砦へスライディング
「毛布は被ったな!」
「あぁ! いつでも頼む!」
次の瞬間、少しの浮遊感と共にヴィリアは滑空した。俺はそのヴィリアの背中に毛布を被って、へばりつく様に耐えている。
矢避けの為の毛布だが、頼りなさ過ぎて鼻水が出そうだ。
「一気に行くぞ!」
すでに行ってるだろ、と言う突っ込みができないのが残念だが、ヴィリアはさらに速度を上げることで俺の度肝を抜いた。
前の陣地では聞こえていた矢の飛来音は風の音に消されているので恐怖心はとても少なくなっているが、その代わりタマヒュン状態が継続しているので股がムズムズしている。
辺りの状況が全く分からないと言うのはとてもストレスがかかる。それも、戦闘時には更なる負荷がかかる。
それでも気持ちが荒ぶっている自分を、俯瞰的に見ている自分が居る気がする。
大声を出して気を紛らわしたり自分を鼓舞したくなるのが普通だが、そんな気持ちがあまり起こらないのはヴィリアがすぐそばに居るからだろう。
「あと五つで接地する。落ちるなよ」
「あぁ! どんと来い!」
そうは言っても減速を全くすることは無かった。今までの着陸で行けば、ある程度地面に近づいた辺りで減速を始めるのに……。
「減速はいつ来るか?」と頭の中でグルグルと考えていると、突然下から突き上げるような衝撃と共に急制動が掛った。
「ぐおっ!?」
その衝撃に対応できずに俺は鞍から跳ねるように滑落すると、ヴィリアの首元から尾の方までキーホルダーの如く転がった。
ガリガリと地面を削りながらの急制動は、それまでの速度が嘘のようにほぼ一瞬で停止することに成功した。
「クァクァ――」
毛布に包まれた暗闇の中、安全帯で吊り下げられている状態の俺はクラクラする頭でヴィリアの心配そうな鳴き声を聞いていた。
「おい、大丈夫か!」
ガチャガチャと鎧を鳴らしながら、砦に詰めている兵士が駆け寄ってくる音が聞こえた。
毛布で視界が遮られているので人数が分からないが、かなり多くの兵士が来ているようだ。
「おい!」
乱暴に毛布がはぎ取られると、目の前にはやや草臥れた兵士が立っていた。疲れからくる悪い草臥れ感だ。
兵士は鞍にぶら下がっている俺を担ぐと、安全帯の金具をガチャガチャし始めた。だがその構造と言うかフックが分かっていないらしく、金具を無理やり引っ張りそれがダメならベルト切ろうとしたのかナイフを取り出した。
「まっ、待て待て。そんな事をしなくても外せるから、一度俺を鞍に戻してくれ」
「あぁ、分かった」
返事をすると兵士は俺を軽々と鞍へ戻した。疲れた悪い草臥れ感を醸しているが、土台となる力は衰えていないようで、その動きには全く陰りが無かった。
「それにしても、このドラゴンは凄いな。こんな状態でも突入してくるなんて」
後ろで他の兵士達が何かを話しているが、着陸の衝撃が強すぎて頭がフワフワしているので話が入って来ない。
「お前、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だ。手が……力が入らんだけだ」
カチャリ、と安全帯をベルトから取り外すと、ヴィリアが伏せるのを待たずに降りた。
「おっとっと……」
自分で思っている以上に先ほどの強制着陸は体に負担をかけていたようで、地面に降りた瞬間ふらつき前に立っていた兵士にぶつかってしまった。
「おいおい、本当に大丈夫か? ってか、伝令に子供を使うなんて……」
伝令と言う言葉に、俺は「やっぱりか」とフワフワする頭で吐いた。彼らは自分達に来る伝令を待っていて、俺をその伝令と間違えたのだ。
「さて、どうやって彼らに伝えようか」と考えていると、俺が黙考しているのを子供と評した事について怒っていると勘違いしたのか、目の前の兵士は慌てだした。
「あっ、いや、ずいぶんとお若いもので……。いやはや、その御歳で軍の重要任務を担うなど私にはとても真似できない事です」
「なっ? なっ?」と兵士は仲間に声をかけていくと、仲間の兵士も一様に困った様子で苦笑いするだけだった。
「ですが、危険な目にあってまで来ていただけた事に感謝します。伝令は必要な事ではありますが、ここまで酷い状況で来てもらえるとは思っていませんでした」
「あぁ、いや……どう言ったら良いものか……」
話を切り出せないでいる俺に追い打ちをかけるように、目の前の兵士は感謝の言葉を述べた。
間違えて敵陣へ突入してからの仕方なしのこの砦への着陸だったが、兵士達から見れば夜間飛行――それも矢が飛ぶ上空を駆け抜けて来たのだから、それだけ緊急性のある伝令で期待も高まると言う物だ。
さらに言いにくくなる前にさっさと言ってしまえ、と口を開こうとしたとき別の兵士からの言葉で考えていた内容が吹き飛んだ。
「このドラゴンもイガグリみたいな状態になるまで頑張ったんだな」
「偉いぞ」とヴィリアの巨体を叩く兵士を見る。そして、なぜ今まで気づかなかったのか、と自分をぶん殴りたくなった。
ヴィリアの体――特に地面を向いている体の前面に矢が大量に刺さっており、その矢のせいで翼を畳むことができないのか、中途半端に折っているヴィリアがそこに立っていた。
スライディング関連ですが、昔バイクでずっこけたことがありまして。
よく車に乗っている人が、前でバイクがコケたら轢きそうと言っていますが、あるていどスピードが出ていれば轢くことはまずないと思います。
それは、コケたらその当時の速度のまま、乗っている人も飛んでいくからです(実体験)
死亡事故のほとんども、車体から投げ出された後にガードレールにぶつかる等をしての死亡が多いので。
それと、コケた瞬間(地面を転がっている時)は「ヤベェ、これ幾らかかるんだ?」と結構冷静に考えていましたw
そして、転がり終わると共に急いで車道外へ走れたのは日頃の脳内訓練が役に立ったようですw(道路で気絶している時に轢かれるのも死亡原因の一つです)
みなさんは、安全運転でどうぞ。
10月4日 脱字修正しました。




