野盗との約束
野盗の右斜め後方から進入すると掘削機の様な破砕音を出しつつ、そんな音に似合わないほど綺麗に野盗の前へ滑り込んだ。
「グオォォォォォォォオオオ!!!!」
突如現れた巨体のドラゴンに咆哮を浴びせられ、馬は急停止するか棹立ちになり背中から倒れ込んだ。それに巻き込まれた野盗は声を出す暇もなく巻き込まれる。
「聞きたい事がある。この辺りの地理に詳しい者は前へ出ろ」
ドラゴンの咆哮に放心状態となっている野盗へ向けて、なるべく高くならないように意識しつつ大声を出した。
落馬した野盗は痛みで起き上がることができず、他の3人は剣をこちらへ向けているが、ドラゴンを前にしては普段の気迫もどこかへ行ってしまっている。
「刃向う者は皆殺す。死にたくなければ剣を置け」
殺す、の単語でヴィリアが姿勢を低くして、いつでも跳びかかれる態勢を取ると野盗から小さな悲鳴が上がった。
「たっ、頼む! 殺さないでくれ! 仕方が無かったんだ!」
「食う物が無くて、仕方なくやったんだ!」
勝てる見込みがなく、少しでも生存の可能性を残そうと野盗の一人が武器を捨てると、それに続いて次々と武器を捨て始めた。
「そんなことは知らん。それに、食えないのは皆同じだ」
食糧に関しては、奴隷は元より平民ですら事欠く状況だ。その為にマシューで食料生産率アップを目的とした畑作りをしている。
それに、こういった輩は逃げる為の口上として言っているだけなので、基本的に信用するつもりは無かった。
「それで、お前らは皆この辺の地理に詳しいのか?」
「あっ、あぁ……。ここら辺だったら答えられる。だから見逃してくれ!」
「見逃すか見逃さないかはお前たちの対応次第だ」と告げると、野盗一行は明らかに安堵をした顔になった。
それほどこの辺りの地理に詳しいのか、それともすでに助かったと勘違いしているのか。そのいずれであっても、答えられなければ意味ないのにな。
「皇都から西側の領域で蛮族が蔓延っていると聞いた。その蛮族についての、全ての情報を出せ」
俺の質問に、野盗たちは顔を見合わせてヒソヒソと相談を始めた。
答えられず逃亡の相談でもしているのかと思ったけど、漏れ聞こえてくる話に「この近くに居たか?」「あれは、同業だろ?」と言った物があるので、一応は相談しているのだろう。
「おい、まだか?」
「はっ、はいぃぃぃ!!」
野盗だけで相談されては要る情報か要らない情報か判断できないので、ある程度まとまりだした所で野盗に声をかけた。
「それで返答は?」
「蛮族はもっと西の方に居る!」
「それは本当か?」
「こっちに流れてきた奴らの話だが、辺境の山沿いに住んでるって話だ!」
「ただの野盗じゃないのか?」
「明らかに服装も違うらしいし、そもそも流れてきた奴ら自体が野盗なんだよ!」
半ばヤケクソ気味に大声で話す野盗を余所に、俺はまだ見ぬ蛮族について考えた。
「その服装ってのは緑色か?」
「わっ、分からねぇ! ただ俺達が着る様な服じゃなかったらしいんだ! もうこれ以上は分からねぇ! もういいだろ、見逃してくれ!」
又聞きだから仕方ないが、「らしい」ばかりの情報だ。でも、それはここよりもっと西の方の話らしいから、通信手段の乏しいこの世界では又聞き以外に遠くから情報が来ることは少ないのだろう。
「分かった。それと聞きたいんだが、お前らはどこを根城にしているんだ?」
「ど、どこってそりゃあ……」
この場で見逃されてもその後で殺されると思ったのが、今まで答えていた野盗の一人が言いよどんだ。
「言えんのか?」
「いやっ! あの山の麓だ! 小さな池があって、過ごすにはちょうど良い場所なんだ!」
