準男爵領地
「遠路はるばる、ようこそおいで下さいました」
やや草臥れた屋敷に通された俺は、その屋敷に似合う細身の男性に迎え入れられた。
雰囲気は細い――何というか儚げな感じなのだが、挨拶と共に交わした握手をした手はゴツゴツと厚く、その時見えた腕は鋼の様な筋肉をしていた。
細マッチョなどと言う言葉では表せない開拓農民と共にこの地を切り開いた、骨子のしっかりとしている男だと言う印象を受ける。
「私は帝国の外れも外れにあるこの辺境領を治めている、アルフレリック・アルト・インベートです」
今日のほとんどを空で過ごしている状態だったので、帝国領の端っこくらいには来たんじゃないかと思っていたが、本当に隣国の手前――辺境までやってきたようだ。
しかも、貴族を表す『フォン』ではなく、『アルト』を使っていると言う事は騎士上がりの貴族ではなく傭兵上がりの貴族だ。
別に傭兵上がりの貴族だとフォンを使ってはいけないと言う法律は無いけど、傭兵だったことに誇りを持ちわざと相手に知らせる為に使っていることが多い。
確かその大本はアルトゥーラ傭兵団と言う名前で、普段は遊牧民の様に戦地を点々と渡り歩いている。ただし傭兵上がりの貴族=ミドルネームがアルトと言う図式が出来上がっている為に、他の傭兵団上がりの人間も名乗っている場合がある。
そして各国で武功を上げた傭兵が国に召し抱えられたり、またはこのインベート準男爵の様に貴族になったりして、それらもアルトゥーラ傭兵団の名を知らしめる存在となっている。
そのほとんどが騎士や新興貴族ではあるものの、元が傭兵団と言う事で横のつながりは強く、ある意味結束の固い貴族集団とも言える。
そう言えば青空道場のクリント幼少訓練場にも親が傭兵上がりの貴族と言うのが数人いて、その内の何人かがアルトを名乗っていた。
「私の名前は、ロベール・シュタイフ・ドゥ・ストライカーです。竜騎士育成学校で教育を受けている竜騎士候補生です」
「おぉ! やはりそうですか! あの立派なドラゴンの鞍になびく紋章は、やはり帝国竜騎士学校の物ですか!」
まるで人気の芸能人に会ったようなインベート準男爵に、少しだけたじろいでしまった。
男爵になれるかなれないかの試用期間の様な爵位の為、出と言う事もあるだろうけどあまり貴族と言う感じがしない。
インベート準男爵の役割は隣国を帝国に入らせないようにするための、言わば生きた防波堤と言ったところか。ただ準男爵と言うあやふやな爵位の割に、隣国と接しているために兵士は多く練度も高いと思う。
ここだけ見ると準男爵の様に見える。
「おっ、あっ、ハハッ。お恥ずかしい。私が竜騎士となれなかったものだから、どうも話し相手が竜騎士と言うと興奮してしまって」
俺がインベート準男爵のテンションに付いて行けていないのを、俺が引いていると勘違いしたのかインベート準男爵はしどろもどろになりながら弁明した。
「そもそも申し訳ない話なのですが、私は学が無いうえにこの様な辺境を治めているため町の世上には疎く、名前を聞いてもお気づきでしょうが傭兵上がりの名前だけの貴族です。部下から聞いた話ですが、ストライカー侯爵様は今日泊まるところをお探しだとか?」
「その通りです。蛮族を探す任務をおって西へ向かい飛んでいたのですが、この様に日が沈んでしまい。そこで今夜寝る場所を探している時にこのバルシュピットを見つけ、できれば一晩だけでも眠る場所を貸していただければ、と思い寄らせていただきました」
「ふむ、蛮族ですか? では、この辺りでは南に来過ぎですね。蛮族はもう少し北の山を活動拠点にしているはずなので」
「蛮族をご存じですか!?」
不確定な情報しか存在しなかった今までとは違い、思わぬところから情報が顔を出した。
俺の驚きに、さらに驚くようにインベート準男爵はコクコクと首肯した。
「ですが、蛮族とは帝国がそう呼称しているだけで、実際は手を出さなければ気の良い奴らですよ。私も傭兵時代は何度か助けられ、何度か助けました。それに、あいつらはご高説を垂れ流しながら戦うような真似はしない」
途中から熱が入ってきたのか、初めの頃の様な礼儀正しい――いや、やや低すぎる態度から一変して粗野な性格が出た。
傭兵として過ごしているのだから、たぶん今の熱い粗野な感じが地なんだろう。
俺が黙って聞いているのを何か気に障ったと思ったのか、インベート準男爵は半笑いになって取り繕い始めた。
「はっ、ハハ。いやいや、貴族たれと自らに言い聞かせているんですけど、傭兵上がりはこれだから粗野だの野蛮だの言われていまうんですよね」
「全く、悪い癖だ」と最後に付けたしてニッコリと笑った。
まぁ、これは俺の私的見解だけど、このインベート準男爵は悪い癖など微塵も思っていないだろう。これぞ傭兵である、とでも思っているくらいだ。言わなくても分かるか。
「それで、宿の話でしたね? どうぞ、ぞうぞ。我が屋敷! と言いたい所ですが、なにぶん開拓をし続けている辺境の為に掘立小屋に毛が生えた程度ですが。それに隣国のラジュオール子爵との国境に、帝国兵が砦を築くからと食料を多く取られてしまい、あまり皇都の様なお持て成しもできませんが、よろしければこちらの屋敷を自由にお使いください」
「そのような大変な時期に来てしまい、本当に申し訳ない。屋根がある所で寝かせて頂ければ、それ以上は何も言いませんので」
「いえいえ、その様な事は! もうそろそろ、夕食ができる頃合いなのでゆっくり食事でもしながら、竜騎士学校の話を聞かせてください」
そうインベート準男爵が言うと、タイミングを見計らったように執事が応接間へ入ってきた。
その執事はミシュベルの様な所の執事とは違い、古参の兵士に無理やり燕尾服を着せたような筋骨隆々な、インベート準男爵より少し年上の男性だった。
これを執事と言うにはやや無理がある気がしたが、俺の視線を全く気にすることなく執事は食事の用意ができたことを知らせた。
食事中の話は、ほとんどが子供か竜騎士育成学校の授業内容についてだった。
子供とは、驚いたことにブロッサム先生とその弟の事だった。弟はあまり見る機会が無かったが、ブロッサム先生については同席しているインベート準男爵の奥さんにそっくりだ。
笑った時の口の形は、インベート準男爵似と言えなくもないけど、それでも弱い。大人になってくれば、また何か変わるかもしれないけれど。
楽しい夕食が終わり、風呂に入るか尋ねられたが冬に向けて薪は備蓄中だろうから断った。
インベート準男爵は「申し訳ない」と言いつつ、その顔には大量の薪を使わずに済んだと言う安堵の表情があった。考えが顔に出過ぎるので隊長としてはよろしくないけど、友人としては良い人っぽい。
インベート準男爵はえぇ人や。しかも、苦労人っぽいですね。
そして、ブロッサム先生と弟の父親だそう。
ということは、このあたりの畑は砂地で作物を作るのには適していなさそうですね。
ここで主人公の畑作り論が猛威を振るうのだろうか……。
9月20日 誤字・脱字修正しました。
辺境伯→準男爵に変更しました。それに伴い、文章を一部書き換えました。
1月14日 辺境伯→準男爵への変更漏れを修正しました。




