ロベールの嘘
すみません。遅くなりました。
「これで最後の荷になります。確認を――」
そう言って、納品書と書かれた羊皮紙を俺に渡したのは、イスカンダル商会長代理のグレイスだ。
手動ポンプの専属販売を主な事業としていたイスカンダル商会だったが、そのポンプで得た金を元手に事業を拡大し、今ではポンプを優先的に卸した貴族の口利きによって軍需品の卸も行っている。
ただし、軍は軍で昔から懇意にしている商会が存在しているので、卸ができると言ってもこういった突発的な事態にのみらしいが。
だから、俺が勝手にイスカンダル商会へ仕事を振ったのにも関わらず他の商会から、特に既存の軍需品を卸していた商会から文句が出なかったのも頷ける。
「ありがとう。大丈夫そうだ」
竜騎士本部に所属する輜重会計科の人間と共に確認をしたので、まずは間違いないはずだ。
その会計科が適当にやってたら知らないけど。
「それにしても、結構溜まりましたね」
「あぁ、どれだけ落とすか分からんから数だけは集めたからな」
場所は、竜騎士の屋内訓練場。屋内とは言っても馬より大きなドラゴンは使えないので、主に上に乗っている人間の訓練だけだ。
なので騎馬騎士本部が所有するようなガッチリとした訓練場ではなく、竜騎士の屋内訓練場は骨組みに布を被せただけの簡単な施設だった。
その下には、竜騎士本部で決まった物資の投下によって3日かけて集めた物資の山がある。
今はそれらの詰め込み作業だ。
スパイによる破壊工作・及び毒を含む異物混入を避ける為に荷詰めはイスカンダル商会の人間と信頼できる貴族から紹介された人間のみを使っている。体裁としては、護国貢献としている。
フタさえ閉めてしまえば、後は破壊工作のみに注意するだけなので、そこは竜騎士の皆さんに頑張ってもらうしかない。
本当だったらそこでもイスカンダル商会の人間を使いたいのだが、余りにもサービス精神が旺盛過ぎると怪しまれるからだ。
「皇帝陛下が病に臥せっている時に起きた出来事ですが、ロベール様としてはどのようにお考えですか?」
「どう、とは?」
「皇帝陛下は自国民以外にはかなり苛烈な人物で、周辺国からはかなり恐れられていました。先の戦争であったユーングラントもかなりの痛手を負ったとの事は記憶に新しいです。その時の傷が癒えていない所への攻め込みとしてみれば分かる話ですが、何せ私の所へ入ってくる情報の敵は大胆すぎる気がして……」
一介の商会に過ぎないイスカンダル商会にも、今回の騒動の話は届いているようだ。
情報処理に係る人間が多いせいで、それこそ人の口に戸は立てられないと言った諺を体現するかの如く情報が駄々漏れなようだ。
「まぁ、そんな事もあるだろう。頭がすげ代われば下の動きも変わるしな」
「確かにそうなんですけどね……」
ふくむ言い方をするグレイスはアゴに手を当てて考えた。
商会長としていつも何かを深く考えているグレイスだが、これ以上考え込むと禿げてきそうで怖い。イケメンなんだからもう少し笑った方が良い。
「それで――」
「ロベールは居るか?」
グレイスが何かを確認しようとすると、広い屋内訓練場の出入口から俺の名が呼ばれた。
そちらをみると「いつでも戦闘行動を開始できます」、と言わんばかりの鎧に身を包んだバース隊長が居た。
「バース隊長。どうかしましたか?」
「この物資投下について最終確認をしたいと、騎馬騎士本部からロベールを出頭させるように届けが来た」
「なるほど、分かりました」
出頭と言われると何か悪い事をしたように聞こえるが、ただ呼ばれた場所に出向くだけの事なのでこれは言葉遣いの問題だ。
しかし、入れ替わっている――嘘をついている俺にとっては、あまり聞こえの良い言葉ではない。
★
「すみませんねぇ、お忙しい時に」
「いえ、作業のほぼ全てを終わらせてあるので、あとは出発の号令がかかるのを待つだけなので」
「さすが最速の竜騎士ですね。仕事が早い」
「最速……?」
何か恥ずかしい二つ名の様な物が聞こえて訝しむ俺に、輜重隊会計係は不思議そうな顔をした。
「カタン砦を発って、騎馬騎士本部へ報告に来るまで一日も経たずと聞きました。普通の竜騎士なら一日半の距離を一日に縮めたのですから、それはもうかなり無理をしての飛行だったんだろう、と皆で話していたんですよ」
「なるほど。ですが、あの砦の惨状を目の当たりにすれば、あまり悠長な動きができなかったのも確かだったので」