「ヴィリア、叩きつけろ」
俺の号令一つで、ヴィリアは太い尻尾を野盗のすぐ横に打ち落とした。
鼓膜を揺るがす衝撃音に、何とか立っていた野盗たちは再び尻餅をつくように倒れた。すぐ横に尻尾を振り落された野盗は、もはや歯の根が噛み合わないほど情けなくガチガチと鳴らしている。
「あっれー、おっかしーなー? あそこに人が住んでいる様子はなかったけどなー!」
もちろんこの辺りに来たこと自体が初めてなので、山の麓に池があることも知らないし人が居るかどうかも分からない。
それでも野盗が嘘をついているかもしれないので、カマをかけたのだが無駄にならなかったらしい。
「ヒィィィィ!? ちっ、違う! 騙そうとしたわけじゃないんだ! 決まった寝床が無いから、よく居る場所を言っただけゲェアァ!?」
野盗の話を遮るようにヴィリアがその体を掴んだため、野盗は息を詰まらせた。
ゴツゴツとした大人ですら簡単に捻りつぶせるドラゴンに掴まれ、野盗はすでに息も絶え絶えと言った様子で半分気絶しかけている。
「二度は無い。お前達の住処はどこだ?」
「――ぐっ……東の森にある洞窟だ……。ここ、ここは、本当だ……。だけど、俺達は本当に決まった寝床がな――ッ!」
これ以上は聞きだす事も出来なさそうなので、ヴィリアに野盗を投げ捨てるように指示をした。
野盗は尻餅をつき、腰が抜けたのか立ち上がる事すらままならず、情けなく後ずさり仲間の元に戻るのが精いっぱいと言った様子だった。
「頼む、後生だから見逃してくれ!」
「何か勘違いしているようだけど、俺はお前たちを殺すつもりは無い」
今までの行動からそれは無いだろう、と野盗たちの表情がそれを語っていた。
けど、俺は本当にこの野盗をどうこうしようと言うつもりは無い。
「これから2週間以内に、知り合いの商隊がこの地域を通る。その時に野盗が襲い掛かったら、全部お前らの責任とする」
「な、何だって!? 野盗は俺等だけじゃねぇ! 他の奴らが襲ったらどうなるんだ!」
「お前たちが逃げることなく、さきほど言った洞窟に居れば不問とする」
「襲っておいて逃げない奴は居ないからな」と付け加えると野盗たちは「それもそうだ」と納得をした。
間違えで人を殺すのは嫌だしね。その洞窟に居れば、俺は彼らが襲ったとは思わない。
「絶対だろうな? 俺達は絶対に2週間は大人しくしているから、絶対に殺さないでいてくれるんだろうな!」
「襲われた時に、きちんとその洞窟に居ればな」
「分かった! 絶対だからな!」
「分かったから、とっとと行け」
シッシッ、と野良犬を追い払うように野盗を追い払った。
こちらは一歩たりとも動いていないと言うのに、野盗はまだ俺の言う事を信じていないのか何度もこちらを振り返りながら逃げて行った。
こっちの方へイスカンダル商会が来るかは知らないけど、最近は一般商品も取り扱い始め販路も拡大したらしいので、こちらへ来るかもしれないし来るのも時間の問題なのかもしれない。
★
野盗が小さくなると再び飛び立ち、少し東へ戻った所にある町の兵士詰所へ行き野盗の存在を報告した。
メインは森の洞窟だが、山の麓にある池についても説明しておいた。
この辺りの野盗にはこの町の兵士も悩まされていたらしく、俺の情報を聞いて大いに喜んだ。
俺は野盗をどうこうするつもりは無いけど、それを伝えられた相手がどうするかはしりませんし。
野盗の話では、蛮族の服装は普通とは違うようで……。
でもそれは又聞きだから、どれだけ誇張や改変がされているかは分かりませんw
9月16日 誤字・脱字修正しました。




