ!」
「こんなむちゃくちゃなやり方でですか!?」
「こんな所に落とすんだ! これくらいでないと無理だ!」
いくつかの勢いが止まらなかった樽が布の付いた箱を飛び越え、近くにあった建物へ衝突した。
「落下地点から離れろ! 巻き込まれて死ぬぞ!」
叫ぶが、仲間の位置が遠すぎて聞こえているのか分からない、そもそも、そこに人が居るのかも分からなかった。
さらに樽から再び箱へ戻ると、今度は周囲に木片をまき散らしはじめた。
「うおっと!?」
物陰から顔だけ出したエクルース達の目の前に木片がぶつかった。
洒落にならない出来事にすぐさま頭を引っ込めて、破片が当たらないように神様に願うため夜空を見上げた。
今まで落下地点にばかり気を取られており気付かなかったが、夜空にはドラゴンが大量に飛んでいた。
そして、そこに他のドランよりも大きな一頭のドラゴンを見つけた。
「あいつは――」
そのドラゴンには見覚えがある。この砦にやってきたはた迷惑な竜騎士が乗るドラゴンだった。
その姿を見た時、エクルースの心中に不思議な感覚が流れた。
自分たちはまだ必要とされているんだ。
砦の事を考えれば国が軍を出すのは当たり前の事なんだろうが、それでも消耗を続けるだけの日々に不安を感じない日は無かった。
だからこそ、あのはた迷惑な竜騎士が約束を守ってくれたことに感動すら覚えた。
★
空から箱が落ちて来なくなり、兵士達はホッと息を吐いた。
その箱の落下場所に選ばれた大通りは酷い有様で、折角ならした地面はえぐれてデコボコになり、箱の破片がそこらじゅうに散らばっていた。
「片付けが大変そうですな」
「あぁ、全くだ」
こうして落ち着いて会話ができるのは、箱の中に食料や矢など籠城に必要な物がぎっしりと詰まっていた事の他に、夜だから良く見えるのだが敵陣から火の手が上がっているのだ。
やったのは誰なのか分からないが、たぶんあのはた迷惑な竜騎士だと思った。
あれは自分の知っている竜騎士とは違った生き物だったからだ。出会い会話したのはあの時だけだが、なぜかそんな風に思わせる何かがあの竜騎士にはあったのだ。
「竜騎士の仕事は終わった。あとは、我らの巣である騎馬騎士本部がどう動くかが問題だな」
皇都からの距離を考えれば、増援が来るのはまだ少し先だ。だが、この支援物資があればまだもう少しの間戦える。
そんな事を考えながら、エクルースは竜騎士が飛び去った夜空を見上げた。
主人公たち竜騎士が、砦へ物資を投下したときの話です。
その砦に駐屯するエクルース視点から。
もう一話幕間を挟んでから本編を再開します。
本編は小悪魔的JSな流れの話ですw
11月4日 誤字・脱字を修正しました。




