砦の存在意義 2
「大将、どうでしたか?」
旋回しながら上昇をしていくはた迷惑な竜騎士を見送っていると、隣に居た年かさの兵士がエクルースに聞いた。
人払いをした上でした会話だったので、当の竜騎士が居る前では聞きにくかったんだろう。
「敵が広く展開しているから、援軍は遅れるそうだ」
そんな話は一言も無かったが、エクルースはこれ以上士気が低下してもらっても困るので、最後に取り付けた約束に一縷の望みをかけて願うように言った。
「あ~……。見捨てられては無いんですよね?」
「それはそうだろう。ここは隣国との最前線にある砦だ。ここまで作って敵にとられては、敵に国を攻めてくださいと言っているようなもんだからな」
ここは帝国軍の建築部隊と、その手伝いをする市民が汗水流して築いている砦だ。そして数日前から、そこに血が混ざり始めている。
いつものエクルースであれば引くことも考え始める……いや、始めなければいけない状態だが、ここを落とされては今までの皆の頑張りや死が無駄になることを考えるとなかなか考え始めるにはやや早すぎる気がした。
「援軍の話は、他の奴らにしても大丈夫ですか?」
その部下の言葉にエクルースはしばし考え、そして首を振った。
「今すぐはダメだ。さっきの陽動で全員疲れている。早く言った方が士気を支える良い柱になるかもしれないが、捨て身になる可能性もあるからな」
部下を持つ前は考えたことも無い話だったが、部下を持つ身になってみて初めて気づいた事があった。
人は次に目的を託せる者が現れると、自らの役目を終えるかの如く無謀になるのだ。いや、無謀ではなく蛮勇と言った方がしっくりと来るかもしれない。
その一人から始まった蛮勇は他へ伝播し、次第に砦全てを覆う一つの意志になる。
援軍がたどり着くまでエクルースが押さえておく事ができれば良いのだが、如何せんこの砦に屯する人間は皆血の気が多く逸った気持ちを押さえておけるような奴らではなかったからだ。
「では、いつ頃に話しますか?」
「日が昇って、一回仕掛けられた後に全員に話す」
「分かりました」
静かに部下が返事をすると、遠くから高い笛の音が聞こえた。
「(部下の命が掛っているんだ……絶対に死ぬなよ……)」
エクルースは皇都がある方角を睨みながら、心の中で呟いた。
★
「くっはぁ~!! 帰りは楽そうだと思ったら、まさか竜騎士が出てくるとはな!」
敵から矢を射られないように、射程範囲外の高度まで砦の上で高さを稼いでから外へと出た。
そこまでは良かったのだが、砦の外へ出ると進入時と同じように地上から笛が鳴った。
その時は「離れているのだから大丈夫」と高をくくっていたのだが、それもすぐに表れた敵竜騎士によって崩れた。
まさか自分達以外に夜中、しかも月明かりの全くない空で飛ぶ竜騎士が居るとは思わなかったからだ。
ヴィリアは下から飛んでくるかもしれないバリスタに注意が行き、俺はと言うと皇都に戻ったらどう報告をしようかと悩んでいたので、完全に不意を突かれた状態となってしまった。
しかも、相手は俺達の高度の上から直下してくる形で肉薄し、あと数瞬ヴィリアが気付くのが遅れていたら俺はドラゴンの足で踏みつぶされていた事だろう。
視界の悪い夜の空で攻撃は危険を伴う。そんな危険な事を軽々とやってのけた敵の竜騎士に賞賛を送りたいところだが、こちらもまだ死ぬわけにはいかなかったので敵竜騎士の槍が届く範囲に入る前に戦線を離脱した。
途中まで敵竜騎士は追ってきたが、雲の中に入るとすぐに引き離すことに成功した。
俺も敵竜騎士も互いに見失ったのだ。
余りにも情けないヴィリア任せの結末だったが、自分のやらなければいけない事を思い出すとおいそれと無茶はできないのだ。
「見ろ、ロベール」
「ん?」
今日一日無理をしたせいか非常に眠い。そんな目を擦りながらヴィリアに促され前を見ると、地平線の向こうから朝日が少しずつ顔を出しはじめていた。
「綺麗な夜明けだ」
「あぁ、そうだな」
先ほどまで死にそうな目にあっていたにも関わらず、朝日を見ると心が非常に穏やかになった。
「日が出ればもう何も怖くないな」
「ハハッ。そうだな」
そう小さく笑うと、ヴィリアは皇都へ向けて加速した。
蛮族を探す前にやることができてしまったので、いったん皇都へ戻ります。
この先回想も入り、物語の進行が前後するので時系列が分かりにくくなる可能性があります……。
10月8日 月夜→月明かり に変更しました。
10月9日 無謀になる→捨て身になる へ変更しました。
10月10日 不意打ちを突かれる→不意を突かれる に変更しました。