ぶっちゃけた話、目的地をヴィリアに伝えればあとはオートクルーズだ。ヴィリアに背負わせた荷物を背もたれにすれば、そこはもうネカフェで寝る様な心地よさとなる。
つまりは背中と尻が痛くなるのを我慢すればいいだけだ。あとは寒さかな。
それに、普通のドラゴンであっても休憩時間を少なくすればもっと早く着くはずだ。
「それで、私は騎馬騎士本部から出頭命令が出たと聞いたのですが、どういった内容でしょうか?」
「あぁ、そうですね。通達内容は明日の早朝ここを発ち、途中テルムット村で休憩した後、日が沈むのを待って夜間投下をするためにテルムット村を出発する、と言った計画内容になります」
「なるほど。それは確定と言う事で良いですね?」
「えっ? あっ、はい。そうですね。確定です」
なるほど。変更は無く、このままで行くと言う事か。それは不味いな。
「そう言えば、ジェナス様も一緒にここへ来るものだと思っていましたが、あの方はどちらに?」
物資投下を提案し、その後の計画の進行具合の話し合いの場には必ずジェナス氏がついていた。しかし、今回は時間が取れなかったと言うのと合わせて、すでに計画は実行寸前まで行っているので俺一人だけでも大丈夫だろうと言う考えで一緒に来なかったのだ。
「あの方も忙しいですからね。それに、私一人でも計画は滞りなく動きます」
バース隊長の話によると、ジェナス氏は竜騎士本部での会議に付きっきりとなってしまい身動きが取れない状況にあるらしい。
この物資投下の計画が始まってから、色々な部署と歩調を合わせないといけないのでその合わせるのに時間を取られまくっているんだそうだ。
「なるほど、それもそうですね」
「では、私は最終確認をしてまいりますので、これで――」
「はい、それではよろしくお願いします」
そう言い残し、騎馬騎士本部をあとにした。輜重隊会計科の人は無害そうで良かったが、何か嫌な予感がしてならなかった。
そもそも書面を通さないのはどういったつもりだろうか?
今のままでは口約束程度の拘束力しかないじゃないか。
★
「よおロベール。騎馬騎士本部の進捗状況はどうだった?」
竜騎士育成学校の竜騎場で愛竜の体を拭いていたのは、あの日の軍議でバース隊長とやり合っていたキース隊長だ。
あいかわらずギラついたと言うかギョロッとした目で、爬虫類系の生き物を思わせる顔つきだ。話してみるととてもいい人なんだけど、その顔つきと語気の強さで周りから距離を置かれていると言う可哀想な人だ。
「緊急会議が必要になりました。私は山岳防衛部隊の人達を呼んできます。申し訳ありませんが、キース隊長は投下部隊の人達を呼んできてもらえませんか?」
「中止になったのか?」
眉間にシワを寄せて言うキース隊長。本人は難しい顔をしてるつもりだろうけど、やられる側にしてみれば半キレで睨まれているようにしか思えない。
「いえ、その逆です。緊急出撃になりました。今すぐに発ちます」
「もう夕方に入っているぞ!? 何を考えているんだ!」
「間者が侵入している事を考慮しての予定繰り上げでしょう。一日中飛び続け、カタン砦への投下は明朝夜明け前になりました」
「間者か……」
苦虫を噛んだような顔をしながら口の中で呟くキース隊長。他の隊長達も口には出さないが、今回の騒動に関しては個々に調べているだろうから思い当たる節があるんだろう。
「ならば急がないといけないな。俺はお前が言った通り投下部隊の人間を呼んでくるから、他の奴らを頼めるか?」
「大丈夫です。10分以内に集めて見せますよ」
「頼もしい限りだ。では行くぞ」
キース隊長と別れ、俺は山岳防衛部隊の竜騎士を呼びまわった。
そのほとんどが竜騎士育成学校の竜騎場や、その付近に存在していたので時間を取られる事は少なかった。
会議室に集まったのはあの時のメンツだ。突然の呼び出しにも関わらず、一番遠くの自分の家に居たはずのカショール大将もすでに席へついていた。
「それでは、騎馬騎士本部から通達された投下予定を説明します」
騎馬騎士本部に予定と違う事を悟られる前に行動しなければいけない。
どこまでスパイが入っているのか分からないこの状況で、ロベールは自身を守るために予定を繰り上げました。
この無茶な輸送が、今後どのような結果になるのか……。
10月25日 誤字・脱字を修正しました。




