逃げたその先に
「んで、今はどっち方向に逃げてんだ?」
「西だ。とりあえず、敵陣の所からなるべく離れようとしている」
「そうか」
辺りは完全に暗くなっており、厚い雲によって月の光すら遮られている状態だ。
下は真っ暗で、そこに地面があるのかさえ分からない。それ以前に、ここは何もない場所ではないのだろうか、とも思ってしまう。
「どこかに降りた方が良いか?」
「そうだな……。ここまで来れば、あそこに居た連中も追ってこまい。この辺りで――」
と、途中で言葉を区切ったヴィリアは黙ったまま進行方向を注視した。
「どうした?」
「篝火だな……。砦のような物も見える」
「例のアレか?」
帝国が隣国との境に作っていると言う件の砦だ。よく考えてみれば、その砦云々のせいで酷い目にあってるな。
先ほどと同じく鞄から単眼鏡を取り出して、その砦とやらを見た。
この単眼鏡は、金額がとても高いくせに技術度が低いので周囲がボヤけてみえる。おかげで砦の篝火は何とか見えるが、砦の輪郭まで確認する事は出来なかった。
「気を付けろよロベール。第二波が来たぞ」
「第二波?」
言っている意味が分からず首を傾げたが、ヴィリアは俺の疑問に答える事は無かった。
「おっと」
ふわっ、とヴィリアは上半身を起こすと直立した状態で何かを掴んだ。
突然の起き上がりだったが、今度は鞍から滑落する事無く安全帯を利用した支え立ちで難を凌いだ。
「うぉっ!? 槍か?」
「まぐれだと思うが、まさか一射目で当ててくるとはな」
そういうヴィリアの手には、さきほど俺が貰ったバリスタから飛んできた矢と言う名の槍が握られていた。
「まぁ、10本以上打ち上げれば掠りもするか……」
静かに呟くヴィリアが言うには、今の一本だけではなく他にも俺達へ向けて飛んできたようだ。
ヴィリアは俺の指示を待つことなく上昇を始めた。地表は見にくくなるが、バリスタでも届かない位置に行かなければ俺がヤバい。
「どうする? このまま砦へ向かっても良いが、かなり慌てる事になるぞ」
「辺りに敵の竜騎士は?」
「居らん。地面で待機中の奴も含めてな」
とその時、地表から甲高い笛の鳴る音が響いた。
「鏑矢――?」
「そうだな」
バリスタが打ち上げられた時点で思ったが、敵は俺達の存在に確実に気付いたようだ。
そしてトドメと言わんばかりに打ち上げられた鏑矢は、夜の空にとても響いた。
砦ではなく、地面にある篝火が時間を追うごとに増えている。それに伴い敵の全容も見えてきたが、城――いや、砦攻めにしてはそこまで人数的には多くは無い。ただ装備が充実している。
また人数に関して言えば、後方の――俺が初めに間違って降りたところの兵士が居るので、あれを補充用と考えればかなりの人数になる。
「とりあえず、一旦離れるぞ。お前が心配だ」
俺が指示を出していないので、ヴィリアは前へ向かって進んでいる状態だ。
今はまだバリスタの矢がやや遠くを飛んで行っているだけだが、敵陣に近づけば近づくほど狙いは正確になり、弓兵からの矢も多くなるだろう。
ヴィリアにとっての弱点は俺だ。バリスタが飛ばす矢であればヴィリアも無事では済まないだろうが、俺は弓兵の矢ですら死ぬ。
「分かった。とりあえず、今は離れ――」
「砦から兵士が出てきたぞ!」
「はぁ!?」
単眼鏡が役に立たない暗さと距離なので、情報はヴィリアだけになる。ヴィリアが嘘を吐く理由は無いので、本当に砦から兵士が出てきたんだろう。
しかし、意味が分からない。砦に居ればジリ貧であっても、すぐには負けないはずだ。味方がやって来るまで引きこもっていた方が絶対に安全だ。
砦の方にどれだけ帝国兵が詰めているのか知らないが、夜討ちを仕掛ける手はずにでもなっていたのだろうか?
それとも――。
「ヴィリア、急いで砦に向かってくれ!」
「――とりあえず、北から進入するぞ」
俺の指示に断ることはしないが、ヴィリアは不服そうな声で案を出した。
北からはそれほど強くは無いが風が吹いているので、進入時に飛来する矢の勢いが弱まると読んでの案だろう。
しかし、そうすると時間がかかってしまう。それではダメだ。
「ダメだ! このまま全速力で頼む!」
「正気か!? 私は良いが、お前は柔らか過ぎる!」
確かに、ヴィリアに比べたら俺――と言うか人間は皆柔らかいだろうけど、もうちょっと良い例えは無いのかと苦笑してしまう。
ヴィリアは案を出すと同時に北へ進路変更しようと体を傾けたが、俺が拒否するとすぐに今迄通りの進路を取っている。
俺の意見を優先してくれる良い娘だ。
「砦の奴らは、俺達を援軍かなんかだと思っている可能性がある」
「以前から決まっていた夜討ちの可能性があるぞ?」
「それならそれで良い。けど万が一俺が考えている通り、俺達の事を援軍か何かだと思っているんだったら、帝国兵の被害は甚大になるぞ」
「クソッ! 予定通りの夜討ちだったら、砦の兵士を食い殺してやる……」
俺の決めた事なのに、砦に詰めている帝国兵がとばっちりを受けてしまいそうだ。
悪態を吐くヴィリアの首筋を撫でると、ヴィリアは小さく鼻を鳴らして速度を上げた。
やっと砦が発見されました……。
一旦は危険な領域から離脱する事となったのに、砦から兵士が出てきた事で主人公がその砦へ危険を顧みず突入する事となったので、ヴィリアは激おこです。
そしてとばっちりを受ける砦の兵士w
10月2日 脱字修正しました。




