砦の存在意義
「ヴィリア!」
矢の刺さったヴィリアを見た瞬間に、俺の頭を支配していたフワフワとした感覚が消し飛んだ。急いで駆け寄る俺に心配をかけまいとしているのか、ヴィリアはニヤリと笑いながら指に刺さった棘を抜くように矢を抜きだした。
その矢を数本束ねてから近くに居た兵士に渡すと俺を抱き寄せた。
「安心しろ。全て鱗で止まっている。こんな枝如きで私が傷つくわけないだろう」
周囲の兵士に聞かれないよう、ヴィリアは俺の耳元で小さく呟いた。
そうヴィリアが言う通り刺さっていた矢には血は付いておらず、また抜いた部分からも出血が見られない。先ほどまで焦って見落としてしまっていたが、良く見ると矢が刺さっているのではなく引っかかっていると言った方が良い状態だった。
「あぁ――良かった……」
腹の底から出た安堵のため息に、ヴィリアは苦笑するように喉を鳴らした。
「雄にここまで心配してもらえるのであれば、雌の冥利に尽きると言う物だな」
俺が心配しているのがよほど嬉しかったのか、周囲に兵士が居ると言うのに話し続けた。
兵士からしてみれば、俺がヴィリアに抱きかかえられている様に見えている――実際もそうだけど――ので、ドラゴンが騎手に甘えている様に見えているだろう。
声も可能な限り抑えているので聞こえてはいないだろうが、それでも注意するに越したことはない。
「なるべく早く戻ってくる」
「クア」
ヴィリアから一旦離れると、さきほど俺が滑落しそうになった時に支えてくれた兵士と向き合った。
「俺がここへ来る前に、砦から飛び出してきた兵士は戻っているか?」
「ああ――いや、はい。貴方様が戦線を越えた時に撤退の太鼓は打ってあるので、もう砦の中へ戻っています」
「なるほど分かった。重要な話があるから、ここの指揮官と会わせてもらいたい」
「分かりました。では、こちらへどうぞ」
突入のせいで乱れた着衣を軽く直して、俺は兵士の後ろを着いて行った。
★
「第三隊のブレノスです。さきほどの竜騎士殿をお連れしました」
「入れ」
「ハッ!」
バルシュピットのインベート準男爵は、自宅の事を掘立小屋に毛が生えた程度と称していたが、それでもそれなりに良い建物だった。
本当の掘立小屋に毛が生えたと言うのは、今俺の目の前にある指揮所の事だろう。
急造と言う言葉がしっくりくる建物は、最近――竜騎士として入れ替わってからは初めてだ。
骨組みは太いのもあり細いのもある丸太で組んであり、壁に使われている板は厚みも長さもバラバラだ。そこらにある物を寄せ集めて作ったと言うのが、誰が見ても分かる作りだ。
その指揮所と言う名の掘立小屋の中は、外界と分けるのがただの板切れだけなので見た目に反して広い気がする。
「敵の矢が降り注ぐなか来てくださりありがとうございます。見た目通り何もない所で何のお持て成しもできませんが、どうぞおかけください」
座るように勧めてきたのは、この砦の実質的な最高責任者である百人隊長だった。歳は若く、大学生くらいだろう。事前に兵士から教えてもらった百人隊長の名は、エクルース・フランツェと言うそうだ。少し前に昇進したばかりの新星で、その腕を買われての砦建設の防衛任務の派兵らしい。
では本来の砦を守る部隊の総大将はと言うと、今より少し前にあった戦闘の流れ矢に当たって落命したそうだ。
先の――俺を砦へ入れる為に行われた陽動でも数人死んだようだ。
「失礼する」
椅子と言うより小さな作業台に布を被せたような物を勧められ、そこへ座るとお湯が出された。
「本来であれば酒か、もしくはお茶を出すのが礼儀だと思うのですが、この砦の惨状をご覧いただいた上で理解していただけたらと思います」
「ここへは酒を飲みに来たわけではないので、その事に関してとやかく言うつもりはありません」
「ありがとうございます」
ほっとしたような顔をするでもない、あくまでも事務的な礼をするだけに終わった。
騎馬騎士本部と同じような竜騎士に対する嫌がらせかと思ったが、周囲を見渡してみると武器はあっても食料が無い状態だった。
インベート準男爵から物資を受け取っているはずなので、当面の食糧以外は皇都から運んでくる手はずになっていたんだろう。
「それで、皇都からの予定はどうなっているのでしょうか?」
「はい。そこでですが、人払いをしていただいてもよろしいですか?」
「なぜですか?」と聞くことは無い。エクルースも軍に属する兵士なので、必要であるからそうするのだ、と言った様子で周りに居た兵士を退出させた。
「他の者に聞かせる事は出来ないと言う事は、周囲はそれほど酷い状況ですか?」
「酷いかどうかと言われれば、囲まれている時点で酷いですね。さらに、正面に居た部隊の他にも後方――皇都側にも部隊が展開していました」
「…………そうですか」
息を飲みそれを噛み砕くくらいの時間をかけたあと、エクルースは「やはりか」と言った様子で言った。
これからの事を考えているのか、それともストレスからか、エクルースは忙しなく手を揉んだ。
「では、この砦への救援はまだ時間がかかると言う事ですか?」
「そこに関しては、私の不手際で申し訳ないのですが――」
パチン、と指揮所の外で薪が爆ぜる音がした。
続く俺の言葉にエクルースは理解が追い付かないのか、それともあまりにも馬鹿らしさに何も話す気が無くなったのか、静かに天井を仰いだ。
ヴィリアの腹は堅い(小並感)
作中では鱗で止まって~と言っていますが、魚の様な魚鱗ではなく蛇の様な横縞に近い筋肉質的な鱗と言うか革で止まっています。
なかなか言葉に表し難いですね……。想像力のない私の為に誰か描いてくれないかな~(チラッチラッ




